第172回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「油価変動はロシア・中央アジア諸国等の経済をどう変えたか」京都大学 大学院 特任准教授 吉田 悦章(よしだ えつあき)【2018/07/24】

日時:2018年7月24日

第172回 中央ユーラシア調査会
報告 「油価変動はロシア・中央アジア諸国等の経済をどう変えたか」


京都大学 大学院 特任准教授
吉田 悦章 (よしだ えつあき)

1. 油価変動による景気・経常収支・財政等への影響
 原油価格は2014年半ばに、100ドルを割って急落した。一時的に20ドル台まで落ちたが、その後は50ドル未満で推移し、最近、ようやく70ドルになり、日によっては、あるいは油種によっては80ドル台となることもある。より長期にみると、2008年にピークを付けた後、様々な投機的要因によって急落し、その後は2008年9月にリーマン・ショックが発生して景気が低迷した。原油価格の変動は、必ずしも需要、供給という要因で決まってきたわけではなく、金融市場的な要因も大きく効いている。一方、2016年の協調減産にみられた1つの特徴は、石油輸出国機構(OPEC)のみならず、非OPECも含めて協調減産をやった点である。OPECは基本的にサウジアラビア主導というところがあり、ロシア、アゼルバイジャン、カザフスタンは非OPECということになる。
 油価の下落が産油国の経済に与える影響を簡単に概観しよう。油価が下がると、生産量というよりも石油部門の生産金額が減り、輸出も減少する。そして経常収支が悪くなり、外貨準備が減る。歳入が減るので財政収支が悪化し、財政資金を調達する必要が生じる。財政資金を調達すれば、それが債務となり、公的債務の額は増加する。財政収支の悪化や公的債務の増加は、格付けが下がる要因となり、それが金利上昇につながって利払いの額が増え、財政収支がさらに悪化するというチャネルも考えられる。また、国によって詳細が不透明な部分もあるが、財政余剰資金、あるいは輸出の余剰資金を積み立てる、政府系ファンド、いわゆるSWF(Sovereign Wealth Fund)の資産が減りがちになる。ロシアなどでは、このSWFが既に底を突いたという話も聞かれる。
 ロシアや中央アジアの産油国の実質GDP成長率を見ると、2014年8月に油価の下落が始まって以降、従来と比べてやや低位となっている。2009年にはリーマン・ショックがあり油価も大きく下がったが、2014年以降の油価下落局面では、それに輪をかけて大体の傾向として成長率が下がっている。経常収支のマクロ経済を分析する際、それをGDP比で見ると他の国と比較しやすい。2014年8月以降には、これが多くの国で悪化しており、プラスだったところがマイナスになった国も多い。ロシアはある程度、踏みとどまっており、2017年から2018年にかけて油価が次第に上がったので持ち直している部分もある。同様に財政収支をみても、2014年以降は停滞している。2018年は上昇している様子が伺えるが、それもやはり油価の影響といえる。
 公的債務残高を見ると、2014年8月の油価下落以降、増加傾向にあるのが見て取れる。公的債務残高の動きにおいて、やや目立つのがアゼルバイジャンだ。2014年から2015年、あるいはそれ以降にかなり増加している。1つの理由は、大半の債務が外貨建てである中、為替制度の変更があって通貨が安くなった結果、債務負担が増えてしまったという点である。ロシアや中央アジアの国々の全体的な評価としては、アゼルバイジャンは例外的に50%を超える高い水準にあるが、カザフスタン、ロシア、ウズベキスタンの公的債務残高は現在、GDP比で20%前後にとどまっている。一方、トルクメニスタンについては、次第に上昇する傾向がみられる。ただし、トルクメニスタンは統計の開示が極めて限定的な国なので、真実を測りにくい。

2. 為替・金融政策等への影響
 次に、為替と金融政策について見ていきたい。ロシアは2014年10月、実質的に変動相場制に移行し、大幅なルーブル安となった。それを受けて他の国々でも通貨を切り下げ、変動相場制に移行する国が目立った。例えば、カザフスタン、アゼルバイジャンは段階的に通貨を切り下げた後、変動相場制に移行している。最近は落ち着いたように見えるが、中央銀行が恣意的に強力な介入をして、このようなレートに抑えている。トルクメニスタンも通貨を切り下げている。ウズベキスタンは為替が日々切り下がるような格好になっていたが、昨年9月に変動相場制に移行し、そこから50%以上、通貨が安くなった。
 このような動きが生じた理由として、様々なことがあるが、1つは変動相場制によって油価下落のショックを吸収できるということだ。固定相場制のままで売り圧力に耐えるよう当局が頑張れば、ただでさえ減少している外貨準備が一層減少する。外貨準備を使って各国の通貨を買い支えるので、一層外貨準備が減ってしまう。このため、ロシアが変動相場制に移行したところ、周辺の他の国々もドミノ式にこれを導入した。中央アジアの国々はトップが交代した時期でもあり、自分の地位を固めるため、そのような措置等を導入したところもあっただろう。
 通貨安に伴い、ロシアでは物価がかなり上昇した。為替レートが安くなると輸入物価が上がるので、全体の消費者物価指数(CPI)も上がってしまう。その後は様々な金利のコントロール等をしつつではあるが、ロシアの物価は割と落ち着いてきている。ロシアでは、原油価格下落という交易条件ショックを吸収した後の一定の副作用も含め、概ね調整したかと見ることができる。一方、ロシアの実質GDP成長率は、マイナスが続いた後にようやくプラスになった。とはいえ、1%から2%というように低位にとどまっている。ただ、様々なマクロ経済を取り巻くパラメーターが不安定になっているかというと、ロシアはそれを克服してきたところがあり、プラスに評価できると思う。ただし、他の国については疑問符が残る。
 また、この地域に共通する特徴としてインフレ・ターゲティング(IT)の導入がある。ロシアは2014年8月の油価下落を受け、変動相場制への移行と絡めて、かなり早いタイミングでインフレ・ターゲティングを導入した。現在、物価上昇率4%を目標値としており、概ね達成できているとみられる。ロシアだけはインフレ・ターゲティングの導入に成功しているようだが、周辺の他の国々では状況がやや異なる。カザフスタンの場合、2015年8月にインフレ・ターゲティングを導入し、為替も変動相場制に移行した。物価は概ね落ち着いてきているが、中央銀行も政策金利の微修正を続けており、交易条件ショックを受けた制度変更後に安定的な状態に入ったとは言いにくい。ただ、中長期的に見れば、ロシアほどの成功率ではないものの、概ねうまく行くのではないかと思っている。
 インフレ・ターゲティングの導入は、中央銀行の本来的な目的である、物価の安定を是が非でも達成するという中央銀行のコミットメントにより成り立つ。例えば、物価目標を達成するためには、景気が悪い時も金利を上げてインフレを抑えるということである。ただし、ロシアの場合もカザフスタンの場合も、インフレ・ターゲティングを導入済みとはいえ、そこまで厳格なものではなく、物価がコントロールできれば良いと考えつつ、やや景気が悪くなると金利をどんどん下げるようなところもある。実際、カザフスタンは現在も利下げ基調にある。なお、アゼルバイジャンとウズベキスタンはインフレ・ターゲティング導入をもう少し先に実施するということで、現在、準備を進めている段階である。インフレ・ターゲティング導入の成否は、制度の詳細やその時の経済・物価環境次第による部分も大きい。例えばインドでも5年ほど前に導入されたが、これは中銀の絶妙な政策運営もあってうまく行ったと評価されている。アゼルバイジャンやウズベキスタンでどの程度のものが出てくるのかはまだわからないが、そうした点も十分に検討されているのではないか。

3. 総括
 ロシア・中央アジア諸国等の経済を巡るストーリーを概観すると、油価が大きく下落し、財政等にも負の影響を与えた。そうしたショックを吸収するため、為替をより柔軟な形にし、同時に物価も抑えなければいけないのでインフレ・ターゲットを導入してきた、ということになる。これらの国々に対するムーディーズの格付を見ると、カザフスタンとロシアの関係が面白い。2000年のロシアは1998年のショックの後遺症もあって低かったが、その後上昇し、油価の上昇もあって格付けはさらに上がった。そして、2014年の油価急落を受けて格付け急激に下がった。
 その当時、ロシアの政策運営の動向をかなり注意深くみていたところ、外貨準備で支えきれず耐えきれなくなったため、苦肉の策として変動相場制を導入したものだと感じていた。そういう政策運営の手詰まり感を捉え、格付け会社も2015年初めまで格下げを続けたとみられる。その後、格付けは変更されていない。カザフスタンは1格下がった。アゼルバイジャンはその後も不安定な状態が続き、2格下がっている。それらと比べ、ロシアは制度変更で一時的なショックはあったが、底打ちして安定し、今は上の方を見ている時期かと思う。
 国別に概観すると、ロシア、カザフスタンは2014年半ば以降の油価下落のショックを、変動相場制への移行によって乗り越え、現在は概ね安定的に推移している。アゼルバイジャン、ウズベキスタンは、そうしたマクロ政策改革の動きを、悪く言えば真似ただけかもしれないが、行政マネジメント力の不足があり、未だ安定しないところもある。財政については、油価が回復しているので、財政収支だけで見ると改善傾向にある。しかし、国を評価する上では、その国がどの程度、油価の変動に振らされにくい財政構造にしているのかということもきちんとチェックする必要がある。そうしなければ、今後、例えば油価が再度50ドルを割れてきた場合には、すぐ財政も悪化することになってしまう。
 通貨安の影響も含めて公的債務が増加しているアゼルバイジャンでは、為替安定化の努力、すなわち為替介入がどれだけ続くのかが注目される。今の市場において、国際的な投資家は、破綻しそうな国を絞って1つのトレーディング戦略の対象とする傾向がある。現在、最もだめな通貨といわれているのはアルゼンチンとトルコの通貨である。今年4月頃に、アルゼンチンは投機筋から通貨アタックを仕掛けられ、アルゼンチン・ペソがかなり安くなった。トルコでは政治的に、そしてマクロ経済政策でも不安定な状況が続く。元々、経常赤字国で通貨の下落が進んでいる。政治が不安定で資本流出が続き、それが通貨の下落にも影響している。こうしたアタックが、中央アジアの国々までどれだけ及ぶかは不明瞭だが、そういうところにも注意が必要だろう。
 為替・金融政策について、現在までの効果をみると、ロシアでは成功したと言って良いと思われる一方、ウズベキスタンなどは大規模な形で経済変数が動いている部分も含め、落ち着くかどうか先行きを見極めていく必要がある。インフレ・ターゲティングの導入について、今の緩い仕組みは、本来のインフレ・ターゲティングが想定する、物価の安定を是が非でもやるという中央銀行のコミットメントではなく、何となく物価を公表しているだけで終わっている部分があり、それが実際にどのような効果を持つかについては、国ごとに見ていく必要があるだろう。導入を準備中としているアゼルバイジャン、ウズベキスタンについては、今後発表される詳細も含めて改めて評価すべきだと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部