第169回 中央ユーラシア調査会 報告1/ 「インド洋をめぐる新しい情勢(1)– 中国・南アジア諸国関係の最近の動きを中心に」有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役 清水 学(しみず まなぶ)【2018/04/17】

日時:2018年4月17日

第169回 中央ユーラシア調査会
報告1 「インド洋をめぐる新しい情勢 (1)
— 中国・南アジア諸国関係の最近の動きを中心に」


有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役
清水 学 (しみず まなぶ)

1. 南アジア情勢と中印の経済関係
 南アジア情勢を見る上で注意すべき点として、以下の3点が挙げられる。第1に、ロシア・インド関係では緊張関係もあるが、地政学的条件から、常に相手を必要とする構造は変わっていない。ロシアはパキスタンに接近しているが、これは反インド政策に即、つながるものではない。第2に、中印関係は政治軍事的戦略と経済戦略がねじれる形で絡まっており、中印関係が全面的な対立に展開することを制約する条件となっている。第3にインドでは、議会制民主主義がかなり機能しており、選挙が大きな意味を持っており、民意の動向が内政外交に与える影響は小さくはないということである。しかも、中央の連邦議会選挙だけでなく、州レベルの選挙結果が全体の政策に大きな影響を与える。このため、インド専門家は、州選挙もインドの政情の変化を中央の選挙と同様の比重で重視している。インド事情に通じている英国のメディアと日本のメディアの異なる点の一つである。
 例えば、昨年12月にはモディ首相の出身州である西部のグジャラート州で州議会選挙が行われ、モディ首相のインド人民党(BJP)が勝利した。しかし、予想より僅差だったことはモディ首相にとってショックで、モディ首相はその直後、急遽パレスチナを訪問してパレスチナ独立国家への支援を表明した。これはたいした事ではないと思われるかもしれないが、モディ首相は昨年5月にイスラエルを訪問した際には、パレスチナの占領地を訪問していない。完全にイスラエル寄りであることを正面に出した結果、選挙でマイナスになったと判断し、急速にこれを修正したのである。このように州選挙の結果も重要で、外交にも影響する。
 中印の経済関係では、貿易構造がネックになっている。インドにとって中国は最大の貿易相手国だが、大幅な入超が克服すべき課題だ。インドの貿易総額の約10%は中国向けで第1位であるが、中国の貿易総額に占めるインドの比率は2%程度しかない。昨年度の中印間の貿易額は715億ドルで、インドにとっての貿易赤字は、このうち510億ドルに上った。インドの主な輸出品は原材料だが、中国の事情で、その輸出は停滞している。他方で、インドの中国からの輸入品は工業製品が主で、IT関連の電子部品等も多く輸入されている。さらに2014年には、中国の3大スマホ企業(小米、VIVO、OPPO)がインド市場に参入し、急速に市場シェアを拡大している。インドにとって中国にどのようにキャッチアップしていくか、また遅れている道路などのインフラ整備をどうするか、課題は大きい。

2. 中国の「一帯一路」と南アジア
 中国の「一帯一路」構想と南アジアの関係で焦点となるのは、「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」だ。中国側はこれを「一帯一路」の旗艦プロジェクトと位置づけており、その規模は約550億ドルといわれる。中国パキスタンのプロジェクトでは特に、交通インフラとエネルギー関連プロジェクトが大きな柱となっている。CPECは「一帯」と「一路」を1つのセットとして見た場合、双方の連結点であり、中国(新疆)とアラビア海を結ぶ最短の陸路と位置づけられる。また、ここに石油パイプラインができれば、非常の際にインド洋ルートの代替ルートの役割も果たすことになる。さらに、中国によるパキスタンへの支援は、インドへの牽制にもなる。しかし、いくらかの問題も生じている。第1に、中国自身がパキスタン内の政治的な問題に関わらざるを得ない事態が生まれ始めていることである。具体的に言うと、CPECの協力案件には「グワーダル港自由区の始動エリア建設」が含まれるが、グワーダル港があるバルーチスタン州では元々、反中央政府のゲリラ活動が活発で、昨年だけでも中国人が10人殺されたという情報もある。そこで中国は、バルーチスタンの反政府運動BLOとのコンタクトを直接取り始めている。
 グワーダル港はインド洋海路のハブにもなりうる、また新疆への石油パイプラインの起点でもあり、潜在的には軍事的意味も持つなどCPECの目玉だ。パキスタン港湾海運省は昨年4月、中国国有企業(COPHC)にグワーダル港を40年間リースすると発表した。同社の子会社は、港湾管理運営のほかグワーダルの自由貿易地域の運営も行うことになっている。一方、中国は昨年、グワーダル市の社会インフラ整備に対する5億ドル供与の贈与を約束した。必ずしも現地のバルーチ人の雇用が大幅に増加するわけではなく、パシュトゥーン人を含むパキスタン各地の人が働きにきている。地元にあまり落ちるものがなく、よそ者が入ってくることに対し、地元の人々は不安感を持っている。5億ドルという巨額な贈与は、バルーチ人の不満を抑えようとする援助であり、グワーダル港の中国にとっての重要性を示すものであろう。
 一方、パキスタン水利局は昨年11月、ダイマーバシャ・ダム水力発電プロジェクトを中国との共同プロジェクトから外すよう要求した。彼らの説明によると、融資条件がパキスタンの国益に反するという理由からだ。また、これは明示されていないが、ダム建設の場所はパキスタン北部のギルギット・バルチスタン州(旧北部地域)で、ここは歴史上、インドと係争中であるカシュミール藩王国の一部だった地域である。パキスタンが中国と接している地域であり、そこにダムを造るということで、パキスタンには、ややインドを刺激し過ぎるという政治的判断も働いていると思われる。あるいは、中国との融資条件を改善するための一種の交渉として、こういうことを言っているのかもしれないが、パキスタンとしてはかなり大胆なクレームを付けたともいえる。しかもこれは、総額140億ドルという大規模なプロジェクトである。
 ネパールでも同様の問題が生じている。ネパールは昨年11月、ブディ・ダンダキ水力発電プロジェクトへの中国企業の参加計画をキャンセルした。「複数入札に関する法令に違反する」というのが、その理由として挙げられる。全体としては、中国の経済的な影響はひたひたと押し寄せているが、部分的にはこのようにかなり大きな問題としてフリクションが出ている。融資条件の問題については最近、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が中国に対し、「必要とされるインフラ整備は重要だが、プロジェクトに伴う債務増大が返済額増加をもたらし、それが他の支出を圧迫して、国際収支危機を引き起こす可能性がある」と警告している。

3. アフガン問題を巡る中露対米国、中印とインド洋の国々
 昨年8月にトランプ米大統領が発表した新南アジア戦略では、「パキスタンの武装勢力支援を停止させる」とし、代わって「インドのアフガニスタン等での役割増大を支援する」とした。これは一言で言えば、インド・パキスタンの係争に対し、かなり明確なインド寄りの姿勢を示したということだ。従来の米大統領は、これほど明確に片方の立場をとることはなかった。
 一方、タリバーンについては、アフガン・タリバーンとパキスタン・タリバーンと区別してみなくてはいけない。両者は全く無関係ではないが、戦略志向がかなり異なる。アフガン・タリバーンはアフガニスタン、パキスタンのパシュトゥーン地域を舞台にしてアフガニスタンから外国軍を追放するのが戦略的目標である。これに対してパキスタン・タリバーンはISとも関連を有する国際的なジハード主義で動いている。したがって、中国やロシアは、アフガン・タリバーンの問題を解決するためには、アフガン(パシュトゥーン)民族主義の問題として対処することが必要であり、かつ可能だという認識を持って交渉してきた。
 中国は3、4年前からアフガン・タリバーンと交渉を持つようになり、ロシアも最近、接触を始めた。アフガン・タリバーンは一種のパシュトゥーン民族主義とつながっているため、この民族主義との接点を1つの軸に交渉していけば、彼らを一定の和平の枠組みに取り込める可能性があるという判断からだ。これに対し、トランプ米大統領はアフガン・タリバーンもパキスタン・タリバーンも区別せず、「どちらもやっつけろ」という姿勢だ。また、注目されるロシアのパキスタンへの「接近」では、軍事演習も含まれているが、基本的にはインドの了解を得た上で動いていると考えられる。ロシアの目的はむしろ、パキスタンのアフガン・タリバーンに対する影響力を利用したいということであろう。
 中印関係については、かなりジグザグな状況である。インドは昨年5月に北京で行われた「一帯一路」のフォーラムをボイコットした。その理由の1つは、中国がインドの周辺地域であるミャンマーやバングラデシュ、スリランカ、モルディブ、パキスタンの港湾等に援助し、いわゆる「真珠の首飾り」といわれるインド包囲網を構築しているとして反発していることである。また、中国パキスタン経済回廊がカシミールの係争地を通過することへのクレームもあったと思われる。しかし、6月に開かれた上海協力機構(SCO)のアスタナ首脳会議では、インド、パキスタンの両国は正式な加盟国に昇格されている。モディ首相はこの会議に参加し、中国の習近平国家主席に謝意を表明している。
 その後まもなく、ブータンのドクラムでは、中印軍が対峙することになった。ブータンは南アジアの国で唯一、中国との国交を結んでいない国である。中国と領土紛争を抱え、インドとの関係が深いことから、インドの意向に反する動きはできないようなところがある。その係争地域の一部と思われるところで中国軍が道路建設を始めたことから、ブータンはインドに支援を要請、インド軍が入り、数百メートルという近距離で中印両軍が約2ヵ月対峙することになった。非難の応酬で緊張感が高まったが、8月末から9月にはBRICS首脳会議が開かれ、その直前に急遽、手打ちが行われた。一方、アジアインフラ投資銀行(AIIB)は今年1月、営業開始から2年を迎えたが、その間、最大の融資を受けた国はインドである。融資対象にはムンバイの地下鉄プロジェクトなどがある。
 インドのモディ首相は昨年6月、インド洋の3ヵ国、セイシェル、モリシャス、スリランカを訪問した。セイシェルとは既に軍事協力協定が存在し、現在、アサンプションという島におけるインド海軍基地建設について協議が行われている。基地はインドが設立し、両国海軍が共同で使用するという。モリシャスに関しては、対印直接投資で最大の出資国となっており、2016年度の対印直接投資の21.8 %はモリシャスからだった。その背景にはモリシャスの人口の約3分の2がインド系ということだけではなく、モリシャスとインドが二重課税防止条約を結んでいることがある。モリシャスの法人税は非常に安いことから、インド資本はインドに投資する際、一旦、モリシャスを経由し、モリシャス企業として投資している。つまり、モリシャスからの投資は、インド資本であることが圧倒的に多い。
 もう1つ、インド海軍・空軍とモリシャス武装部隊の関係は、歴史的に極めて深い。モリシャスには軍隊が存在しないことになっているが、国家海上警備隊とモリシャス警察隊があり、これが部分的に軍事的機能を代行している。それだけでなく、その訓練はインド海空軍が担い、これらの部門の一部の指揮官はインド軍人が務めている。そういう意味では、インドはまだセイシェル、モリシャスにそれなりの拠点を持っており、インド洋が「中国の海」になる可能性については、まだまだ先の話になるとみられる。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部