第169回 中央ユーラシア調査会 報告2/ 「インド洋をめぐる新しい情勢 (2)– チャーバハール開発を中心に –」日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 新領域研究センター 上席主任調査研究員 鈴木 均(すずき ひとし)【2018/04/17】

日時:2018年4月17日

第169回 中央ユーラシア調査会
報告2 「インド洋をめぐる新しい情勢 (2)
— チャーバハール開発を中心に —」


日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所
新領域研究センター 上席主任調査研究員
鈴木 均 (すずき ひとし)

1. 米トランプ政権とイランの緊張関係、米英仏によるシリア攻撃
 米国のトランプ政権とイランの緊張関係だが、トランプ大統領の登場によってオバマ時代とは打って変わり、イランの対米関係は2020年まで改善する見込みはないという状況だ。それだけでなく、今年3月のティラーソン国務長官の解任、およびマイク・ポンペオ国務長官の登場、そして4月のジョン・ボルトンの大統領補佐官(国家安全保障担当)就任で、トランプ政権の対イラン強硬姿勢はますます強硬になりつつある。
 イランは外交的に米国以外、つまりロシア、インド、中国、欧州連合(EU)などとの関係は現在比較的良好で、それらの国々との関係を通じ、米国に対する牽制もしていると思う。反対にトランプ時代になってから、サウジアラビア、イスラエルなどとの関係は極度に悪化している。しかし、普通の庶民の感情を別にして言えば、イランの少なくとも権力側は、対サウジ関係でこれ以上の緊張をおそらく望んでいない。非常に突出しているのがサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子だが、見ている限り、サウジアラビアは現在、サルマン国王と皇太子の両頭体制でやっているようだ。報道によれば、サルマン国王はトランプ大統領との距離をはかろうとしているところもあるようで、今後もずっとトランプ政権に付いていくのかどうかはわからない。
 今月14日のシリア攻撃については、イラン側から見ると、おそらくトランプ大統領の選挙期間中からの対イラン強硬策の一貫であり、さらにそれが一歩進んだという印象が否めない。今月4日にイラン、トルコ、ロシアによるシリア問題のサミットが行われた直後ということもあり、まさにシリアが安定に向かう可能性が出てきたタイミングで、ちゃぶ台をひっくり返すようなことをした。米国はおそらくロシアとの徹底的な対立は極力回避するが、イスラエルやサウジアラビアに対し、対イランの強硬姿勢を堅持していることを示したかった。他方でイランとしては、対米関係はともかく、5月12日前後といわれる米国の核合意再検討に向けてイギリス、フランスとの関係は崩したくないというのが念頭にある。

2. チャーバハール開発と国際環境
 私はこれまでイランはそれほど追い詰められている感じではないとお話ししてきたが、そのような中で、イラン外交が活路を求めて静かな方向転換をしている。その目玉の1つは、イラン南東部のチャーバハール開発である。私は今年2月、イラン南東部のチャーバハール港およびモクラーン地域へ行き、数年前からインドをパートナーにして、この地域の開発が始動しているという印象を強く受けた。いずれのプロジェクトも既に1、2年ほど経過しており、現在は第1フェーズの終わりといった段階だ。その開発には、あと数年はかかるだろう。トランプ大統領の任期があと2年少しとすると、ちょうどその頃にはどれもある程度の目途がついてくるのではないか。今年2月半ばにイランのロウハーニー大統領がインドを訪問した際も、チャーバハール港及びその周辺の開発が目玉になっており、9項目の経済協定に調印している。
 チャーバハール港はグワーダル港と共に、2001年の米国9・11同時多発テロに端を発するアフガニスタンの政治情勢激変の際、注目を集めた。その開発はその後具体的にはほぼ手つかずの状態で来ていたが、ここ1、2年で動き始めている。おそらくインドのモディ首相の登場や米国のトランプ政権発足といった状況変化の下、普段は西側ばかり見ているイラン外交が珍しく、半ば背中を押されるような形でアジアに目を向けるようになったと思われる。
 これには、対米関係に配慮する欧米や日本のような国々から、開発のパートナーをより広げて検討し直すというモチベーションもあっただろう。こうしたイラン側の思惑によるアジア側へのベクトルの転換が、インドがパートナーとして浮上してきた背景にあると思う。イランは2002年ごろから強い経済制裁を受けており、経済が停滞していることから、再開発、再投資を待つ国内の案件は多い。トランプ米政権は今後、少なくとも2年あまりは続くのだから、その期間、通常であれば後回しになるような案件に、むしろ優先的に資金を投入したという面もあるかと思う。
 私は今年2月のチャーバハールにおける調査で、いくつかの機関の実務責任者から具体的に話を聞いた。その中にはバルーチ出身の人もいて、彼らが熱を持って語るのを聞くと、イランの開発政策の中でバルーチスタンに光が当たるのは千載一遇のことであるというような強い印象を受けた。私は2000年1月にもごく短期間、別の目的の調査でチャーバハールに滞在している。当時チャーバハールは既に自由貿易地区に指定されており、1つ目のショッピングモールが漸く完成した段階だったが、脚光を浴びている他のフリートレード・ゾーンと比べると、閑古鳥が鳴いているような状態だった。その直後にアフガニスタンの政治状況が変わり、チャーバハールも一躍脚光を浴びたが、開発は遅々として進まなかった。しかし、今回訪れてみるとショッピングモールが既に5つまで完成していた。
 イランは日本と対照的に、陸地面積は大きいものの外洋に面しているところが少ない。しかも、現在イランの主要港が位置するホルムズ海峡や、その西側のペルシャ湾も多大な安全保障上の問題を孕んでいる。チャーバハールはその外側にあり、イランでは外洋に面する唯一の良港ということになる。チャーバハールで現在進められている開発は、ハブとしての港湾施設の開発だけでなく、総合的な開発を目指すものだ。その重点分野の1つは石油化学コンプレックスで、その開発も第1フェーズが終わっている。計画が進行する中で、やがては関連する工場施設群を拡充していく。フリートレード・ゾーンは約140平方キロメートルの大きな敷地であり、空港予定地もある。石油化学コンプレックスはイラン産の天然ガスを主な材料とし、ペルシャ湾内のアサルーイェからパイプラインを引いてチャーバハールまで持ってくる。これについてはほぼ完成に近いところに来ているという説明を受けた。製鉄所の建設もかなり大規模なもので、構想ではイラン国内全体の10~15%に当たる規模の鉄鋼の生産を目指しているという。さらに、フリーゾーンが外国から入国しやすいという利点を活かし、「英語教育に力を入れて、留学生を集めたい」という構想も大学関係者が語ってくれた。
 港周辺のバルーチの人々との関係について、現地で会った人たちは「イランでは、パキスタンのような民族問題は抱えていない」と言っていた。むしろ、バルーチスタンの状況を改善するためということで意図的に開発を進めようとしているということだった。インドはチャーバハール開発をおそらくパキスタンや中国の一帯一路に対抗して位置づけているところがあると思うが、イラン側にそういう意図はない。むしろ、パキスタンのグワーダル開発との相乗効果を積極的にアピールして、パキスタン側や中国にもチャーバハールの開発を呼びかけるスタンスをとっている。そして同港の開発で直接的なメリットを受けるアフガニスタンはこれを歓迎し、中央アジアの国々もこの開発に強く期待しているという構図だ。

3. イラン抗議デモの背景にあるもの、逆戻りする米イラン関係
 次に、米国のトランプ政権がどのような形でイランを封じ込めようとしているのかについてだが、イラン国内の昨年末からの抗議デモ騒動で、トランプ大統領はデモ発生の当初から「イラン政府に対する国民大衆の蜂起」と断定し、デモ参加者への支持を表明した。デモは昨年12月28日から1月初めまでの間、イラン全国の40都市で連日行われたという。しかし、このデモにはいくつか不審な点がある。イランの抗議デモでは2009年の民主化要求闘争(グリーン・ムーヴメント)が革命後最大のものだったが、当時と比較してデモ参加者は圧倒的に少なく、明確なデモの指導者も表に出ていない。また、デモ参加者の多くが25歳以下といわれ、非常に若い層が動員されている。政治的主張やデモ拡散の経緯について、報道の当初から何か人為的で不明な点が多い印象を受けた。
 このデモ騒動が収束した時点で、背景には以下の3つの点があると考えられた。第1に、2017年5月の大統領選に出馬したE・ライースィー候補に代表される、宗教都市マシュハドを拠点とするいわゆる新世代の保守主義(ニューウェーブ保守)の人々がイランの政治シーンの中で台頭してきたこと。第2に、ロウハーニー大統領は「核合意があれば、西側企業を呼び込んで経済状況が改善する」としてきたが、核合意後も米国のトランプ政権によって経済制裁が続き、大きく当てが外れた。展望が見えない状態が続く中、地方を含め膨大な若年層の間で行き場のない不満が蓄積しているということがある。
 第3に、外部勢力、つまりイラン国外の勢力の介入がかなり顕著に出てきたのではないか。中でもモジャーヘディーネ・ハルク(MKOないしMEK)はイランの現体制とは長い因縁がある組織で、1960年代半ばごろに出てきて、ある時期から武装闘争に転換した。一時はホメイニーを支持して革命を成功に導いたが、革命後はホメイニーと袂を分かち、国外に追放された。当時は既にイラン・イラク戦争が始まっており、戦争相手国であるイラクに拠点を移してイラン革命体制の打倒を目指した。最大の転機となったのが戦争の末期で、サッダームの元で武装した兵隊がイラン国境から進軍し、多数の死者を出して撃退される事件もあった。
 イラクのサダム・フセイン体制崩壊後は、MKOは地域内での行き場を失い、オバマ時代にはアルバニアへの移住政策がとられた。現在ではおそらく、イランの普通の市民でモジャーヘディーネを支持する人はおらず、イラン国内ではほぼカルト化している。これまで度々、核関係の科学者暗殺等に関わり、近年では2002年にイランの核開発を暴露して注目された。これによってイランの核問題が国際的な課題となった。
 他方で、モジャーヘディーネがこれまで生き延びてきた背景には、米国が一方では何度もテロ組織と認定しつつも、他方でイランの体制を転覆するための尖兵(インテリジェンス)として飼い続けてきたことがある。MKOとの腐れ縁を持つボルトン補佐官など米国の何人か政治家が現在、トランプ大統領の元で外交上の方針を左右する立場にある。これらの政治家はもちろん米国の政界ではマイノリティーだが、現在はこのような人たちが米国の意思決定に直接関わるようになっていることから、米国・イラン関係は今後とも難しい状況が続くだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部