平成29年度 第4回 国際情勢研究会 報告2/ 「南シナ海紛争研究:紛争鎮静化の方策を求めて」 桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授 佐藤 考一(さとう こういち)【2017/11/30】

講演日時:2017年11月30日

平成29年度 第4回 国際情勢研究会
報告2/ 「南シナ海紛争研究:紛争鎮静化の方策を求めて」


桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授
佐藤 考一 (さとう こういち)

南シナ海における高強度、中強度、低強度紛争
 中国は、九段線の法的有効性を否定した2016年7月の常設仲裁裁判所(PCA)の裁定を拒否した。そして、これに対する国際社会の非難を封じ込め、南シナ海の係争当事者間の行動規範(COC)の法的効力を薄めて、海の現場での行動の自由を確保するべく、東南アジア諸国連合(ASEAN)との交渉を積極化した。さらにその過程から、域外対話諸国を排除する考え方をとっている。
 南シナ海紛争には、高強度紛争、中強度紛争、そして低強度紛争にかかわるものがある。第1の高強度紛争は、中国海軍の戦略潜水艦による核哨戒と、これに対する米海軍の航空機と艦艇による近接偵察で日本やASEAN諸国には手が出せない。第2の中強度紛争は、中国が行っている島礁埋め立てに関するもので、米国はこれに対し、「航行の自由作戦」をとっている。第3の低強度紛争では、中国側の法執行機関の船とASEAN側の漁船との間における問題が大きいが、ASEAN諸国間の密漁の問題もある。これに関して日本は、マレーシア、フィリピン、ベトナムに巡視船を供与しているが、場合によっては、日本が供与した船同士で撃ち合うことになりかねず、頭が痛いところだ。
 高強度紛争の問題がどのような頻度で起きているかというと、中国側の戦略潜水艦の核哨戒に対する米軍の航空機と艦艇による近接偵察は、2009年には260回だったが、2014年には1200回に増加した。米海軍電子偵察機のEP3の衝突事件や音響測定艦のインペッカブル号の妨害事件のようなことが、再び起こりかねない状況だ。中強度紛争では、中国は8島礁で人口島の埋め立てを開始し、現在は7島礁で行っている。このうち3つの島礁に滑走路があり、米国はこれに対し、航行の自由作戦を行っている。オバマ政権下では2015年10月以降、4回、トランプ政権下では、1回は航行の自由作戦と銘打っていないが、12海里以内に接近したことが4回ある。そして、フィリピン、ベトナムの港への日米豪の海上自衛隊や海軍の艦艇の寄港と、南シナ海の哨戒のための合同訓練が行われている。
 低強度紛争については、ASEAN側の動きを見ると、まずブルネイでは対中紛争が一切、顕在化しておらず、経済協力が進められている。既に、ブルネイ沿岸で油ガス田の共同開発が行われているという。マレーシアでは、2015年に初の中馬海軍合同演習を行われたが、マレーシアに最も近いスプラトリーの環礁であるルコニア環礁では、中国海警の船艇が居座り続けている。2016年には、マレーシア海上法令執行庁(MMEA)の船艇に、密漁の拿捕を逃れようとした中国漁船が体当たりする事件も発生したというが、ナジブ政権と海軍の上層部は中国側と緊密な関係にある。フィリピンについては、2016年11月にドゥテルテ大統領が訪中して以来、一見、良好な関係に見えるが、中国海警がスカボロー礁に居座っている。また、中国側は一昨年、ルソン島の太平洋側にあるベンハム海嶺に調査船を送ったという。ドゥテルテ大統領も何もしていないわけではなく、スプラトリー諸島の砂洲に漁民の避難小屋を造り始めたが、中国側がこれに気づき、ASEAN首脳会議の直前にやめるよう求めたため、撤退させることにしたという。ベトナムについては今年6月、中国の范長竜・中央軍事委員会副主席が訪越したが、途中で怒り、帰ってしまった。これはエクソンとベトナム企業が南シナ海で石油の合同探査を始めたことへの反発だそうだ。2017年7月末にベトナムが沿岸で探査を行った際も中国は圧力を加え、ベトナムはASEAN外相会議で対中批判を行い、中越外相会談が中止になった。さらに、パラセル諸島近海で中国海警のベトナム漁船への体当たり事件が発生し、その後はトンキン湾の入り口で中国海軍が演習を行うという状況になっている。
 ASEAN側は仲裁裁定には現在、あまり触れていないが、今年2月から南シナ海問題に関する行動宣言(DOC)をCOCに変えて発展させるプロセスが進められており、その枠組みが8月にほぼ固まった。そして11月のASEAN中国首脳会議において、行動規範の本文の交渉に入るという声明が出されている。

他地域・分野におけるCOCに頼らない紛争鎮静化の事例
 それでは、法的拘束力のあるCOCが、中国とASEANの間でできるのかということだが、会議外交は全会一致制で、ASEANの会議ではカンボジアとラオスのような親中派の抵抗がある。また、ASEANと中国の会議では中国が抵抗する。ASEAN中国外相会議で合意したCOCの枠組みの本文は公開されていないが、自制するようにと書かれているものの、自制に関する定義はないという。また、COC実施の監視などはASEAN中国外相会議に任されており、日米などの介入も阻止しようとしている。規範に違反した場合の、法執行と仲裁に関する規定もない。結局、2002年のDOCから離れたものにはできないだろうという。
 COCに頼らない場合の紛争鎮静化への方策で、他の地域や分野の事例を見ると、比較的うまく行っている事例として、地中海への環境問題に焦点を当てたバルセロナ条約、そしてASEAN海域における石油流出準備対応プロジェクトがある。また、他の分野だが、越境性犯罪の取り締まりで、日本が関与するアジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)がある。
 バルセロナ条約(1976年)が対象とする地中海と南シナ海は、いずれも閉鎖海もしくは半閉鎖海で、大きさはほぼ同じだ。地中海の方がやや深く、閉鎖性はやや高い。地中海に面する沿岸国は21ヵ国+欧州連合(EU)で、南シナ海については7ヵ国+台湾だ。地中海では沿岸国の多くが、領海の外に排他的経済水域(EEZ)を設定しておらず、領海の外が直接公海になっている。一方、海域面積が小さいため、陸上や河川、船舶からの排水による海洋汚染は互いに深刻だ。そこで、国連環境計画(UNEP)とEUの支援下で地中海行動計画(1975年)とバルセロナ条約が作られ、汚染防止に貢献している。締約国は21ヵ国とEUで、1995年の改訂でマグロなど高度回遊性の魚種を保護するため、適用範囲が拡大された。
 これらの計画や条約が実現した背景には、国家や国際機関だけでなく、非政府組織や市民社会が参加してアイディアや情報を提示し、議題提起を助け、必要な行動への圧力をかけてきたことがあるという。すなわち、国際政治学の用語でいうところの公衆(attentive public)や知識共同体(epistemic community)の存在によって、これらがうまく行っているといわれている。ただ、私はこれについて完全には納得できない。なぜなら、バルセロナ条約にはアラブ諸国やチュニジアやモロッコのようなアフリカの国々も入っているからだ。これらの国に公衆や知識共同体のようなものがどの程度、存在するのかについては、かなり疑問がある。これについて、EUの専門家は、2国間の問題と国際公共財の問題は分けて考えられるので、国際公共財に関する問題は比較的、対策がうまく行くと説明している。さらに国際的な環境保護レジームができ、環境保護の活動や調査が行われるようになると、そこでの対立は抑制される傾向はある。その点では、環境問題というのはキーになるかもしれない。
 次に、ASEAN海域における石油流出準備対応プロジェクトであるが、マラッカ海峡協議会とASEAN・OSPAR計画がある。これらにはマラッカ海峡に面するマレーシア、インドネシア、シンガポール、タイが関与している。マレーシアとインドネシア、シンガポールは従来、あまり国家間関係が良くなかった。しかし、戦後は船舶が大型化し、マラッカ海峡には水深が非常に浅くて危険なところがあることから、多くの海洋事故が発生した。そこで測量を行って、航路の安全を確保しなければならないということになり、1969年にマラッカ海峡協議会ができた。これについては、日本がかなり支援した。さらに、日本の支援を基にASEAN・OSPAR計画が作られ、1990年度から活動している。例えば、石油の流出事故が発生した場合には、オイル除去で協力するなど、かなり成功している。
 一方、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)は、1997年のアジア通貨危機前後から増加の一途をたどった海賊事件に対処するため、2006年11月の日本ASEAN首脳会議で、小泉純一郎元総理のイニシアティブでできた。同月には、シンガポールに海賊情報共有センターが設置されている。東南アジアの国々では、各国国内に海賊に対処するための、非常に多くの海上保安機関が存在する。そこで、海賊が出ている地域を担当する複数の機関の部署を統括するフォーカル・ポイントを決めて、そこへ連絡することによって、海賊を退治しようとしている。さらに、国際会議やセミナーで協力体制を強化すると共に、情報共有センターは海賊情報の集積や分析で成果を上げている。

南シナ海紛争の鎮静化に向けた具体的政策
 では、南シナ海紛争鎮静化に向けて具体的に何ができるかというと、以下の3つが挙げられる。第1に、会議を作る必要がある。第2に、海賊情報共有センターと同様に、海洋安全保障情報共有センターを作るべきだ。第3に、実際に海での協力を実施すべきだ。第1の会議に関しては、拡大ASEAN海洋フォーラムがあるが、これについては、2016年はASEAN側で調整がつかず、開催できなかった。また、これには中国が入っており、南シナ海問題に直接触れないようにしているため、なかなか難しい。したがって、このような問題が起こらない会議体制の整備が必要だ。日ASEAN外相会議、または東アジア首脳会議の下にでも、そのような会議ができれば良い。南シナ海紛争の係争当事国、非当事国のASEAN諸国、そして域外対話諸国が、何か事件が起きた際、共通の海洋状況認識(MSA)を持つ必要がある。
 MSAを重視し、その構図(picture)の共有化の努力を始めたのは北大西洋条約機構(NATO)で、衛星から海軍の艦艇、海上法執行機関の船、そして民間船舶まで含めて情報を提供してもらう他、船舶自動識別装置(AIS)の情報も使う。また、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどが行っているが、ASEAN諸国や域外対話諸国の海軍や海上保安機関が共同して海上パトロールをすべきだ。各国が自国の領海内をパトロールし、領海外へ逃げる容疑船がいた場合には領海を越えて追いかけられる越境追跡(hot pursuit)のルールを適用し、ただちに隣国と連絡をとる。これを行えば、おかしなことをしている船をかなり効率的に把握できる。さらに、昨年の引退前に米国のカーター国防長官が、米国とASEANで海軍合同監視能力の向上演習をやろうと述べたが、今年の拡大ASEAN国防相会議ではマティス国防長官が同様の発言をしている。他には私が言っているのと同様に、海洋問題に関する国際会議を作った方が良いと述べている。中曽根康弘世界平和研究所の会長である中曽根元総理が提案しているように、最終的にはこれを常設機関にすべきだろう。我々はそのように、将来は東アジア海洋安全保障機構(OMSEA)を設立すべきと考えている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部