平成29年度 第3回 国際情勢研究会 報告2/ 「習近平政権の経済運営:成果と課題」 専修大学 経済学部 教授 大橋 英夫(おおはし ひでお)【2017/09/12】

講演日時:2017年9月12日

平成29年度 第3回 国際情勢研究会
報告2/ 「習近平政権の経済運営:成果と課題」


専修大学 経済学部 教授
大橋 英夫 (おおはし ひでお)

1. 不安定な景気模様が続く国内経済
 習近平政権第1期については、様々な指標を見る限り、発展方式の転換、中高速成長、内需主導型成長といった成果が見られる。貯蓄率や投資率が下がり、両者の幅も縮小していることから、経常黒字もかなり減ってきた。ただ、経済運営では不安定な景気模様が続き、かつてのような力強い成長は見られない。調整手段としてしばしば公共投資が続けられているが、その財源は時として債務や不良債権の増加につながる。問題は構造改革であり、これについては第18期三中全会で「市場に決定的な役割を付与」するという魅力的な一文が入ったが、残念ながら、その後、これがどうなったのかよくわからない状況にある。
 国有企業改革自体は停滞気味であり、資本、金融市場は混乱気味である。大型企業の合併や併合が続けられており、それによって中国、あるいは世界を代表するような大企業が作られているが、改革が国有企業の生産性を上げ、経営を改善しているかというと、必ずしもそうではない。第18期三中全会で言われていたような、民間部門に株式を開放し、混合所有制を目指すという計画はほぼ動いていない。
 一方、行政改革では、末端の行政手続きの簡素化がかなり進んでおり、地方へ行くと、いわゆるワンストップ・エージェンシーが色々なところにできている。しかし、それより上位の改革となると、かなり時間がかかりそうである。税制については、営業税から増値税への全面移行改革が続けられている。これまで地方政府に入ってきた営業税を増値税にするという。増値税の中央と地方の配分比率は現在5対5であるが、それをある程度傾斜配分するなどしない限り、分税制改革は最終段階まで進まないだろう。
 雇用については現在、人手不足が深刻化している。また、都市化については、現行の五ヵ年計画では1億人の農民工に都市戸籍を与え、中西部の農村の人たち1億人を都市に移住させるとしている。さらに、1億人の住環境の改善もするとしている。具体的な数字を挙げている点は評価できるが、現場を見ると、特に超大型都市に関しては戸籍の問題がまだまだ残っている。格差是正に関しても、7000万人を貧困から脱出させるという計画を打ち出すが、階層間移動がもはや困難なほど、中国社会は階層化してしまっている。一人っ子政策についても、やや手遅れだったという印象である。
 最近の興味深い動きとして、イノベーション活動が非常に活発に行われている。一昨年から民間部門の投資は低迷しているが、現在、中国ではどこもかしこもイノベーションという感じである。BAT(百度、アリババ、テンセント)といわれる3つの超特大企業を中心に、新しいビジネスの形態が次々に登場してきているほか、深圳などを中心にスタートアップが進行している。ただ、ある意味で政府の規制がない、あるいは緩いところに限って、このような新しい動きが起きている点は重要だと思う。このため、政府が本気で何かをやり出したら、こういう新しい企業はかえって経営上の問題を抱えることになるかもしれない。

2. 対外経済では「一帯一路」構想を推進
 対外経済では、「一帯一路」構想を根付かせる努力がなされている。これが果たして国威発揚なのか、国際秩序再構築に向けた動きなのかについては、現状では何とも言えない。中国の対外投資は昨年急増したが、今年はおそらく半減するだろう。また、ここに来て、中国の対外投資企業が色々な不平不満を言うようになっている。「中央アジアの現地企業は契約を守らない」、「パートナーが信頼できない」など、かつて日本企業が中国に進出した際に出てきたような問題を、今日の中国企業は抱えている。
 中国の自由貿易試験区は現在11ヵ所あり、これらは非常に重要な役割を担っている。末端部分の行政改革では、自由貿易試験区で行われた実験が、全国各地で採用されつつある。一方、自由貿易協定(FTA)に関しては、中国は東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を中心に進めていこうとしている。また、石油や一次産品に対して独自の商品指標を作成し始めており、これは中国にとって人民元の国際化や人民元取引の範囲拡大と共に重要な手段となっている。昨年11月には、人民元が特別引き出し権(SDR)構成通貨となった。大きな議論を呼んだアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立も、重要な成果である。対外経済問題については、政府と企業では認識が異なるはずであり、政府にとっては世界第2位の経済大国という重みがこれまで以上に重要性を増していると言えよう。

3. 習近平と「李克強経済学」
 かつて「李克強経済学」(Likonomics)という言葉が使われた。これは(1)景気刺激策の回避、(2)レバレッジの解消、(3)構造改革の推進に関するものだが、私自身は李克強経済学こそが習近平氏の経済政策の基本路線ではないかと思っている。経済政策の大きな変化としては、2015年夏の中国発の世界同時株安・通貨安が決定的な意味を持ったと思う。この辺りから、李克強氏が主導する国務院常務会議と、習近平氏が設けた様々な指導グループ(小組)に、やや異なる傾向が見られるようになった。
 2015年に策定された第13次五ヵ年計画は長期方針ゆえに顕著な差異はないものの、具体的な政策としては、サプライサイド、供給側改革の提唱辺りから、かなり習近平氏の独立色が見られるようになった。内容的には李克強経済学と大きな違いはないが、過剰生産能力の問題などを真正面から取り上げざるをえなくなった。そして2016年になると、「権威人士」が突然登場し、現行の経済政策に注文を出し始めた。

4. 当面の経済見通し、政治的・経済的不満、政治・経済サイクルの連動性
 今後の経済政策に関しては、当面は現在のような安全運転が続くだろう。習近平政権第1期は、問題提起が非常に多かった。これら提起された問題を実行に移すのが2期目の課題となるが、おそらく彼が挙げた問題は2期では収まらず、場合によっては3期目が必要になるかもしれない。過剰生産能力の解消といった問題は当面終わりそうにない。また現在注目されている債務は、国内総生産(GDP)比では1990年の日本と同程度になっている。債務の大きな部分を形成しているのは地方政府であるが、中国の中央財政は健全かつ強力であり、当面は何かが起きても対応する余力はあるだろう。しかし、そのような非常時対応ばかりしていけば、市場経済らしい制度化がまた遠のくというジレンマを抱えているのも事実である。
 金融部門については、データの問題を含め、私自身もわからないところが多く、またレバレッジに訴えて困難を克服しようとしているのではないかという気もする。他方で最近の人民元レートを見ると、非常に管理のレベルが高くなっており、金融部門はやや不透明となっている。起業、あるいはイノベーションの活動は非常に活発化しているのは事実であるが、政府がこれを推進しているので、中国全土が右にならえになっているのかもしれない。
 中国には経済的、政治的不満の問題が充満しているが、庶民の生活に関わる物価などは当面は安定している。群体性事件という、いわゆる暴動のようなものは各地で起きているが、それが組織化される可能性はほぼなさそうである。雇用については、現在年間1300万人規模の新規就業がある。都市の登録失業率は大体、安定しており、4%前後である。起業ブームによって、サービス業でかなりの人たちが新たに雇用されており、また内陸部の雇用も急激に伸びている。そういう意味では、雇用の問題が政治的不満に転嫁する可能性はかなり限定的、局地的ではないかと考えている。
 中国では共産党がすべてを決めているという考え方に立てば、政治サイクルと経済サイクルは明らかに連動している。ただし、具体的な政策を見ると、2015年夏の中国発の経済危機のような非常時でない限り、両者の連動はあまり見られない。習近平氏が挙げている「中国の夢」、「新常態」、「一帯一路」、「供給側改革」といった言葉に関しては、言葉が独り歩きしている可能性があると思う。要するに、習近平氏が使う言葉は使わざるをえないといった雰囲気が、今日の中国国内にはある。習近平氏の個人的イニシアチブに応じた動きははっきりしているが、これも「上に政策あり、下に対策あり」の単なる当面の対策かもしれない。ポスト習近平期に、果たしてこういう言葉が残るかといえば、やはり疑問である。胡錦涛期にも「和諧社会」、「以人為本」などと言われたが、現在はほとんど使われていない。
 重慶の取り扱いのように、特定の地域や部門を取り上げてリーダーシップの強化に使ったりされることはあるが、具体的な政策に関しては、政治サイクルと経済サイクルの連動は必ずしも見られないというのが私の印象である。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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