第175回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「米中間選挙を終えて ― 米・中・露の『三国志』の行方」 ジャーナリスト/元毎日新聞社 モスクワ支局長 石郷岡 建(いしごおか けん)【2018/11/13】

日時:2018年11月13日

第175回 中央ユーラシア調査会
報告 「米中間選挙を終えて ― 米・中・露の『三国志』の行方」


ジャーナリスト/元毎日新聞社 モスクワ支局長
石郷岡 建 (いしごおか けん)

1. 国家・現実主義の時代、米国社会における分裂の鮮明化
 三国志は魏、蜀、呉という3つの国の戦いだが、最近の研究では、魏の曹操は改革の人で、蜀はそれほど正義でもなかったという話になってきている。曹操は実は、300年続いた漢王朝が崩壊に向かった時に国全体の改革を求めたとされ、蜀はそれに反抗した。蜀はいわゆる守旧派で儒教を肯定していたので、後に儒教国家ができる度に「魏は悪い奴だ」と演劇などで強調されたという。これによって、魏のイメージが悪くなったとされる。漢王朝崩壊の直前には黄巾の乱が起きたが、当時は気候の大変動によって各地で飢饉が起きていた。このため、農民たちが黄色い旗を持って直訴し、漢王朝の崩壊を招いたという。曹操は、この農民たちの反乱をくみ上げるような形で、漢王朝を崩していくことになったという。このように見ると、魏の曹操は米国のトランプ大統領に似ていると言えるのかもしれない。漢王朝は約300年続いて崩壊したが、現在は100~200年続いた米超大国の帝国主義、あるいは米資本主義がおかしくなり、トランプ大統領の登場となり、“悪者・曹操登場”に比較される話になってきたといえるかもしれない。また、ロシア、中国、米国の3国は「ロシア第一」、「中華中心」、「アメリカ第一主義(アメリカ・ファースト)」の国家現実主義を前面に打ち出している。これらの三国鼎立状況も、「三国志」に比較され、21世紀は「三国志の時代」になるのではないか、と比較される結果にもなっている。
 近年、米国社会では国内分裂が鮮明化している。1994年頃は民主党と共和党の差はそれほどではなかったが、その後、大きな差が出てきた。そして、リベラルと保守の亀裂が大きくなったところで、トランプ政権が誕生し、米国政治は混乱へと向かった。一方、トランプ政権の発足以降、米国民の間には「経済状況に満足している」という人が増えている。この経済状況の良さがトランプ大統領善戦の1つの理由だといわれるが、私はそれだけではないと思っている。米国の研究者が発表した「エレファント・カーブ」によれば、この20年間、世界の貧困層、貧しい国々ではほとんど所得が伸びていないが、新興経済国家、いわゆる、BRICSなどの国々では大きく所得が伸びた。他方、先進国では、この20年間で所得が伸びたのは富裕層だけで、中産階級ほとんど伸びていない。これが現在、先進諸国で、没落した中産階級の怒りや反乱を引き起こしている。トランプ政権登場の背景で起きている最大の問題である。中国などの新興経済国の労働者たちは、ある意味、先進国の中産階級との市場競争に打ち勝ち、生活水準を引き上げ、結果的に、新自由主義、グローバリズムの恩恵を受け取った形となったといえる。
 米国のトランプ大統領とロシアのプーチン大統領を比較すると、二人は、いずれも国家優先主義者で、国益を守ることを重要と考える。トランプ大統領は数日前、「グローバリストは地球が良くなることを望んでいるが、正直に言えば、自分たちの国を気にかけていない人たちで、私はナショナリストだ。その言葉を使ってほしい」と述べた。プーチン大統領も「私は最も正しい、本当のナショナリストで、役に立つナショナリストだ」という発言をしている。この場合の「ナショナリスト」は「民族主義者」ではなく、「国家主義者」と訳すのが正しいように思える。第2に、両者は自分の国が世界に誇る強力な国家だと考え、「偉大なアメリカ」や「偉大なロシア」を守ることを誇りにしていると叫んでいる。第3に、2人とも冷徹な現実主義者で実務主義者だ。軍事力は必要だが、国益が守られるなら何でも取引する。第4に、2人はイデオロギーにこだわらず、実現性のない理想や理念は求めない。国際関係は善悪の問題でなく、好きでも嫌いでもないという考え方だ。
 トランプ政権が誕生した2016年の米大統領選挙の背景には、米社会の新旧体制の分裂と対立があり、これは「都市富裕層・知識人」対「地方中間階級労働者・農民」、「リベラル自由主義」対「保守国家主義」という背景を持っていた。大統領選の行方を決めたのは、米北東部のいわゆる「錆びた地帯」、低迷する鉄鋼・自動車など旧重工業地帯の労働者で、彼らはIT産業全盛の時代についていけなかった。米国を支えた旧重工業地帯の荒廃は旧体制に生きてきた米中産階級の没落を引き起こした。そして、初めて味わった貧富の差による恨み辛みが、トランプ大統領を押しあげる票になった。2018年の選挙でも、米国の分裂騒ぎは続いた。政治的な対立構図は「リベラル民主主義・民主党」対「保守国家主義・共和党」だが、背景には米国経済の分裂、旧秩序の荒廃・混乱があった。
 これは「市場第一」の新自由主義経済政策の限界であり、ある意味でリーマン危機から始まったといえる。新旧産業の明暗を背景に「勝ち組」と「負け組」が対立し、米国社会は2つに分裂していった。「負け組」は国家の救済を求め、トランプ大統領の国家主義観に同調し、国家の存在に希望を持とうとした。「勝ち組」は従来、貧困層だった黒人や移民などの少数派住民層とリベラル自由派の金持ち層で、新自由主義のグローバル経済・規制緩和などの恩恵を受けたひとたちでもあった。しかし、「勝ち組」の民主党内部では、貧困層と金持ち層に分裂しており、利害関係は一致していない。この分裂が、民主党が大躍進できない理由にもなっている。実は、このような分裂状況は米国だけではなく、欧州を中心に、世界各地で起きている。ロシアでもソ連崩壊以後、市場経済の導入で混乱が起き、「ロシアの国益第一」と叫んだ国家主義のプーチン大統領が登場し、大きな支持を集めることになった。

2. 中国の膨張、ロシアのジレンマ
 中国では最近、習近平国家主席が、国家主席の任期制限を撤廃した。これについては、私は激動の世界への準備の「守りの姿勢」の表われではないかと考えている。中国の国内総生産(GDP)は現在、米国にひたひたと近づいており、2024年には追いつくという予測も出ている。とはいえ、中国の一人当たりGDPは、現在もロシアより低い。一方、軍事面では、米国の軍事力が圧倒的で、ロシアが弱体化している。冷戦時代のソ連は軍事力支出が多かったが、もはやその面影はなく、10数分の1になってしまった。ロシアはもう、中国にも追いつけない。
 中国の経済成長は現在、減少傾向にあるが、それでも先進国より伸びている。2024年頃に中国の経済力が世界一になるのならば、世界経済が中国を中心に回り始め、経済ルールが中国によって作られるかもしれない。そうなれば、必然的に米国の地位は揺らぎ、超大国の米国が栄光の地位を中国に引き渡すことになるかもしれない。それは「既存の世界秩序の崩壊」であり、認めることはできないというのが、バノン前米大統領首席戦略官の主張であり、現在の米中貿易戦争の背景となる話だ。とはいえ、中国の一人当たりの国民所得はまだ低く、貧富の差は拡大している。また、中国の若者人口は急速にしぼみ、人口の「追い風」はまもなく止まるといわれる。中国はこのような矛盾を抱えつつ、内外の圧力を国外に放出しようとしており、それが「一帯一路」戦略といえる。
 ロシアはソ連崩壊後、未曽有の混乱に襲われ、経済力が半減する打撃を受けた。もはや冷戦時代の超大国の面影はなく、かろうじて核戦力で大国の地位を維持し、石油ガス資源の切り売りで生きしのいでいるのが実態だ。もはや国際ゲームの主役ではなく、サブプレイヤーの地位に落ちた。広大な領土と地政学的偉大さで何とか切り抜けているのが現実だ。ソ連崩壊後、欧米先進国の指導を受けて市場経済の導入をはかったが、うまくいかなかった。貧富の差は拡大し、不平等・不公平・不正義が社会を覆い、人々の反感を増大させた。結果的に、欧米普遍的価値観への疑問が噴出し、「ロシア独自の道」を選ぶことになった。この路線は、欧米リベラル自由思想に疑問を突き付け、ロシアは「修正主義」、「独裁主義」、「世界秩序の攪乱者」などの批判を浴びることになった。さらにトランプ政権以後は、「米露共謀疑惑」としての批判に巻き込まれることになった。
 プーチン政権は、欧米価値観に対抗する新たな思想として「ユーラシア主義」を打ち出し、中国との接近を図る一方で、「ユーラシア経済同盟」構想を推進した。しかし、西から東への「国家ベクトル」のシフトは、ダイナミックには進まなかった。2014年のウクライナ危機は、東方への開発資金をストップさせる結果を導いた。さらに、石油価格の暴落とシリア内戦介入が始まり、東方政策どころではなくなった。そして欧米との軋轢は進み、近い将来の解決は期待できない状況にある。プーチン大統領最後の第4期政権は、この閉塞状態でどのような道を歩むのか? その前途は厳しく、世界は激動の時代に入ろうとしている。
 中露関係では、プーチン大統領は当初、関係発展に慎重だった。極東シベリア地域のロシア人口が激減し、経済発展する中国との格差は激しく、中国の経済膨張に飲み込まれるかもしれないとの警戒感が強くあった。だが、躍進する中国及びアジア経済に乗り遅れてはならないとの焦りも増大していった。そして、ロシアがアジアの繁栄から取り残されないためには、積極的に中国・アジア経済に入っていくべきとの考え方が上昇し、2012年のプーチン大統領の教書では「21世紀のロシアの発展ベクトルは東方だ」と高らかに宣言される結果になった。さらに、ロシアのエネルギー資源を西から東へシフトする戦略も発表された。これは欧米との関係悪化を受けたものだが、その背景には埋蔵資源の東方への移動もあった。2014年のウクライナ危機でロシアは「西への発展はない」と覚悟し、中国に急接近した。そして、東シベリアガスの中国供給のため、パイプライン建設も進めた。しかし、ロシアは石油ガスの供給で、期待したほどの成果は出せなかった。中国はエネルギー資源の取引でも、政治よりビジネス利害を優先した。ロシア側にも、中国経済のシベリアへの浸透の安全保障への警戒感があった。トランプ政権誕生以後、ロシアは、欧米との関係をますます悪化させ、対露制裁外交の乱発を受け、中国依存の戦略を進めるしかない状況に追い込まれている。しかし、米中の対決が強まっていく場合、ロシアはどうするのか? その行く道をどこなのか、迷っているのが実態だろう。
 ロシアは中国と敵対することはできない。数千キロにわたる中国との国境線に数十万のロシア軍を配備するのは悪夢である。また、ロシアは米国と軍事的に対決することもできない。ロシアの経済力は米国の20分の1で、軍事力の差は圧倒的であり、到底かなわない。他方で21世紀後半、中国が世界を支配するような超大国になった場合、打ち出されてくると思われる“中国スタンダード(中国基準)”、そして中国社会の背景にある中華思想、あるいは中国的文化・歴史・世界観を、ロシアは受け入れることができるのだろうか? 結局、ロシアは、中国、米国のどちらの側につくこともできず、双方への距離感を保つしかない。このような中で、プーチン大統領は欧州回帰の可能性を、再び探っている可能性が強いと思う。

3. 2024年の世界的危機 ― 「米中露三国志」の大きな転換点
 最後に、「2024年の世界的危機問題」を提起したい。2024年には、いわば、「米中露三国志」の大きな転換点がやってくるという話である。まず、2021年には日本の安倍晋三首相が辞め、次いでドイツのメルケル首相も辞任する。すると、次期欧州の指導者は誰になるのだろうか?これが前触れで、その後に大きな問題がやってくる。「2024年問題」で、プーチン大統領の第4期目の政権が終了し、憲法上もう大統領にはなれない。年齢から言って、プーチン政治の終焉になる可能性が強い。その場合、次期大統領は誰になるのか。一方、トランプ米大統領が2000年の2期目選挙にも当選するならば、やはり、2024年に2期目の任期終了となり、トランプ政治の終焉がやってくることになる。そうなれば、トランプ型の「米国ファースト」政治は終わるのか。あるいは、トランプ現象はトランプ大統領1人のものではなく、その後も続くのか。大きな未知数の時代がやってくる。中国については、先にも述べたとおり、GDPが2024年頃に米国を抜くと予想されている。中国は世界一の経済国家になるかもしれず、これは中国覇権国家時代の始まりとなるかもしれない。他方で、中国発展の「人口の追い風」も2024年に止まるという予想も出ている。「三国志の行方」を見ると、世界は不安定、不確実、混乱、激動の時代に入っていく可能性が強いということにならざるを得ない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部