第164回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「直近のカスピ海を巡る石油・ガス情勢」公益財団法人 環日本海経済研究所 共同研究員 杉浦 敏廣(すぎうら としひろ)【2017/09/26】

日時:2017年9月26日

第164回 中央ユーラシア調査会
報告 「直近のカスピ海を巡る石油・ガス情勢」


公益財団法人 環日本海経済研究所 共同研究員
杉浦 敏廣 (すぎうら としひろ)

1. 石油と天然ガスとパイプライン
 石油とは、原油(Crude Oil)と石油製品(Oil Products)の総称であり、石油パイプラインには原油を輸送する原油パイプラインと石油製品を運ぶ石油製品パイプラインがある。石油製品とは主に軽油や重油、航空燃料などを指す。また、原油とガスは、実は化学記号で書くと同じ「CnH2n+2(飽和炭化水素)」となり、石炭も基本的に同じ。原油について学校では、昔のプランクトンや植物などからできているため有機だと教わる。世界のメジャーも同様に有機説をとっているが、旧ソ連邦諸国、特にウクライナは無機説をとっている。これも有力な学説で、まだ有機なのか無機なのかがはっきりわかっていない面もある。
 埋蔵量についても、旧ソ連邦諸国と西側の考え方は異なる。旧ソ連邦時代は国家予算で生産していたことから、コストの概念がなかった。このため、その時点で最高・最新の技術を導入した場合にどれだけ生産できるかというのが旧ソ連邦諸国の確認可採埋蔵量。これに対し、西側では民間企業が生産するので、その時々の油価によって儲かる原油や天然ガスはどれだけ地下から採取できるのかという、経済性に基づく地下資源量が確認可採埋蔵量になる。パイプラインも西側では民間会社が造るので“Commercial Pipeline”で、経済性がなければ建設しない。他方、旧ソ連邦では国家予算で建設していたので経済性を余り考慮しない“Political pipeline”も多かった。
 原油は鉱区ごとに成分が異なり、地下何千mから出る原油や天然ガスには不純物が多く含まれる。そこで、石油や天然ガスの採取では必ず処理施設を造り、きれいにしてからパイプラインに入れる。原油にとって一番の不純物はガスと水で、これらは除く。このガスは随伴ガスと言われ、そのまま使える。天然ガスにも様々な不純物が入っているため、現場で除く必要がある。最も多い不純物は硫化水素で、硫化水素が入った天然ガスを分離すると硫黄ができ、これによって肥料プラントができる。
 原油でまず有名なのは米国のWTI (West Texas Intermediate)で、現在の生産量は40万BD程度だ。そして、北海Brentやロシアのウラル原油がある。また石油輸出国機構(OPEC)は中東参加国の原油を集めて「バスケット価格」を出しているが、鉱区によって原油成分は異なる。現在は非OPEC国の原油生産量が全体の6割以上を占めており、OPECはかつてのように価格形成力を持っていない。
 パイプラインを造るときには3つの要素が必要で、第1に供給源があるのか、天然ガスが存在するのか原油が存在するのかだ。第2に需要家も必要で、購入してくれる人がいなければ建設しても無意味。第3にパイプラインを造る際のコストを回収できるかという、経済性の問題もある。

2. カスピ海周辺、中央アジアのパイプラインを巡る諸課題
 我々もかかわっているBTC (バクー~トビリシ~ジェイハン) の原油パイプラインについては2008年8月の戦争の際、我々のパイプラインの一部である数kmがグルジア領ではない独立国家領域へ入ってしまった。こうなると、その部分の調査改修はできないので、迂回するためのパイプラインを新たに造った。
 このように、パイプラインは非常にナイーブな存在だ。パイプラインを造る際は通常、始点から終点まで順に造るのではなく、いくつかのエリアに分けてほぼ同時に建設開始する。現在、カスピ海からイタリアまでのパイプラインを造っているが、皆、国ごとに造り始めている。
 一方、話題のTAPIパイプラインに関しては、トルクメニスタンで2015年12月に建設記念式典が行われたが、そのルートとなるアフガンやパキスタン、インドでは、これまでのところ造られておらず、ルート調査も行われていない。このパイプラインはアフガニスタンが最も長く、もしも現実的なパイプライン建設構想であれば、同じ時期にほぼ同じタイミングでアフガニスタンでも造り始めなければならないが、それがなされていないこともあり、私はこのパイプライン建設は不可能と考えている。
 カスピ海沿岸のバクーは、世界で最初に原油の商業生産が始まった場所だ。1848年にバクーの陸上油田で、これが開始された。旧ソ連邦時代には、カスピ海の沿岸国はソ連邦とイランだけで、もめ事もなく、平和共存が続いていた。しかし1991末にソ連邦が崩壊すると、沿岸諸国が5ヵ国になり、問題が生じた。現在は領海未画定問題があるほか、カスピ海が海なのか湖なのかも決まっていない。
 もしも海であれば、自国の沖合で資源が出ると自国のものにできる。しかし、湖となれば、沿岸国で等分しなければならない。最初にアゼルバイジャン沖合で油が出たことから、アゼルバイジャンが領海宣言を行った。その後は、カザフスタンやトルクメニスタン、ロシアの沖合でも油が出て、これらの国々も領海宣言をしている。現在は、カスピ海が「湖だ」としている沿岸国はイランだけだが、イランも沖合の探鉱を始めたので、油やガスが出た場合には領海宣言するだろう。
 ロシアから欧州向けには、昔の白ロシア(現ベラルーシ)からポーランドを通りドイツへ行く幹線パイプライン、そしてウクライナを通り、昔風に言えばチェコスロバキアを通ってドイツ、あるいは一部オーストリアへ行く幹線パイプラインがある。北ルートは約2割で、南側のウクライナ経由が約8割だ。
 2010年には、ロシアからドイツ向けバルト海経由パイプライン“ノルトストリーム”ができた。バルト海は水深が浅く短期間でできたが、問題は黒海経由の“トルコストリーム”で、最も深いところは水深2200mだ。ここで使われるパイプはすべて、日本から出されている。
 カスピ海周辺には多くの既存パイプラインがあるが、新規のパイプライン構想も多い。BTCパイプラインは原油パイプラインで、TANAPというトルコ国内東西接続パイプラインは、天然ガスのパイプラインだ。この約1800kmのパイプラインはトルコ国内を3つの区間に分け、一斉に造られている。そしてトルコ国内からギリシャ、アルバニアを通り、アドリア海からイタリアへ行くTAP パイプラインも既に建設されている。最後は、このTANAPとTAPを接続し、カスピ海の天然ガスが流れる形になる。これが「南ガス回廊」というプロジェクトで、総工費は450億ドルだ。しかし、ここで運ぶ天然ガスの量はピーク時でも年間最高160億立米で、様々なコストを考慮すると経済性はないと思われる。このため、このプロジェクトについては早晩、この経済性の問題が表面化すると思う。
 中央アジア周辺地域の輸出用天然ガスパイプラインについては、ソ連時代にできた、トルクメニスタンからロシアへのセントラルアジア・センター・パイプライン、そしてTAPIパイプラインの構想がある。TAPIパイプライン建設構想は20年前からあるが、これはできないと思う。
 トルクメニスタンの南ヨロテン鉱区は現在ガルクィヌィシュと呼ばれており、世界で2番目に埋蔵量が多い鉱区と言われる。これを開発してインドへ天然ガスを輸出しようというのがさきほどのTAPIパイプラインになる。一方、トルクメニスタン国内の東西接続パイプラインは既にできている。この大ガス田の天然ガスをカスピ海沿岸まで持っていき、北向けに新しく接続パイプラインを造ってロシアに売る構想があった。
 しかし、その後ロシアとトルクメニスタンの関係が悪化し、ロシアがパイプライン建設を反故にしたことから、既にできた東西パイプラインは稼働していない。
 そこでトルクメニスタンはカスピ海横断海底パイプラインを造り、対岸のバクーまで持っていこうとしている。しかし、このパイプラインができるとトルクメニスタンの大量の天然ガスが欧州へ流れる構図になる。欧州市場はロシアにとり最重要の市場なので、ロシアはこれに反対している。
 一方、トルクメニスタンからウズベキスタン、カザフスタン経由中国向けには、既に3本の天然ガス幹線パイプラインが稼働している。3本で年間輸送能力は550億立米あるが、中国へは昨年300億立米弱しか出ていない。本当は4本造る計画だったが、4本目は中国石油天然気集団(CNPC)が建設を無期延期した。トルクメニスタンは2016年以降、ロシアへ天然ガスを輸出しておらず、今年1月からはイランも購入しなくなったことから、現在は中国に輸出するしかない。しかし、中国への輸出ではトルクメニスタンにキャッシュフローがほとんど入っておらず、いくら輸出しても現金の流入があまりないという状況だ。
 TAPIパイプラインはなぜできないかというと、地図を見れば明らかで、地雷敷設地帯が多く含まれる。これでは、危険でパイプラインのルート調査もできない。今年になってようやく、トルクメンガスが鋼管のテンダーを始めた。トルクメニスタンは中央アジアで一番の天然ガス大国だが、現状では中国へ輸出するしかなく、当然、欧州へも運びたい。
 しかし、そのためにはカスピ海横断の天然ガスパイプラインを造るしかなく、アゼルバイジャンの同意が必要になる。アゼルバイジャンも欧州へ天然ガスを輸出したいことから、これに反対してきたが、最近になってアゼルバイジャンの天然ガスは少なく、それでは経済性が出ないとわかったため、ようやくトルクメニスタンとの交渉を開始した。
 カザフスタンは原油大国で、北カスピ海で生産されるカシャガンの原油、あるいはテンギスという陸上油田の原油については、既に中国まで物理的に流れるインフラ(パイプライン)が構築されている。現在、カザフスタンの原油資産の25%は中国が権益を買って入っており、中国資産になっていると言われるが、実際には既に3割以上が中国の資産とも言われている。

3. 終わりに
 カスピ海の天然ガスを巡る問題点は様々で、まず海か湖か、そして領海が画定していない。沿岸5ヵ国はこの問題で武力に訴えないとし、2016年末までに最終合意する予定だったができず、現在は2017年末の最終合意を目指している。また、パイプラインを造ればトランジット国ができ、その扱いは難しい。ロシアにとりウクライナはトランジット国で、非常に厄介だ。今後、トルクメニスタンやアゼルバイジャンの天然ガスがトルコを通って欧州へ行くようになれば、トルコが第2のウクライナになる可能性も高い。
 ロシアにとり欧州は最重要の天然ガス輸出市場で、輸出量はどんどん増えている。他方、欧州では最近、液化天然ガス(LNG)が増加しており、今後はロシアからパイプラインで輸出される天然ガスとの競争が激しくなるだろう。カスピ海沿岸の中央アジア諸国やアゼルバイジャンとロシアの軋轢は今後、ますます大きくなると思う。南ガス回廊については経済合理性がなく、早晩、問題が表面化するだろう。
 一方、トルクメニスタンのTAPIは建設不可能なので、これを建設する、あるいは経済性を持たせるには、カスピ海横断海底パイプラインを造るしかないと私は考えている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部