第171回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「プーチン4期目の旧ソ連圏戦略と中央アジア」拓殖大学 海外事情研究所 教授 国際教養大学 東アジア調査研究センター 特任教授 元時事通信社モスクワ支局長 名越 健郎(なごし けんろう)【2018/06/21】

日時:2018年6月21日

第171回 中央ユーラシア調査会
報告 「プーチン4期目の旧ソ連圏戦略と中央アジア」


拓殖大学 海外事情研究所 教授
国際教養大学 東アジア調査研究センター 特任教授
元時事通信社モスクワ支局長
名越 健郎 (なごし けんろう)

1. 旧ソ連圏政策の変化
 ロシアのプーチン大統領の4期目が、今年5月から始まった。大統領就任式直後の大統領令、5月テーゼでは、内政やインフラ整備、給与増額、平均寿命引き上げなど内政問題ばかりに触れ、外交安全保障には言及しなかった。外交に関しては基本的に、3期目とあまり変わらないだろうが、1つの注目点は旧ソ連圏戦略だ。ロシアの旧ソ連圏政策は、エリツィン時代とプーチン時代で大きく変化した。エリツィン時代の基本路線はCIS条約にも書かれているように、主権尊重、平等互恵、ソ連時代の行政区画を国境とすること、そして国境不可侵だった。
 クリミアについてロシアは、国際条約などでこれまで何度も、ウクライナ領であることを容認している。1990年代は旧ソ連の国家間関係は比較的、穏やかだった。逆にユーゴスラヴィアでは当時、内戦などが発生していたが、旧ユーゴスラヴィアは21世紀に入り、すっかり安定している。他方で、旧ソ連圏で混乱が続いている。その大きな要因として、1つはプーチン大統領の登場がある。プーチン大統領はロシアの内政や経済を安定させ、次第に旧ソ連諸国へ出ていくようになった。
 昔、私がワシントンに勤務したころ、ロシアでプーチンが大統領に就任し、当時のビル・クリントン米大統領が「プーチンは、ナイスガイだ」と言ったことがある。しかし、クリミア併合後、ヒラリー・クリントン国務長官は「プーチンは、ヒトラーを彷彿とさせる」と述べており、14年間でこのような変化があった。これはやはり、プーチン大統領がそれだけ変身したということだが、本人に言わせると「その責任は欧米にある」という。クリミア併合演説で彼は、「我々は欧米と仲良くなろうとして対話に努めたが、欧米はカラー革命やミサイル防衛、北大西洋条約機構(NATO)の拡大、アラブの春など、ロシアを挑発する反露的政策を採ってきた」、「我々の期待は裏切られた」と述べている。
 そのような中で、旧ソ連圏外交もかなり変化してきた。決定的なのものとして、まずグルジア戦争があり、これによって旧ソ連の構成国同士が初めて戦うことになった。そして、クリミア併合では旧ソ連の国境線が変更された。これらのプーチン大統領による旧ソ連諸国に対する外交は、親露的地域で特権的利益を保持し、ロシア国民の生命保護、ロシア企業の利益保護をはかるものだ。それは2008年にジョージアで戦争が起きた際、当時のメドベージェフ大統領が5項目の外交方針で打ち出したものだ。旧ソ連諸国との間では、エリツィン時代に集団防衛条約が調印され、プーチン政権によってユーラシア経済同盟が発足している。いずれのメンバーも現在、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アルメニアの6ヵ国だ。
 2014年3月にロシアがクリミアを併合した際、欧米諸国は国連総会に非難決議案を提出した。旧ソ連諸国にとって、これは一種の踏み絵だった。非難に賛成したのは、ウクライナ、グルジア、アゼルバイジャン、モルドバおよび、バルト三国で、反対したのはベラルーシとアルメニアだけだった。興味深いのは、中央アジア5ヵ国はいずれも棄権ないし欠席だったことだ。おそらく、本音では反対だっただろうが、賛成すればロシアに睨まれる。したがって、苦渋の選択だったと思う。

2. カザフスタンのロシア離れ
 このような中、カザフスタンは現在、ロシア離れを画策し、グローバル社会の一員として発展しようとしている。その状況証拠としては、1つはユーラシア経済同盟の弱体化がある。ロシアはユーラシア経済同盟を設立する際の原案で、欧州連合(EU)のユーロのような共通通貨を導入しようとしていたそうだ。ユーラシア経済同盟の加盟国は現在、6ヵ国だが、当初のメンバーはロシア、ベラルーシ、カザフスタンの3ヵ国だった。しかし、カザフスタンとベラルーシは連携して共通通貨導入に反対し、組織の弱体化に努めたという。ロシアは政治的な結束も求めたが、それも却下され、経済同盟は骨抜きになったようだ。
 カザフスタンのナザルバエフ大統領は今年1月に訪米し、トランプ大統領と会談した。そこでは、「戦略パートナー関係で合意した」と発表され、2001年の米同時多発テロ以降、アフガニスタンに駐留を続ける米軍の補給用に、カスピ海の2港を開放する方針が打ち出された。ロシアはこれに抗議したが、カザフスタンは「ロシアも米同時多発テロ直後、アフガンへ向かう米軍機に上空通過を認めた」という論理で反論したようだ。また、カザフスタン政府は米国人に、1ヵ月程度の短期滞在でビザも免除している。これについてもロシアが、「経済同盟を結んでいるため、米国のスパイがカザフスタン経由でロシアへ入ってくるかもしれない」と抗議したが、カザフスタン政府は「主権国家の権利だ」と言い、それを却下した。さらに、カザフスタンの将校グループが米国へ行き、米軍の施設で訓練を受けることも決まっている。軍幹部がナザルバエフ大統領の訪米に同行し、軍事的なアプローチで合意している。
 3月に米軍がシリアを空爆した際は、ロシアが国連安全保障理事会に非難決議を提出したが、カザフスタンはそれを棄権している。このように、ここ数年のロシアとカザフスタンの関係を見ると、微妙な軋轢のようなものがある。ロシアが2014年にクリミアを併合した後、ロシア自由民主党のジリノフスキーが「カザフスタン北部は、ロシア固有の領土だ」と述べたことがある。カザフスタン北部では、住民の半分程度がロシア系だ。そこでカザフスタン国内では、いずれクリミアに続いてカザフスタン北部でも住民投票が行われ、ロシアへの併合が支持されるのではないかという危機感が生まれた。カザフスタン政府はこの発言に対し、公式にロシア外務省に抗議したという報道もある。
 プーチン大統領も同じころ、「カザフスタンは一度も国家を持ったことがない。ナザルバエフは優秀な指導者だが、彼は自分の退陣後を警戒している」という奇妙な発言をしている。これに対し、カザフスタンでは「事実誤認だ」という反論があった。カザフスタンとロシアは2005年に国境協定を結び、係争地を折半することで公式に合意している。しかし、ロシア‐カザフスタン国境は世界最長の国境で、カザフスタンにとってロシアは潜在的な脅威でもある。
 カザフスタンではナザルバエフ大統領の決定により、従来のキリル文字による表記をローマ字表記に変えた。旧ソ連では既に、アゼルバイジャンやウズベキスタンもローマ字表記にしているが、これもロシア離れの一環かと思う。ナザルバエフ大統領はさらに、中央アジア首脳会議を定例化し、地域協力体を目指すことを提案したようだ。ナザルバエフ大統領には、後継者問題もある。長女を後継者にしようとしているという説もあるが、やはりイスラム国で女性の最高指導者というのはなかなか難しい。ナザルバエフ大統領はかつてゴルバチョフによって、刷新された連邦の副大統領になるよう頼まれたこともあるそうで、当時まだソ連国家保安委員会(KGB)の中佐だったプーチン大統領は頭が上がらないところがあるはずだ。このため、カザフスタンでナザルバエフが大統領を務めているうちは、ロシアは手が出せないと思うが、その後は何か動きがあるかもしれない。

3. ウクライナ情勢の展開、他の旧ソ連圏の状況
 ウクライナ情勢では昨年3月にプーチン大統領が、ウクライナ東部の親露派発行のパスポート類を承認する大統領令を出した。これはウクライナ東部の独立を事実上、承認する動きだと思う。国連の統計によれば、ウクライナ軍、ロシアの義勇軍、一般民衆を合わせた過去5年間の死者数は、既に1万人を超えている。今年春には米国がウクライナ政府に対戦車ミサイル「シャベリン」を売却し、現在、米軍がウクライナで訓練を行っているという報道もある。一方、ロシアが約4000億円かけて造った「クリミア大橋」が完成し、プーチン大統領はトラックに乗ってデモンストレーションもした。プーチン大統領は、大統領選中、「クリミア返還は永久にあり得ない」という発言もしている。来年5月には、ウクライナで大統領選挙が行われる予定で、世論調査ではポロシェンコの評価が非常に低く、ティモシェンコがトップになっている。ティモシェンコは親欧米だが、プーチンとのパイプもある。このため、来年の選挙後に何か変化があるかもしれない。
 他の旧ソ連地域に関しては、まずベラルーシはロシアと1990年代に連邦条約を締結したが、プーチン大統領はこれまで「ベラルーシを吸収合併する」という発言を何度もしている。しかし、ルカシェンコ大統領はかなりの力を持っているので、その在任中は手が出せないのではないか。ベラルーシとロシアの関係は、それ以降に動くかもしれない。南オセチア・アブハジアについては、ロシアが独立を承認し、事実上、ロシアの保護領になっている。二国間友好協力条約を締結し、ロシア軍も駐留している。この辺も帰属未定地域で、ロシアはいつでも併合できると思う。しかしそのインパクトは大きいので、避けているのだろう。ナゴルノカラバフについては最近、アルメニアで政変が起き、親露派の首相が退陣した。しかし、アルメニアはロシアに安全保障で全面的に依存しているので、今後もあまり変化はないと思う。沿ドニエストルについては、特に動きはない。モルドバは現在、親露派政権になっている。
 クリミアについては今後、ロシアは実効支配を強化するとみられるが、クリミアを併合している限り、欧米によるロシアへの制裁解除はないだろう。したがって、ロシアはいずれクリミア問題で、何らかの手段を採らざるを得ないと思う。例えば、ウクライナの新政権と話し合って金で購入する、国際法的にクリミア併合を認めさせるといった努力が必要になるだろう。ロシアがクリミアを手放すことは、プーチン後の時代も含め、もうあり得ないだろう。
 私はクリミア問題については、北方領土問題と絡むと思う。ロシアの国境が変わる時は、別の国境を画定、変更する機会だ。私が外務省ロシア課長ならクリミアに注目し、例えば、クリミア、ウクライナ、ロシア、日本の3国トレードのようなものを構築しても良いのではないかと考える。北方領土問題では、なかなか動きが取りにくい。安倍・プーチン会談を21回行っても、進展はない。したがって、少しやり方を変え、クリミアを1つのテーマにして将来の解決策を考えるのが良いのではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部