第31回 IISTアジア講演会 「国際金融危機と中国経済」専修大学教授 大橋 英夫【2009/05/25】

講演日時:2009年5月25日

第31回 IISTアジア講演会
「国際金融危機と中国経済」


専修大学教授
大橋 英夫

大橋 英夫1.中国の成長率低下と4兆元の景気刺激策
 中国経済は2003年から5年連続の二桁成長を実現したが、昨年の第4四半期から急遽、風向きが変わった。これまで世界経済を支えてきた高い成長率で規模も大きな経済が減速したことは、かなり大きなインパクトを与える。しかし中国経済は今年も6~7%程度の成長が見込まれており、それなりに高い成長率だ。その中国が成長率を背景に、国際経済で大きな発言力を持ち始めてきている。アメリカではいわゆるG2、つまり米中両国で国際関係のあり方を考えるという議論も出ている。中国の方は、「G2は現実的ではない」と冷めた見方をしているが、アメリカと同格に扱われることについては悪い気がしないはずだ。
 中国経済の大きな成長率の低下は、基本的には外需の大幅な縮小による。輸出入の伸び率を見ると、昨年10~11月に急激に落ちている。そして対中投資も同様に昨年9~10月辺りから、前年比でマイナスになった。ただし2007年後半から2008年初めまでは最高水準にあったので、それと比べてという留保をしていただきたい。
 昨年9月15日にはリーマン・ショックがあり、中国の人民銀行は6年7ヵ月ぶりの金利引き下げ、8年10ヵ月ぶりの預金準備率の引き下げを行い、ここから「積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」が始まった。その目玉は、昨年11月に発表された4兆元の景気刺激策だ。この4兆元の財政出動については当初、インフラに45%と半分近く、そして震災復興に1兆元などの支出をするという方針がとられた。その一方で、このプランが出されてから、中国国内では、これをどのように有効に用いるかに関する論争があった。
 胡錦涛、温家宝政権は、「調和ある社会」を目指そう、高度成長のツケ、あるいは歪みを是正しようという政策をとっているため、社会福祉や社会事業などの分野にもっと多くの支出をすべきではないかという議論が出てきた。そして間接的ではあるが、その部分をまず改善して消費マインドを高めた方がよいという議論もなされた。しかし当座の結論としては、減税や消費よりも即効性のある投資が優先された。そして昨年末の中央経済工作会議は、2009年に中国は8%の成長を維持するというもう1つの方針を打ち出した。この8%という数字には果たして根拠があるのだろうか。私はあまり根拠はないと思う。むしろ構造調整を考えて、5~6%の成長でもよいので、むしろそちらを選択すべきだったのではないか。

開催風景2. 銀行融資の増加と十大産業の振興策
 次に金融の問題だが、リーマン・ショック発覚後、24時間以内に金利と準備率の引き下げがなされ、その後12月末までの4ヵ月間に5度の金利引き下げが行われた。これだけでも効果があるのかだが、実はもっと大きな効果は10月後半に行われた総量規制の撤廃である。 今年1~4月に、銀行融資の増加額は5兆元を超え、これは前年の通年の銀行融資増加額をはるかに上回るものとなった。景気刺激策は4兆元なので、銀行融資はそれをはるかに上回る。4兆元は2010年末までだが、こちらは今年初めの4ヵ月で、5兆元を突破してしまった。
 そして実物面では、今年1~2月にかけて、十大産業振興策、鉄鋼から物流に至るまでの十大産業を振興するという政策が打ち出されており、具体的な政策がいろいろとあがっている。十大産業には、鉄鋼、自動車、船舶、石油化学など、国民経済に占めるシェアが非常に大きな産業が含まれる。さらにもう1つ、現行の第11次五ヵ年計画の1つのポイントでもあるが、自主的な創新、イノベーションが奨励されている。この「自主的な」というのは言い換えると実は、国産化、あるいは国産品奨励策であり、この辺は少し気になるところだ。

3. 景気回復の兆候と中国経済の課題
 今後の見通しだが、確かに景気回復の兆候はいろいろなところで目にするようになり、報道もされている。今回の景気回復の兆候も、最初に指摘されるようになったのは中国国内ではなく国外である。外国で中国向けのビジネスが動き出したという話が、ところどころで漏れ聞かれるようになった。また中国国内の先行指標、いろいろな指標が上向きに転じているのは、ご承知のとおりだ。しかし問題は、国内の消費がいまだ鈍いことだ。 家計貯蓄率、すなわち可処分所得に占める貯蓄の比率は上昇を続けており、今年の第1四半期には35%になった。中国ではこれまで給料が安く、労働分配率が低かった。その一方で住宅費や教育のコストが非常に高くなっているほか、医療、年金も未整備であり、貯蓄へ走る傾向が強い。
 世界を見ても、中国の景気回復が最も早いのはおそらく間違いない。ただ今回行われた景気対策が長期的に見て中国経済にとってどうかというと、話は別だ。対外的には、今回、中国がとった景気対策、あるいは稼いだ米ドルでアメリカの国債を買い支えるというような行動を見る限り、中国の国際的な地位は大変上がった。しかし、国内的には非常に問題が多い。中国は第11次五ヵ年計画で、「成長方式の転換」を目指している。いいかえると、投資と輸出による成長から内需、それも消費を中心とする成長への転換を目指している。しかしこれだけ公的な資金、あるいは銀行の融資が出されるとなると、どうしても投資主導型成長パターンへの回帰という懸念が拭えない。
 実は中国の現在の投資効率は、1979、80年ごろの改革開放が始まった直後のレベルにまで落ちてきている。これはやはり、あまりにも多くの投資がなされ、中にはパフォーマンスの悪いものがかなり含まれているということにほかならないだろう。また公共投資が急増したとして、それが果たして構造調整を伴うものになるかどうかがもう1つの大きなポイントだ。さらに公共投資、財政出動、銀行融資も、政府が総量規制を取り払って融資を拡大しろという姿勢、こういう経済運営や経済管理のスタイルを見る限り、経済改革の流れに逆行しているのではないかという気がする。
 中国のみならず日本にとっても世界にとっても、中国の景気回復が望ましいことはいうまでもないが、長期的に見ると今回の8%成長を維持するための投資、8%を維持するための信用緩和といったやり方は、今後を考える場合に少し気になるというのが私の印象だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部