第166回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「混迷する中東情勢を読む ~サウジアラビア、IS、シリア情勢などを中心に~」NHK解説委員 出川 展恒(でがわ のぶひさ)【2017/12/13】

日時:2017年12月13日

第166回 中央ユーラシア調査会
報告 「混迷する中東情勢を読む
~サウジアラビア、IS、シリア情勢などを中心に~」


NHK解説委員
出川 展恒 (でがわ のぶひさ)

1. トランプ米大統領によるエルサレム“首都認定”の波紋
 アメリカのトランプ大統領が、12月6日、エルサレムをイスラエルの首都として認め、現在はテルアビブにあるアメリカ大使館をエルサレムに移転すると表明した。このことは、中東はもちろん、世界に大きな衝撃を与えた。特に、エルサレムを「将来の独立国家の首都」と位置づけるパレスチナでは、連日、激しい抗議行動が起きている。1993年のいわゆる「オスロ合意」、すなわち「パレスチナ暫定自治合意」以降、アメリカの歴代大統領の仲介でイスラエルとパレスチナの和平交渉が行われてきたが、トランプ大統領は、「公正な仲介役」を自ら放棄した形だ。和平の今後が非常に心配される。
 エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教の共通の聖地であり、ユダヤ人にとってもパレスチナ人にとっても、民族アイデンティティの中心とも言える。アメリカをはじめ国際社会は、これまで、「エルサレムの最終的な地位は当事者間の交渉で決めるべきで、一方的な措置をとるべきでない」との立場をとってきたが、トランプ大統領はこれを無視し、アメリカの中東政策を根底から変えてしまった。トランプ大統領は、選挙キャンペーンで、大使館のエルサレムへの移転を公約したことから、「自分は公約を守る大統領だ」と有権者にアピールする狙いがあったと思う。
 エルサレムの地位について、イスラエル側が、「東も西もなく不可分であり、イスラエルの永遠の首都だ」と主張しているのに対し、パレスチナ側は、「東エルサレムは、イスラエルが国連安保理決議に違反して占領を続けている土地であり、将来の独立国家の首都だ」と主張している。東エルサレムの旧市街には3つの宗教の聖地が集中しており、その扱いは極めてデリケートな問題である。国際社会も、イスラエルの主張を認めていない。大使館をエルサレムに置く国は、アメリカを含め、これまで皆無だった。トランプ大統領は、大使館の移転時期については言及しておらず、少なくとも3、4年はかかると見られる。このため、実際に大使館を移転する段階で、トランプ政権が存続しているかどうかはわからない。
 この大使館移転に関して、アメリカ議会が1995年に「エルサレム大使館法」を定めている。当時、民主党のクリントン政権だったが、議会は、上下両院とも野党・共和党が多数で、この法案が通ってしまった。しかし、歴代大統領は、中東和平交渉への悪影響を懸念して、この法律の執行を見送る判断を半年ごとに下してきた。それにもかかわらず、トランプ大統領が大使館をエルサレムに移転する決断をした理由は、アメリカ国内向けの政治的な思惑だったと見られる。トランプ大統領が極端にイスラエル寄りの立場をとるのは、「キリスト教福音派」が自らの支持層の中核をなすからと考えられる。「福音派」は、非常に保守的なキリスト教徒で、聖書に書かれていることをそのまま信じる傾向がある。「福音派」は、現在のイスラエル領、および、パレスチナ暫定自治区となっている土地を、神がユダヤ人に与えた「約束の地」と考えている。このため、イスラエル国家を支持することが信仰上の義務だと考える傾向がある。
 トランプ大統領は、就任からまもなく1年を迎えるが、実績はほとんどない。さらに、いわゆる「ロシア疑惑」がのしかかる中、来年、中間選挙を迎える。このため、トランプ大統領としては、自らの「岩盤支持層」を何としてもつなぎとめたい思惑があったと見ることができる。しかしながら、エルサレムはユダヤ教徒だけでなく、キリスト教徒やイスラム教徒にとってもかけがえのない聖地である。言ってみれば、「越えてはならない線」を越えてしまった感がある。ISやアルカイダと言ったイスラム過激派組織に、テロを行う口実を与えることにもつながり、新たなテロや暴力の連鎖を招き、中東が一層不安定になっていく恐れがある。

2. 緊迫のサウジアラビアとイラン
 サウジアラビアが大きく揺れている。11月初め、閣僚を含む多数の王族や有力者が、汚職や横領を理由に一斉に身柄を拘束された。これは建国以来の出来事で、ムハンマド皇太子が主導したといわれる。ムハンマド皇太子はサウジアラビアの実権を握りつつある。これにともない、宿敵イランとの対立が激しくなり、中東・湾岸地域全域に波及している。
 ムハンマド皇太子は現在32歳。サルマン国王の7人の息子のうち、格別の寵愛を受けているとされる。今年6月、皇太子に抜擢された。これは、次の国王の地位が約束されたことを意味する。サウジアラビアには、何千人、あるいは、1万人を超えるとされる多くの王族がいる。これまで初代国王の息子たちである「建国第2世代」が、順番に王位を継承してきた。サルマン国王は7代目の国王だ。まだ第2世代の王子たちが残っているが、息子のムハンマド皇太子に王位を継承させたいと強く考えているようだ。ムハンマド皇太子を、まず、副皇太子に就任させ、国防、経済、外交といった国のかじ取りを任せ、今年、皇太子に大抜擢した。そして11月4日、ムハンマド皇太子をトップとする「汚職対策委員会」を設立し、大勢の王族や有力者を一斉に拘束した。拘束者の氏名や容疑は正式に発表されていない。少なくとも201人が拘束されたと伝えられ、今後さらに増える可能性もある。汚職や横領に使われた金の総額は、日本円で11兆円を上回ると伝えられ、関係する1700以上の銀行口座が凍結された。
 なぜ、これほど大規模な摘発が行われたのだろうか。内外の専門家の見方は、次の3つに集約される。第1に、「王位継承への地ならし」だ。ムハンマド皇太子が次の国王となり、初の「建国第3世代」の国王が誕生することに反対する王族も少なくないと見られ、王位継承の障害となりうる人々を予め排除する狙いがあったと考えられる。王位継承は通常、国王の逝去によるが、生前譲位の可能性も指摘され、その時期は近いとの見方も出ている。第2に、ムハンマド皇太子が進める「改革の徹底と権力基盤の強化」だ。ムハンマド皇太子は、「若き改革者」という側面もある。特に石油資源に頼り切った経済を徹底的に改革すると号令をかけている。また、イスラム教の厳しい戒律に縛られた社会を良しとせず、女性の社会進出を進め、サウジアラビアを「現代国家」に生まれ変わらせると主張している。サウジアラビアは、若年層の人口比率が非常に高く、若者たちは、ムハンマド皇太子の改革を熱烈に歓迎している。第3に、莫大な財産を没収することで、「改革に必要な資金を確保する狙い」もあるようだ。
 ただ、このような大量摘発はリスクも伴う。経済改革には外国の投資や技術の導入が不可欠だが、外国の投資家や企業の間では、「サウジアラビアでビジネスを進めるのは危ない」、「自分たちも拘束されたり、資産を没収されたりしないか」という不安が広がっている。また、名誉や権力、財産を奪われた王族の反発は大きいはずだ。この先、クーデターなど不測の事態や内政の混乱を招く可能性も排除できない。
 さらに、サウジアラビアとイランの対立激化によって、中東全体が不安定化する懸念もある。サウジアラビアとイランは、中東の覇権を争う長年のライバルだ。ムハンマド皇太子は、イランに対して、極端な強硬路線をとり、関係が急速に悪化している。昨年1月には両国が国交を断絶し、最近は両国の対立に起因する異常な出来事が相次いでいる。たとえば、レバノンのハリリ首相は、11月4日、訪問先のサウジアラビアで、突然、辞任を表明した。帰国後に辞任を撤回したが、ハリリ首相が、イランの強い影響下にあるシーア派組織「ヒズボラ」に融和的な姿勢をとったことが、ムハンマド皇太子の怒りを買い、その圧力で辞任表明に追い込まれたという見方が有力だ。また同じ11月4日、サウジアラビアの首都リヤドに、イエメンの反政府勢力「フーシー派」からミサイルが撃ち込まれた。サウジアラビアは、「背後にイランがいる」と非難し、一触即発の危機となった。また、今年6月、サウジアラビアをはじめ、いくつかのアラブ諸国が、突然、カタールと国交を断絶した。イラン、カタールとの国交断絶、イエメン内戦への軍事介入は、いずれもムハンマド皇太子が主導したと見られる。
 アメリカのトランプ大統領が、両国の対立に拍車をかけている。トランプ氏は、イランを強く敵視しており、今年10月、オバマ前政権が実現させた「イラン核合意」を認めないと表明した。その一方で、サウジアラビアのサルマン国王、ムハンマド皇太子の父子を全面的に支持し、一致協力して「イラン封じ込め」を進めようとしている。トランプ氏は、イランに対する制裁再開について議会に判断を委ねる考えを表明しており、議会の判断が注目されるところだ。

3. “IS排除後”のイラクとシリア
 10月17日、ISが「首都」と位置づけてきたシリア北部の都市ラッカが陥落した。これに先立つ7月には、ISにとって最重要拠点であるイラク北部のモスルも陥落した。これにより、「疑似国家としてのIS」は終焉を迎えつつある。しかし、「過激思想としてのIS」は今後も残り、その思想やテロが世界に拡散するのをどのように防ぐかが重要な課題となっている。ISの戦闘員が、出身国や敵国に移動し、新たなテロを起こす恐れが、これまで以上に高まるだろう。ISはインターネットを使って宣伝や情報交換を行っていることから、各国がサイバー空間を監視して、戦闘員らの動きを追跡し、テロの計画を未然に防ぐことが重要になる。各国が連携し、情報を共有しなければ効果は期待できない。ただし、ネット空間の監視は、表現や通信の自由に抵触する恐れがあるので、そのバランスをどうするかも難しい課題だ。また、ISの戦闘員らが出身国に戻った場合、過激な思想を取り除くための「心のリハビリ」も必要となる。若者たちがISのような過激派組織に取り込まれないようにする対策が非常に重要だ。人口増加が著しい途上国では、雇用の機会に恵まれない若者たちが、ISの宣伝に乗せられていく現実があり、雇用の確保は極めて重要な対策と言える。
 今後、「第2、第3のIS」が世界各地に生まれる恐れもあるが、軍事作戦だけで解決できる問題ではない。こういう現象がなぜ起きるのかを分析したうえで、対策を立てていくことが重要だ。今言えることは、第1に、イラクの政治を安定させ、シリアの内戦を終わらせること。第2に、過激な思想が国境を越えて不満を持つ若者たちを引き寄せるのを防ぐこと。第3に、世界各地に「統治されない領域」が作られないようにすることだ。いずれも、国際社会全体に突きつけられた重い課題と言える。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部