第165回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「中央アジアにおけるロシアと中国:協調か対立か」元日本経済新聞社 モスクワ支局長 小田 健(おだ たけし)【2017/10/31】

日時:2017年10月31日

第165回 中央ユーラシア調査会
報告 「中央アジアにおけるロシアと中国:協調か対立か」


元日本経済新聞社 モスクワ支局長
小田 健 (おだ たけし)

1. ユーラシア、アジア志向を強めるロシア
 ロシアの西側では、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)が拡大し、NATOはロシア国境まで迫っている。東側では中国が世界第2位の経済大国となり、軍事大国化している。東西がこのような環境にある中、ロシアは中央アジア外交を進めようとしている。先日の中国共産党大会の規約には「一帯一路の推進」が含まれ、ロシアの強い関心を呼んだはずだ。
 ロシア外交の推移をみると、直近では2014年のウクライナ危機が大きな転換点となっている。これを機に、ロシアがアジアに顔を向ける様相が以前にも増して強くなった。2015年にはユーラシア経済同盟(EAEU)が発足し、最近のロシアでは「大ユーラシア圏」という言葉も登場するなど、ユーラシア、アジア志向が強まっている。
 今年はロシアと中央アジア諸国の国交樹立から25周年という節目を迎え、ロシアのラブロフ外相は論文を発表した。それによると、ロシアの中央アジアへの投資はこれまでに200億ドルを超え、中央アジアにはロシア企業7500社以上が進出しているという。また、ロシアで働く中央アジアの移民労働者を通じての関係も深い。
 ここ10年で、ロシアの中央アジアに対する援助は多国間援助を通じた分を合わせて60億ドル以上。キルギスタンの債務4億4800万ドル(約550億円)、ウズベキスタンの債務8億6500万ドル(約980億円)を帳消しにし、原油と石油製品を関税なしで中央アジア諸国に提供している。
 中央アジアから留学生15万人を受け入れ、4万6000人に奨学金を出している。テロ、麻薬、暴力組織の取り締まりにも協力している。EAEUは1億8200万人に上る市場で、合計の国内総生産(GDP)は2.2兆ドルを超える。このEAEUは、プーチン大統領が進める「大ユーラシア構想」の柱の1つだとしている。
 このラブロフ論文にも窺えるロシアの対中央アジア外交の目標、あるいは対中央アジア外交を考える際のポイントをまとめると、(1)集団安全保障条約機構(CSTO)と上海協力機構(SCO)を通じたロシア圏の再構築、(2)テロリストと麻薬の流入阻止、(3)経済関係の維持拡大、(4)ソフトパワーの行使、(5)民族的ロシア人の安全確保、ということになる。以下は(1)から(5)についての各論。

安全保障政策
 ロシアにとっての中央アジアにおける最大の関心事項は安全保障で、その柱となる組織がCSTOだ。ロシアは、カザフスタン、タジキスタン、キルギスタンの3ヵ国に軍事基地、軍事施設を持っている。ロシア軍が駐留している海外の軍事基地の中で、最大の基地はタジキスタンにあり、7500人を派遣している。ちなみに、ロシア軍が海外に派遣している兵士の数は、合わせて3万人程度ではないかとみられている。
 中央アジアの安全保障の分野でCSTOに次いで大きな役割を担う組織がSCOだ。これは国際テロリズム、地域の過激主義、民族分離運動という3つの悪への対処を目的とする組織だが、実質的には中国が中央アジアでセキュリティと開発を進めるための一種の事業と考えられる。ロシアは中国の意図を認めた上で、中国の動きに目を光らせているというのが実態ではないか。また、SCOはロシアにとっては、大陸アジア諸国の指導者と定期的に話ができる貴重な場でもあろう。

テロリスト・麻薬の流入対策
 ロシアは、中央アジアなどを経由してのテロリスト、イスラム過激派と麻薬の流入を阻止しなければならないという深刻な課題にも直面している。具体的にはアフガニスタン、そして最近ではシリアやイラクからの流入阻止が問題となる。
 アフガニスタンにいる武装勢力の数だが、2015年10月にロシアのゲラシモフ軍参謀総長が明らかにしたところでは、その規模は5万人だという。その中心はタリバンで約4万人、他にISIS(イスラム国)を名乗る勢力が2000~3000人。
 シリア、イラクでのISISの動向をみると、10月中旬にラッカが陥落、ISISは大打撃を受けた。ISISの数については、一時期は10万人、あるいは20万人に上ったという見方もある。問題は、その中にロシアや中央アジア諸国出身者がいることだ。生き残った勢力の相当部分が、今後、出身国や「新天地」を求めて移動するだろう。既にこれまで33ヵ国の5600人が帰国したとの情報もある。
 米ブルッキングス研究所のデータによれば、中央アジア諸国からISISに駆けつけた人の数は、ウズベキスタンからが500人、トルクメニスタンから360人、キルギスタン350人、カザフスタン250人、タジキスタン190人となっている。
 今年4月にプーチン大統領自身は次のように述べた。シリアには約2万人の外国人武装勢力が入り込んでいる。うち1万人がCIS(独立国家共同体)諸国の出身。このうち半分を少し下回る程度がロシア出身者。他のCIS諸国からは5000人がシリアに入っており、その大半はCSTO諸国からだという。
 これら武装勢力が中央アジア諸国、アフガニスタンに流れ、ロシアへ戻る。ISISの崩壊は、皆が歓迎することだが、今後、脅威が拡散する可能性がある。
 一方、麻薬についてだが、ロシアはアフガニスタン発の麻薬の最大消費地だ。ロシアの麻薬消費量は世界の10%を占めるとも言われ、深刻な社会問題になっている。テロリストと麻薬は結びついており、2つの問題は切り離せない。

経済関係とソフトパワー
 ロシアは中央アジア諸国との経済関係の維持拡大を目標として外交を展開してきたが、ロシアは中央アジアの貿易相手国としては既に1位の座から陥落し、2位だ。1位は中国。2013年のロシアと中央アジア諸国の貿易額は計300億ドルだが、中国の貿易額は430億ドル。中国が既にロシアを大きく上回る。
 中央アジアからロシアへの出稼ぎ労働者数は推定320万人とも450万人ともいわれ、幅がある。2014年以降、ウクライナ危機を機に、ロシアの通貨ルーブルは半分に切り下がった。このため、本国送金の重みはかなり軽くなったが、依然として数多くの中央アジア出身の移民労働者がロシアで働いている。その数は、ロシアの労働市場の5~7%を占めるとみられる。これらの労働者が本国へ送金する意味は極めて大きく、特にキルギスタンではGDPの23%、タジキスタンでは32%といった高い数字になっている。
 ロシアの中央アジア諸国への経済援助については、ラブロフ外相の論文でも言及されているが、軍事援助もあり、その実態はよくわからない。
 次に、経済面でロシアが中央アジアを含めた結束の梃子にしている組織が、EAEUだ。その加盟国ではロシア経済が圧倒的地位を占め、ロシアはこの組織を通じて影響力の維持、強化をはかっている。これは中国の中央アジアへの進出に対抗する組織でもあるが、その域内貿易はまだわずかだ。
 ロシアはソフトパワーを使って中央アジア諸国に影響力を与えようとしており、多数の留学生を受け入れ、各国でのロシア語教育も促進しようとしている。

中央アジアのロシア人
 中央アジア諸国における民族的ロシア人(ethnic Russians)の人口は現在470万~480万人といわれる。その人口はソ連崩壊後に半減した。中央アジアで暮らすロシア人の4分の3はカザフスタンにいる。ウクライナにはロシア語系住民が多く、クリミア併合に至った背景の1つだ。プーチン大統領は同様に中央アジアにいるロシア人の安全確保を頭に入れていると思う。

2. 思うに進まぬロシア圏づくり
 このようにロシアは中央アジア外交に力を入れているが、ロシア圏づくりは思うように進んでいない。ウクライナやグルジア(ジョージア)は西側に接近し、反ロシアの国になってしまった。ユーラシア経済同盟には人口5000万人のユーラシアの大国、ウクライナが入っていない。
 ロシアは当初、ユーラシアの新しい組織を作るにあたって、経済同盟ではなく政治的な結束力を示す同盟にしたいとも考えていた、カザフスタンが反対して経済同盟に落ち着いた。
 CSTOからは、一旦加盟していたグルジア、アゼルバイジャン、グルジアが脱退した。
 ロシアは2008年8月、グルジアとの戦争後に、グルジアの一部であるアブハジアと南オセチアの独立を承認した。しかし、どの旧ソ連諸国もこの国家承認に追随していない。
 また、ロシアがクリミアを併合した後、国連総会がロシア非難決議を採択した。ウクライナの領土一体性を尊重し、クリミア併合を不法とする内容で、採決の結果は賛成100ヵ国、反対11ヵ国、棄権58ヵ国、欠席24ヵ国だった。反対11ヵ国のうち、旧ソ連諸国はロシアとアルメニアとベラルーシだけだった。
 中央アジア諸国とロシアの現在の緊密度を分類すると、緊密度が高いパートナーはカザフスタン、キルギスタン、タジキスタン。条件付きのパートナーがウズベキスタン、トルクメニスタン。
 強権的とされるプーチン大統領だが、中央アジア外交を思いのまま進められているわけではない。

3. 中ロ関係と中央アジア
 ロシアと中国との関係は、「中ロ協商」、「準同盟」などと形容される。確かに、プーチン大統領も習近平国家主席も、「歴史上、これまでにない良好な関係」と述べている。両国はエネルギー、ロシアから中国への兵器売却、ユーラシア経済同盟と中国が進める一帯一路の協調という3つの面を柱に接近している。
 中国は対ロ関係の緊密化を図りながら、中央アジア諸国との関係を強めている。すでに中央アジアの第1の貿易相手国は中国だ。だが、他方で中央アジア諸国に「反中国感情」が存在することにも注目したい。昨年春にカザフスタン各地で土地法に関連して反中デモが発生したほか、キルギスタンの首都ビシケクでは昨年8月、中国大使館内で自爆テロが起きている。
 最後に中央アジアにおける米国の存在感についてだが、トランプ政権が発足しても米国の対中央アジア外交は目立たない。同政権は中央アジアに関心を示す余裕はないのだろう。したがって、当面、中央アジアを取り巻く大国の地政学的ゲームを観察するにあたっては、ロシアと中国が中央アジアでうまく折り合え続けるのか、それともどこかで摩擦の芽が生まれるのかということが焦点だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部