平成20年度 第3回-2 国際情勢研究会 「中国の対外進出(「走出去」)戦略」 専修大学 経済学部教授 大橋 英夫【2008/10/17】

日時:2008年10月17日、場所:(財)貿易研修センター

平成20年度 第3回-2 国際情勢研究会
「中国の対外進出(「走出去」)戦略」


専修大学 経済学部教授
大橋 英夫

大橋 英夫 今中国では、「走出去」という対外進出戦略をとっている。これに関する文献では、元をたどれば1992年の第14回全国代表大会、97年の第15全国代表大会の江沢民報告に遡ると書かれているが、おそらくこれは違う。1997年末の全国外資工作会議で江沢民氏がこの言葉を使い、翌々年辺りから具体的な政策措置が出てきた。出発点はアジア通貨危機に伴う景気後退を打開する手段として、国内で余剰気味の産業を調整するため企業を外国へ持っていくことだった。そして2001年から第10次、2006年から第11次5カ年計画が始まり、この両者にようやく「走出去」が入ってくる。
 中国の貯蓄率と投資率を見ると、1990年代の初頭に貯蓄超過の段階を迎え、貯蓄の不足、外貨の不足もカバーできるようになった。その後は貯蓄超過が続き、2004年のマクロ調整以降、投資率が横ばいになる中、貯蓄率ばかりが上昇している。一方、中国国内の資金循環を見ると、家計部門で資金が余り、企業部門は資金不足である。さらに対外資金循環を見ると、2003~04年ごろから、対外部門の資金不足は大きくなり、中国から国外へ流出する資金が増えた。また1997~98年ごろのアジア通貨危機後にも、中国の資金が大量に流出した。私自身は1990年代の中国の対外投資は、基本的に資本流出、キャピタル・フライトに近いものだったと考えている。その契機は、中国の低金利問題、政府の外貨規制、為替リスク、インフレ懸念、財産権の保護体制が脆弱であること、また所得・資産は秘匿したいということもあった。そして迂回投資、中国の資本が第三国へ出て行き、それがまた中国に戻って投資されるという形態の直接投資もあった。国内で外資に対して手厚い優遇措置を講じていたため、一旦国外へ出て外資扱いしてもらえればメリットが得られた。
 2000年代に入ってから、中国の対外進出は企業ベースのわかりやすい形に変わってきた。ただし「走出去」の目的は中国商務省の文書などを読んでも明確でなく、むしろ国内のマクロ政策を円滑にする手段として用いられているとの印象を受ける。そして今は、民営経済を何とか振興させたいというのが中国政府の狙いである。ここでの問題点は、「走出去」戦略は中国企業の健全な対外発展や競争力の支援というよりも、そのときどきの中国政府のマクロ政策に非常に影響を受け、少し場当たり的ではないかということだ。
 おそらく中国の対外投資で一番特徴的なのは、鉱業、採掘業である。要するに、石油や鉄鉱石などの資源を確保するタイプの投資が非常に多い。また製造業や金融も意外に大きい。主要な業種で見ると、まず家電であり、日本と同様に中国でも、国内での需要が一巡したものを国外で販売するようになった。
 また今、注目の政府系ファンド、国有銀行が外国の金融機関に出資したり、M&Aを進めたりするケースがあり、トラブルも当然出てきている。例えば安全保障上の懸念で、スリーコムを買収しようとした華為という中国のテレコム・メーカーが、アメリカの対米投資委員会に棄却されるなどしている。企業ベースの動きがはっきりしてきて、それに伴い背後に政府があるのか共産党があるのかという疑念が生じ、トラブルが増えているのが現状だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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