平成29年度 第4回 アジア研究会 テーマ『アジア新興国経済の動向』 報告 「インド・モディノミクスを採点する―2019年総選挙をにらむ経済改革の総決算」【2018/3/14】

日時:2018年3月14日

テーマ『アジア新興国経済の動向』

平成29年度 第4回 アジア研究会
報告 / 「インド・モディノミクスを採点する
― 2019年総選挙をにらむ経済改革の総決算」


日本経済新聞社 編集局 シニアエディター
兼 日本経済研究センター アジア研究本部 主任研究員
山田 剛 (やまだ ごう)

1. 回復しつつあるインド経済
 一時期、低迷していたインド経済は、ようやく7%台の高成長軌道へと回復しつつある。民間消費は若干、国内総生産(GDP)の伸びを下回っているが、2017年10~12月期については「高額紙幣廃止」や物品サービス税(GST)導入といった政策に伴う混乱の影響が残ったのかもしれない。直接投資(FDI)は好調で、海外の投資家、企業から見ると、インドが良い投資先であることに変わりはないという感じだ。
 インドが7~8%程度の高成長を持続するには、様々な条件が必要だ。経済の足を引っ張る農業は直近、10~12月で4%程度成長しているので、製造業とサービス業が共に8~9%程度の高成長を持続できればインド経済全体は8%程度の成長を達成できる。このように、やや厳しい条件を伴う経済構造だが、一応、高度成長軌道に乗りつつあると言って良いと思う。工業生産指数(IIP)については、昨年までは伸び率が前年比2~3%台というひどい時期もあったが、現在は+8%程度と約2年ぶりの高水準で、製造業は意外と好調だ。製造業の設備稼働率も一時はかなり低迷していたが、底を打ったようだ。一方、株価については、ややバブルのようなところもあったが、2月1日には新年度予算案の内容がやや期待を裏切ったこともあり、クラッシュした。これによって2週間で6%程度下落したが、現在では再度上昇基調に転じている。
 インドは政経不可分で、政党が党勢を拡大しようとする場合、特に与党はバラマキを行う。農村人口が未だ全人口の68%程度を占めているため、政治家は最大票田である農村、地方都市に重点を置かざるを得ない。昨年暮れには、モディ首相の出身地であるグジャラート州で州議会選挙が行われたが、与党・インド人民党(BJP)は一応勝利したものの、農村部で苦戦し前与党の国民会議派にかなり議席を奪われた。これについては、政府が農産物の買い入れ価格をやや下げたことを国民会議派がうまく突き、農民の怒りを煽る選挙戦術を展開したためとみられる。このため、その後に出た18年度予算はかなり農民、貧困層寄りになったと思う。今年は8つの州で地方選挙が行われる予定だが、私たちが特に注目しているのは、4~5月にかけて予定されているカルナタカ州議会選だ。カルナタカ州はインド南部の大きな州で、州都はバンガロールだ。州内の総生産もかなり大きいが、中央与党のインド人民党(BJP)はここでも苦戦が予想されている。

2. モディ政権の経済改革、キャッシュレス・デジタル化の推進
 モディ政権では当初、「インドでものづくりを」と呼びかける「Make in India」をはじめとするスローガン政治が目立ったが、具体的な成果が出たのはここ1、2年だと思う。高額紙幣廃止について、インドのエコノミストらの評価は分かれるが、ブラックマネー撲滅や税収増加以外にも、様々な波及効果があった。中でも私が注目しているのは、デジタル経済、キャッシュレス経済の本格的な普及だ。
 モディ政権はまた、昨年7月、ようやくGST(物品・サービス税)つまり全国統一の消費税導入に漕ぎつけた。これについては混乱もあったが、最近は軌道に乗ってきたと評価されている。従来は州境を超える度に発生していた納税手続きがなくなり、ようやく当たり前の国になった。これによる効率化、税収の増加という効果は大きい。そして、債務超過・破産法(IBC)も導入された。インドでは従来、企業をたたむ際の法的枠組みが整備されていなかったが、その本格的な枠組みをようやく整ったということだ。さらに、国営企業改革への道筋もついた。一方、外交ではモディ首相自ら様々な国を回り、関係を強化して全方位的な経済外交を展開している。
 高額紙幣廃止については当初、いわゆる税金を払っていないアングラマネーを撲滅するという目標を掲げていた。しかし、この目標だけのためにこれをやったかというと、はなはだ効果が疑問だ。これに関しては、GDP比で0.1%程度しかないブラックマネーを掘り起こすために、インド全体のGDPが1%以上下がった。一瞬とは言え、お金が使えなくなり、計り知れないダメージがあった。ただ、若者や都市住民は、これを意外とポジティブに評価している。ブラックマネーをため込んでいた小金持ちや悪徳ディーラー、政治家などが大損するのを見て、かなりの庶民が溜飲を下げたという効果がある。皆が平等に貧しいという状況は、やはり不公平に勝る。
 ただ、高額紙幣廃止の本当の狙いは、どうやら政府主導で無理やりキャッシュレス、デジタル経済を推進することにあったのではないかと思う。ある日、キャッシュが使えなくなったということで、まず人々が走ったのがネット通販だった。高額紙幣廃止の数週間で、ネット通販の利用者が何十倍にも膨れ上がったという事例もあり、人々をデジタル、キャッシュレスに誘導する効果があったようだ。また、高額紙幣廃止はある日、唐突に始まったわけではなく、色々な前振れもあった。まず農村部の貧しい農民や貧困層に半ば無理やり銀行口座を作らせ、生体認証式のIDカード、アーダール(基礎)カードと組み合わせて効率的に年金や補助金を支給、取りっぱぐれをなくし、二重取りを防ぐという壮大な計画が進められた。そして形式的ではあるが、ほぼ全世帯に銀行口座が普及した。銀行口座は、モバイルペイメントを使うためにも必要だ。
 問題は今後だが、将来的にはIDカードを、税金を取るためにも使うのではないか。高額紙幣廃止に伴って、税収は増えている。2017年2月末までの直接税収は前年同期比で2割ほど増え、相当、効果があったと考えて良いと思う。一方、GSTは間接税だが、会社や企業がGSTの還付を受けるには帳簿を提出しなければならず、この還付手続きをするため、直接税のごまかしも減ったという効果が認められる。デジタル決済も増え、政府は2021年までにその規模が1兆ドルになるという予測を立てている。
 民間企業、政府も、デジタル経済、キャッシュレス経済を側面支援する手立てを投じている。アプリや光ファイバーの普及支援についてはまだ看板を掲げたばかりだが、農村でもデジタル化を進め、場合によってはインターネット、ブロードバンドにつながる環境を整備するという。農村の3分の1弱ではまだ電気がなく、どこまで進むのか不安はあるが、方向性は打ち出している。そしてマイクロATM、POS端末などを作るメーカーへの、優遇措置も計画している。さらに面白いのは、保険料や運転免許の手数料のような、役所で支払うお金や手数料もモバイルペイメントで払えるようにしていることだ。一般企業に対しては、給与の銀行振り込みを促進するキャンペーンも行っている。このような中、フェイスブックなどメジャーなプレイヤーもインドのモバイル決済ビジネスに参入すると表明している。また、アーダールカードは、いわゆる「インド版マイナンバーカード」で生体認証式機能、国民に固有の番号が付いている。これがIDになると同時に銀行口座と紐づけして補助金や奨学金、年金を受け取る仕組みになる。
 インドでは年間30%程度のペースで、インターネットに接続できる人口が増えている。スマホ人口は約2億5000万人と言われ、2017年の国内スマホ販売台数は約1億2400万台だった。他方でセキュリティ・サイバーの問題は深刻で、サイバーセキュリティ指数はIT大国といわれるわりに高くない。また、インドでは与信管理が難しく、携帯電話も約9割はプリペイド式で、クレジットカード普及もまだ3000万枚程度だ。
 GST導入で、州ごとにバラバラだった消費税が全国で統一され、名実ともにインド全土が統一市場になった。基礎食料品や牛乳などでは税率をゼロとし、家電や自動車のようなものの税率はやや高くなっている。他方でインドは一旦、決めたことを改めるのは意外と得意で、GST導入からまだ1年も経っていないが、世論の動向を見ながら既に2回も小幅な税率改定を行っている。砂糖やパスタ、お菓子など庶民の必須アイテムのようなものや、新車との格差をつけるために中古車の税率を下げてみるなど、細かい事後調整を行っている。
 不良債権処理についてはインド経済の近年の大きなブレーキだったが、状況はかなり良くなってきた。不幸にも1期で辞めさせられた前中央銀行総裁は、不良債権処理にかなり力を入れていた。道半ばだったが、2013年ごろからインド政府は本格的に不良債権の処理、銀行法改正、不良債権の処理に乗り出し、2016年には債務超過・破産法(IBC)が施行された。いわゆる企業破綻処理を専門で扱うNCLT(国家会社法審判所)に、IBCによる企業の破綻処理を一任し、不良債権処理を進めている。一方、民営化のシンボルとなるエア・インディアについて政府は、本体とLCC(格安航空会社)、そして地上サービスに3分割して株を売却する方針を決めたが、国内航空会社の関心はいまひとつ。総選挙があるほか、インドの国営企業や銀行では従業員組合が強いこともあり、世論の動向等を見ながら慎重に進めていかねばならないだろう。

3. 農民に手厚い2018年度予算案、今後の政治経済状況
 2018年度の予算案を見ると、一足早い「選挙マニフェスト」とも言える。すなわち、農民や貧困層への手厚い配慮を掲げ、次の選挙に勝とうとしており、財政赤字の削減目標(GDP比3.0%)を1年先送りした。大量に注ぎ込まれている補助金も必ずしも効率的に使われていない。さらに、貧困層に対しては大規模な社会保障スキームを導入するなど、インフラに多くの資金が必要なのに、農村ばかりに配慮した予算だという批判もある。歳入の見込みも相当、楽観的に見積もっている。
 インド経済は、しばしの低迷期を脱し、7~8%という高度経済成長の入り口に差し掛かったといえる。今後については様々な外部要因があるほか、このままモディ政権が2期目も選挙で勝利し、一連の政策が継続できるのかという若干の不安もある。しかし、議席は減ってもおそらく与党のBJPが続投することになり、改革路線は持続しそうだ。問題もあるが、行政パフォーマンスの変化率、ガバナンスや社会正義の確立などを見ると、かなり改善していると思う。総括すると、とりあえず合格点でかなり頑張っており、インド経済の舵取りはうまくできていると考えて良さそうだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部