第92回-2 中央ユーラシア調査会 「ウズベキスタンの石油ガス開発の現状」東洋エンジニアリング株式会社 広報渉外部長 渡辺 博【2008/11/10】

日時:2008年11月10日

第92回-2 中央ユーラシア調査会
「ウズベキスタンの石油ガス開発の現状」


東洋エンジニアリング株式会社 広報渉外部長
渡辺 博

1. ウズベキスタンにおける石油ガス関連プロジェクト
渡辺 博     ウズベキスタンの石油ガス資源はアム川、シル川領域、フェルガナ盆地等にあり、早い時期から石油、ガスが開発され綿工業などで利用されてきた。ウズベキスタンはソ連崩壊後の1991年に独立し、1992年にはUzbekneftegaz社が設立された。しかしそれ以降の石油生産高の推移を見ると、あまり増えていないことがわかる。石油の生産量は世界45位で、ガスは2004年には世界8位だったが、今は13位になっているようだ。Uzbekneftegazの生産品の割合を見ると、ガスが83%、石油が13%で、要するに8割以上の生産物はガスだ。
 旧ソ連時代には石油、ガスはパイプラインを使ってヨーロッパ、ロシアの方まで持っていっていた。今は国内に石油化学工場があるが、旧ソ連時代はバルト3国に石油化学のプラントがあり、そこまで運んで製品にしてヨーロッパへ売ったりソ連国内で利用していた。1991年の独立時は、まず食糧やエネルギーを自給するため、製油所でできる石油はウズベキスタン国内で使う、そしてガスもウズベキスタンでまず使うということで開発を進めてきた。
 またウズベキスタンはエネルギー自給を打ち出しただけでなく、第一次産品に依存した経済から脱却するため、自国で物をつくろうとしてきた。そのため2001年にはシェルタンにガスを原料とするプラスチック製造工場を建設した。これについては当時はめずらしかったのだが、欧州復興開発銀行(EBRD)と国際協力銀行(JBIC)が協調融資を行い、1つのコンプレックスを建設した。またウズベキスタンではガス開発を進めるため、外資の導入も積極的に行ってきた。ロシアのLukeoilオーバシーズ社は、ウズベキスタンに現地法人をつくり、ウズベキネフテガスと協同でカンディムとシュムタル、シャハトの3ヵ所でガス田開発権益を獲得した。

2. カンディムガス田開発プロジェクト
 カンディムのプロジェクトについて以下説明する。 11月から既に先行作業が始まっており、2011年から生産を開始する予定だ。これはタシュケントから南西に1000キロほど行ったトルクメニスタンとの国境付近のカンディム地区にガスの井戸を150ほど掘る。またここから出るガスを運ぶため、鉄道を建設し、並行してパイプラインも敷く。出てきた製品は、50、50でロシアとウズベキスタンに分けることになっており、ガスはロシアに全量をパイプラインで出荷し、コンデンセートはウズベキスタンが利用する。ガス田は1ヵ所に固まっている訳ではなく、同地域に分散している。
 ルークオイル・ウズベキネフテガス共同体は、2008年に計画、設計、建設施工管理といったソフト業務の国際入札を実施した。 これには日本勢、フランス勢、イタリア勢、ドイツ勢が参加しており、日本勢の受注が濃厚だ。 ルークオイル・ウズベキネフテガス共同体が投資する金額は総額で1600億円~2000億円だろうといわれる。
 プロジェクトにはウズベキスタンの業者も参加すべきなのだが、なかなか参加が難しい。ウズベキスタンの業者は国道や建物の建設、鉄道などは行っているが、プラントものを建設したことがないため躊躇しており、海外勢はウズベキスタン業者を起用できないので、困っている。ウズベキスタンでのわれわれの過去のプロジェクトは実は、トルコの業者を使って実施した。何もウズベキスタンまで行ってトルコの業者を使うことはないので、ウズベキスタンの方にもそう申し上げているが、なかなかそうはいかない。
 ガスの生産井で出てくるのは油ガス水などが混ざった泥水のような形で地中から出てくる。 水や二酸化炭素ガスなどをまず除去し、次にガスとコンデンセートを分離し、それぞれから更に不純物を除去し、タンクローリーやパイプラインで輸送する。 パイプラインは一部、地上配管になっている。われわれの業界では事故があるので、ガスパイプラインや石油パイプラインは当然、地中に埋めるものだと思っているが、そういう常識は向こうでは通じず、「地上でも平気だ」「ラクダぐらいしかぶつかるものはない」といわれたりする。ただ配管に関しては、ロシアや中央アジア地域でパイプをつくっている業者があり、それも世界標準のものがつくれるので、こういったものは現地調達となる 。 パイプラインは全部で200キロぐらいになるので、かなりの資金がウズベキスタンに入ることになり、ウズベキスタンの経済にとってよいのではないか。

3. 東洋エンジニアリングによる旧ソ連地域でのプロジェクト
 弊社は1961年に当時の東洋高圧、今の三井化学の工事部門が独立して設立された会社なのだが、当時は既に日本国内に千代田化工建設や日揮といった会社があり、国内ではマーケットがとれなかった。また中東サウジアラビアにもその2社、あるいは欧米勢が出ており、われわれはなかなか入り込むことができなかった。そのためブラジル、中国、ソ連、インド、今でいうBRICs諸国へ行くことになり、旧ソ連では60ぐらいのプラントを建てた。最近では、サハリン2を千代田化工建設と共同施工し、2008年に完成した。サハリンではこの後、3、4、5、6、7まで計画があり、それを今、実施すべくがんばっている。他に建設中名プロジェクトにはオルスク、ペルミでのプロジェクトがある。
 1991年のソ連邦崩壊、NIS諸国独立以降、ウズベキスタン、カザフスタン等々ではいろいろな案件があったが、支払い保証がなく、リスクが高いため、われわれは弱った。 JBICのローンが使える案件ならともかく、そうでないものについては本当に困った。そのときに出てきた話は、支払い保証は最終的には金(きん)で渡す、あるいは石油で渡すというもので、最近はまたそういった15年前の状態に戻ってきたような部分がある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部