第26回 IISTアジア講演会 「グルジア紛争に映るロシア情勢と国際関係」青山学院大学 国際政治経済学部教授 袴田 茂樹【2008/11/21】

講演日時:2008年11月21日

第26回 IISTアジア講演会
「グルジア紛争に映るロシア情勢と国際関係」


青山学院大学国際政治経済学部教授
袴田 茂樹

袴田 茂樹1. 最新ロシア事情
 米大統領選でオバマ氏の当選が決まった日、ロシアではメドベージェフが初の年次教書を発表した。共和党のマケイン候補はロシアに強硬姿勢で、常識的に考えればオバマ氏の当選をロシアの指導部の人たちは喜んでいると見られるが、現実はそうではない。オバマ氏に関しては辛口の評価が多く、彼らが一番問題にしているのは政治的な経験がほとんどなく先が読めないことだ。選挙前に話をした元外務次官も、マケインが当選した方がよいといっていた。はっきり先が見える、そしてロシアの国をきちんと引き締めることができるためだ。ただ、ミサイル防衛システムの東欧配備に関して、オバマ氏は強行しないだろうという期待はもっている。
 年次教書で注目されたのは、アメリカ、NATOのこのミサイル防衛システムの東欧配備決定に対し、対抗的にイスカンデルという戦術ミサイルをカリーニングラードに配備すると声明したことだ。またカフカス、グルジア問題で揺れたコーカサスでは、一歩も引かないという強い態度を示した。しかし同時に、「われわれはアメリカ国民を敵だと思っていない」とも述べ関係改善も求めた。今は経済がグローバル化し、欧米抜きのロシア経済というのはあり得ないからだ。また私のロシアの多くの知人、友人たちは、大統領の任期が4年から6年に延長されたことに関心を示していた。メドベージェフは、「今の任期には適用しない」としており、これは「次期プーチン政権の布石」という見方が多かった。
 国際的な金融危機、経済危機の中で、ロシアの危機とその対応に関心が向けられている。ロシアの市場経済の基本的な問題として、ギャンブル的なマネーゲームを市場経済の本来の姿と信じた面がある。今バブルがはじけ、世界はかつてのより健全な市場経済に返ろうとしている。しかしロシアは、過去にまともな市場経済を経験しておらず、健全な経済に戻るための基礎がない。1991年にソ連邦が崩壊して市場経済に入ったとき、すでに世界はマネーゲーム的な金融資本主義、投機的な側面が非常に強い市場経済に入っていた。したがってロシア人には、これが市場経済だという「刷り込み」があり、まともな市場経済の感覚をほとんど知らない。
 また今のロシア人はある種の「国民的な原体験」というものを、皆が共有している。それはソ連邦の崩壊とそれに続く90年代の政治・経済の大混乱の経験で、ロシア人にとっては屈辱の90年代といってよい。そして2000年以降、ロシアはオイル(ガス)マネーで経済が一挙に浮上した。プーチンが大統領になったことと国際的なエネルギー価格が上昇したことが、時期的に一致した。この中でロシア人は90年代のコンプレックスのリアクションとして、「ロシアは大国なのだ」という意識を強く持つようになった。そういう中でグルジア紛争が起きたが、紛争の結果、ロシアはアメリカ、ヨーロッパ諸国等の無力、つまりロシアのグルジアに対する軍事的な行動に対しても実質的には何も対抗措置をとれないということをはっきり自覚した。そしてロシアは大国として、今は新しい世界秩序の構築を求めている。

2. グルジア、ロシアをめぐる情勢
 南オセチアで紛争が起きグルジア全土にロシア軍が展開したことについては、オーバー・リアクションと西側諸国が批判した。しかしロシア自身は、かつてのチェコ事件(1968年)の時のブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)と同様の考え方でこれを正当化しようとしている。つまり「特殊権益圏」という概念を新たに用い、ロシアには特殊権益を有する地域があるとして軍事行動を正当化している。それはCIS諸国のことで、厳密にはどの地域かというのでロシア国内でも議論があるが、メドベージェフもこの概念を使っている。
開催風景 また私はアメリカのブッシュ政権にもあまりにも粗雑な対ロシア認識、政策があったと思っている。ロシアがNATOの拡大、あるいはミサイルの配備に対してどれだけ神経質になっているか、その辺の問題がアメリカの指導部にはわかっていなかった。ロシア人の心理を理解しない粗雑なアプローチをとり、結果的にグルジア紛争を生んだ。グルジアのサーカシビリ大統領は8月7日に南オセチアを武力攻撃したが、ロシアの思うつぼに嵌まったわけで、とても冷静な判断の下に行われているとは思えない。
 ロシアはアブハジアと南オセチアの独立を承認したが、なぜ独立を承認したのか。国際的にもまず認められず、本当の意味での独立国になれるはずはないので、ロシアがむしろいろいろな支援をしなくてはいけない。したがって「何のメリットがあるのだ」と聞かれたことがあるが、実はこの回答は極めて明快である。つまり、このグルジア内の南オセチア、アブハジアにロシア軍を置くためだ。これまでにもロシア軍はあり、それはCIS平和維持軍という名前だったが、撤退を迫られるような状況が強まっていた。したがってサーカシビリの南オセチア攻撃は、ある意味で絶好の口実になり、独立承認に一挙に進んだ。

3. グルジア問題とNATO、日本
 最近のグルジア、ロシアをめぐる情勢では、多くのEU諸国とアメリカではスタンスが違っており、多くのEU諸国はNATOのウクライナ、グルジアへの拡大、東欧へのミサイル防衛システムの配備に関しても、ロシアを刺激し過ぎると反対していた。これらの国々はロシアとのエネルギーを中心とした経済関係が密だということも背景にある。グルジア、ウクライナのNATO加盟については、4月のブカレストの会議では、加盟手続きを始めるための行動計画に両国を加えることは、ロシアの強い反対もあってしなかった。12月にはNATOのサミットが開かれるが、ここでもその可能性は少ない。これは最近、EU諸国がロシアとの関係を改善しようという動きに出ているためだ。またアブハジア、南オセチアについて、ロシアは独立国として認めているが、国際社会は認めていない。今後この問題が、どういう形で落ち着くかはわからない。
 私は日本はNATOの一員でない以上、NATO拡大やミサイル問題に関してロシアが極めて神経質だということを、第三者として客観的にアメリカに提言してもよいと思っている。またロシアはグルジアの主権を侵害しているが、日本もロシアに主権を侵害されている北方領土問題を抱えている。その点では日本は、グルジア問題でロシアに対して、もっと毅然とした態度で対応してもよかったと思う。主権の侵害問題できちんとやっておかなければ、今後北方領土問題を主張するとき、普遍原則ではなく単なる個別の利害で日本は主張しているのか、ということになってしまうからである。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部