第163回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「最近のジョージア政治社会情勢概観」首都大学東京 准教授 前田 弘毅(まえだ ひろたけ)【2017/07/20】

日時:2017年7月20日

第163回 中央ユーラシア調査会
報告 「最近のジョージア政治社会情勢概観」


首都大学東京 准教授
前田 弘毅 (まえだ ひろたけ)

1. 日本との国交樹立25周年を迎えるジョージア
 ジョージアは1991年に独立宣言し、その後に国家として承認された。現在のマルグヴェラシュヴィリ大統領は、4代目の大統領に当たる。ジョージアと日本は今年、国交樹立から25周年を迎えた。先月にはジャネリゼ外務大臣が来日したが、その時の話で印象的だったのは、ユーラシアの十字路としてのジョージアの地政学的位置についての話であった。たとえば、イラン政府がジョージアを通り、黒海を通じてヨーロッパとつながるよう模索しているといった話も披露された。ここ数年、ジョージアの首都・トビリシを訪れると、ロシア人のツアー客が非常に多いと感じるが、同様にイラン人やアラブ人も増えているようだ。ある意味、いにしえのシルクロードの舞台が復活してきているのかという気がする。これは、この25年における1つの変化かと思う。 
 ジョージアでは2003年にバラ革命が起き、サアカシュヴィリが大統領になったが、2008年にはロシアとの間で戦争が始まった。2012年には総選挙の結果、サアカシュヴィリの与党が敗れ、反対派の「ジョージアの夢」による政権が発足した。そして、親欧米派といわれたサアカシュヴィリ体制で重きを成した人々が力を失い、実務家志向が鮮明になった。これにはロシアで財を成した、イヴァニシュヴィリという現政府のリーダーの志向が表れていると思う。他方で、サアカシュヴィリの頃のスローガン政治は、一定の成果を上げて開発は活発化したが、現政権は非常に慎重で、その安全運転への不満の声も聞かれる。野党は分裂しており、与党は現在、一人勝ち状態にあるが、安定の中に閉塞感的なものがあり、やや不安に思う。
 イヴァニシュヴィリが政権を取った2012年には、まだサアカシュヴィリの任期が1年残っており、その間はサアカシュヴィリが大統領で、首相は「ジョージアの夢」のイヴァニシュヴィリだった。このような、ねじれ状態が1年間続いたが、2013年の選挙ではギオルギ・マルグヴェラシュヴィリという教育相や副首相を務めた人が「ジョージアの夢」の大統領候補となり、サアカシュヴィリ派の対立候補を破った。マルグヴェラシュヴィリは学者で、公共政策院という有力な大学研究機関の学長をしていた。ただ、現在の制度では実質的な国のトップは首相だが、マルグヴェラシュヴィリはなかなかイヴァニシュヴィリの言うことを聞かないということで、そこは1つの政治的に不安定な要素だ。

2. 内政における変化~政権交代から5年を経て
 イヴァニシュヴィリは1956年生まれで、いわゆるロシアの大富豪だ。以前は表に出ないことで有名だったが、2011~12年には先頭に立ち、サアカシュヴィリを事実上、政権から追いやった。現在の首相であるクヴィリカシュヴィリはサアカシュヴィリと同じ1967年生まれで、ソ連が最も混乱していた時代に大学を卒業し、ソ連の兵役も経験した最後の世代だ。そしてある意味、大混乱で生き残った人たちだ。このクヴィリカシュヴィリは元々、医者だが、ソ連崩壊後に経済を勉強して米国で学位を取り、その後はイヴァニシュヴィリが持っているカルトゥ銀行の頭取を務めた。イヴァニシュヴィリによる新政権発足時には経済相となり、現在は非常に力がある。
 一方、イラクリ・アラサニアは第一副首相兼防衛相だったが、自身も「大統領候補になりたい」と言った途端、イヴァニシュヴィリの逆鱗に触れ、防衛相を解任された。「ジョージアの夢」は反サアカシュヴィリ派によるいくつかの政党の集まりで、アラサニアはその中で自分の政党を持っていた。この政党は昨年の総選挙には、「ジョージアの夢」ブロックから外れて独立陣営として参画したが、5%ラインを下回り、議席を獲得できなかった。そして、本人は「一時的」と言っているが、政界引退に追い込まれた。アラサニアは元々、サアカシュヴィリが引き立てた人だが、人気が高まったため、サアカシュヴィリによって国連大使に追いやられた。その後、反サアカシュヴィリ派となってイヴァニシュヴィリに合流したが、現在は影が薄い。一方、財務相と第一副首相を兼任しているクムシシュヴィリは、現首相のクヴィリカシュヴィリがカルトゥ銀行頭取だった際、副頭取を務め、イヴァニシュヴィリ政権発足後はクヴィリカシュヴィリ経済相の副大臣を務めた人だ。
 このように、サアカシュヴィリ時代から政治に染まっていた人たちは昨年の総選挙でかなり排除され、当時は政治に関与していなかった若い世代が出てきている。現在の副首相、カハ・カラゼは先月まで5年間、副首相とエネルギー相を兼任していた。イタリアの名門サッカー・チームであるACミランのレギュラーとして長い間、活躍した人で、ジョージアの英雄中の英雄だ。カラゼはしかし、単なるスポーツマン、広告塔というわけではなく、やり手のビジネスマンとしても知られる。今年秋の地方選挙ではトビリシ市長選に出ることになり、内閣の職を退いた。代わりに副首相に昇格したのが外務大臣のジャネリゼで、トビリシで勉強後、ロシアの外交アカデミーで勉強した人だ。1981年生まれで、アブハジア紛争の頃はまだ日本で言うところの小学生だった。そして、この5年間、変わっていないのが保健大臣と法務大臣だ。保健大臣のセルゲエンコは1963年生まれで、経営手腕を持つ医者だ。イヴァニシュヴィリが故郷のサチヘレに造った大きな病院で院長を務めていた。世論調査などでは、かなり国民の人気がある。また、ツルキアニという女性の法務大臣は1975年生まれで、有能なやり手として知られる。
 政権交代時から国会議長をしていたダヴィト・ウスパシュヴィリは共和党党首で、バラ革命以前からシェワルナゼを批判していた、いわゆる親欧米派、知性派の有力政治家だ。サアカシュヴィリが独裁的だったことから、イヴァニシュヴィリに合流し、国会議長に据えられた。しかし、共和党は昨年の総選挙で「ジョージアの夢」ブロックから外れて単独で出たところ、1%程度しか取れずに惨敗した。そこで、元々自分が育てた共和党を離れ、新しく政治運動を立ち上げることになり、現在は力を失った状態だ。一方、現在の国会議長であるイラクリ・コバヒゼは1978年生まれで、元々、法律を勉強し、ジョージ・ソロスが設立したオープンソサエティで働いていた。イヴァニシュヴィリ政権については親ロ的という見方もあるが、若い人をソロスファンデーションから連れてくるようなところもあり、一概に親ロ的というわけではないと思う。一昨年、突然、与党の事務局長に任命され、選挙を仕切って大勝したので国会議長に就任した。

3. 対米、対ロ、対中および周辺国との関係および経済、最近の話題
 外交については、サアカシュヴィリ時代のように対ロ強硬的な色彩はない。そこは穏健な現政権だが、アブハジアと南オセチアの問題があるので、ロシアとは国交断絶状態が継続している。このため、頼るのは米国で、首相は5月に訪米した。主な訪問相手はペンス副大統領で、ペンス副大統領も7月下旬にはジョージアを訪問予定だ。いわゆる親NATO(北大西洋条約機構)路線も、継続している。
 ロシアとの関係では現在、南オセチアの領域をフェンスで囲うなど「国境化」の動きが継続しており、ジョージア側は強く抗議しているがなすすべはない。最近も境界サインが勝手に設置されたり、駐ジョージアの米国大使も現地を見にいくなどの騒ぎが起きている。ジョージアはロシアと話をしようとしているが、ロシアは南オセチアとアブハジアの独立を承認しているため、話をする際にはそれらを加えようとしている。国境地帯では様々な小競り合いが報告され、春には射殺事件も起きた。このように、国境付近では依然、緊張が解けていない。
 中国との関係では、現在の首相や第一副首相らは大臣在任中、自由貿易協定に非常に積極的だった。これについては、おそらく親中国というよりも、中国の活発なユーラシア外交に便乗し、様々な形で開発を手助けしてほしいということだと思う。トビリシ付近で一昨年、ヨーロッパのユースオリンピックが行われたが、その際、巨大な選手村などはすべて中国が造り、造り終わった後には1つの町を売るというような話も聞く。また、黒海の港湾にも中国資本が入ろうとしているそうだ。
 イヴァニシュヴィリ政権になってから、ジョージアの通貨、ラリは5年で1ドル=1.5ラリ程度から2.5ラリ程度に下落した。ジョージアの人はロシアの大富豪であるイヴァニシュヴィリが当選すれば、自分たちも豊かになれると思っていたようなところがあるが、現政権になってから経済は活性化されていない。次の総選挙はまだ先だが、今年は地方選挙、来年は大統領選挙があり、その結果がどうなるかだ。また現大統領のマルグヴェラシュヴィリは優秀な法学者で、元はイヴァニシュヴィリの後押しで就任したが、大統領職に就いてからは党派に捉われない決定を心掛けている。国会の決議にもかなり口を出しているが、イヴァニシュヴィリは「失望した」としており、次期大統領選に出ようとした場合、どうなるかも注目される。
 最後に、政治とは離れた現在の3つの問題について簡単にお話しする。1つ目はメディア問題で、ジョージアはジャーナリズムの自由度は周辺国と比べると格段に高いと思うが、かつてシェワルナゼ政権を打倒した頃などに比べると、ある意味で疲れたようなところがある。3月ごろにはアゼルバイジャンの反体制的なジャーナリストがジョージアで姿を消し、アゼルバイジャンへ連れていかれた。これは一部で、政権に対する失望につながっている。また、国内のメディアには、その所有者の意向が反映されていることは間違いなく、健全なジャーナリズムには程遠いと思う。
 宗教問題では、チェチェン系のシリアでの暗躍が見られ、イスラム国系、あるいはシリア民主派系の戦士がかなりジョージアからシリアへ行っている。また、ジョージアの国内イスラム教徒がそれなりに多い地域では、イスラム復興という問題もあり、これに対抗する形で現在はキリスト教の原理的な動きも高まっている。一方、ジョージアにはジョージア教会のイリア2世という総主教がおり、今年は総主教への就任から40周年を迎える。1990年代前半にジョージアが本当に崩壊しなかったことでは、ある意味、イリア2世の存在が大きい。現在も絶大な尊敬を集める温和な総主教だが、非常に高齢で、教会の民族派や右派の人たちが宗教や社会的寛容に関して衝突するという問題も出てきているようだ。
 ジョージアではビザの取得が自由になり、また格安航空が次々に参入して、全ヨーロッパに向けて航空網が張り巡らされようとしている。モスクワやウクライナ、そして中東系もサウジアラビアとの間を結ぶ便も増えているようだ。このような中で、ジョージアの、欧米やロシア、中東から中国まで東西南北に対して開かれた地政学的にユニークな位置は、今後ますます様々な形で注目を集めるのではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部