平成30年度 第1回 国際情勢研究会 報告/ 「中国の経済運営と米中貿易摩擦」 専修大学 経済学部 教授 大橋 英夫(おおはし ひでお)【2018/05/22】

講演日時:2018年5月22日

平成30年度 第1回 国際情勢研究会
報告/ 「中国の経済運営と米中貿易摩擦」


専修大学 経済学部 教授
大橋 英夫 (おおはし ひでお)

1. 中国経済の成長、政策措置の総動員
 最近の中国経済の成長率は6.5~7%の間を行き来しているが、昨年は前年を0.4ポイントほど上回り、6.9%となった。わずかな差だが、前年を上回る成長率を記録したのは、おそらく2010年以来のことだ。中国経済の一番の問題点は、過熱した投資をどう抑制するかであった。ところが、近年は投資の伸びが低ければ低いほど、評価されるという状況になっている。しかし、昨年は第19回共産党大会が予定されており、ある程度の成長が不可欠であるという雰囲気があり、やや状況が異なっていた。
 消費に関しては、モノの販売額で言えば、久しぶりに10%を超す値となった。中国では現在、サービスへの支出が占める比率が非常に上がってきている。サービス支出の実態を明確に表す指標はないものの、中国政府の狙いどおり、サービス経済化の方向に進んでいるのは確かだ。特に、キャッシュレスやシェアエコノミーのような部分が伸びている。また、昨年は外需が久々にプラスに転じ、欧米や東南アジア諸国連合(ASEAN)向け輸出は、いずれも2桁の伸びとなった。
 成長率については、昨年は第19回党大会があったため、何としても6.5%以上を達成しなければならないという雰囲気があった。そこで、様々な政策措置が総動員されたという印象が強い。マーケットに任せているだけでは、そこまでの成長率にはならなかっただろう。現在、習近平政権が非常に強調しているのは、「3つ(過剰生産能力、過剰在庫、過剰債務)の解消、1つ(コスト)の削減、1つ(脆弱部分)の補強」という供給側改革だ。最も問題になっていたのは、鉄鋼や石炭に代表される過剰生産能力を抱える部門の整理整頓だった。いまだ十分といえるものではないかもしれないが、整理整頓が進み、昨年は国有企業の利潤がかなり回復した。
 国有企業にとっては久しぶりの追い風となったが、その追い風への乗せ方を見ると、やはりマーケット・ベースとは言い難い。1つ目は、生産者カルテルを形成するかのように大手の国有企業を合併させて過剰生産能力を減らす、あるいは効率経営を目指すというやり方が採られ、これは鉄鋼を中心に行われた。
 2つ目は、鉄鋼、石炭に対する補助金で、公表されている数字によれば、1000億元が拠出された。補助金は基本的に、労働力の配置換えに対するもので、レイオフ対象者が新たな仕事を見つけるための支援金である。さらに、様々なコスト削減措置が採られている。例えば、国有企業向けのエネルギー、物流、通信コストに関しても、かなりの補助金が出た模様だ。このように、まずは供給側改革という名目で、生き返った国有企業がかなりある。一方、過剰在庫の削減については、その最たるものが未販売住宅の処理である。昨年9月の党大会に向けて、約2年半で20%程度の未販売住宅が削減された。その際、地方政府が一旦購入し、地方政府の所有とした上で、賃貸物件としてマーケットに出すという形が採られている。当初は大都市を中心に行われたが、現在は地方都市にもかなり広がり、これらの都市では住宅価格はほぼ底値の水準にまで来ているようだ。
 3つ目に、新規融資の部分的な解禁がある。現在は投資関連の指標は低い方が良いといった風潮があるが、ある程度の成長率を維持するには、やはり投資が必要だ。このため、インフラ整備は引き続き進められ、不動産融資も部分的に緩和された。銀行融資に対する監督・管理に関しては、かなり慎重に融資拡大が進められた。最後に、乱脈経営気味の民間企業への対策があり、例えば、大連万達集団や安邦保険集団の投資計画を撤回させるなどの措置が採られた。

2. 第19回党大会での問題提起
 今年4月には、全国人民代表大会(全人代)が開かれたが、不動産やキャピタルゲイン課税、相続税など、格差是正につながる税制改革は依然として進んでいない。その背景には、改革開放40年を経て、既得権益層が拡大していることがある。第19回党大会では、特に注目される経済政策は打ち出されなかったが、敢えて言えば、党による管理の強化があげられる。昨年の経済運営はまさにこれによって、相対的に高い成長が実現された。また、国際社会における中国の地位上昇が大きな目標とされているほか、人民生活の質的向上も目標に掲げられている。
 そして、中国共産党創立100年(2021年)、中華人民共和国建国100年(2049年)という2つの100年を前提に、21世紀半ばには「社会主義現代化強国」を実現するとして、2035年に向けた中期目標が掲げられた。具体的な目標としては、(1) 供給側改革の深化、(2) 革新型国家建設の加速化、(3) 農村新興戦略の実施、(4) 地域間の調和発展戦略の実施、(5) 社会主義市場経済体制の充実化、(6) 全面的開放の新たな枠組みづくりの促進があり、これには民間企業で活発になっているニューエコノミーも含まれるという。ただ、やり方としては統制・介入・関与といったものが中心になっている。
 当面の経済運営の大きな目標は、金融リスクの軽減、貧困撲滅、環境改善で、特に重要なのは金融リスクの問題だ。不良債権比率や自己資本比率、引当金カバー率は極めて低く、いわゆる制度金融に関しては大きな問題はなさそうだ。むしろシャドーバンキング、地方政府の隠れ債務などが重大な問題になっている。銀行のバランスの枠外にある「理財商品」がその焦点で、いずれも元本保証がなく、個人投資家向けであるため、経済状況により企業価値が毀損した場合には、個人投資家にかなり深刻な影響が及ぶとみられる。これに対して、政府は様々な立法措置や慎重な政策を採っている。
 一方、地方政府は資金不足から、PPP(Public Private Partnership)方式によるインフラ整備を進めている。しばしば元本や収益を保証する形で民間企業を誘致しており、それが事実上、隠れ債務になっている可能性がある。これに関しても現在、できるだけ地方政府の隠れ債務が発生しないような手段が講じられている。債務問題については具体的な数字がわからず、なかなか適切な判断ができないが、中国政府が着々と法的措置や政策誘導を進めていることから、かなりの危機感を持っているのだと思う。
 中国では秋口に三中全会が開かれることが多いが、今回は春の全人代の前に開催された。そこで、最終的な人事や機構改革の調整がなされたものと考えられる。第19回党大会に向けて、統制的で関与、介入的な政策が採られていたが、人事を見ると、そのような志向を持つ人々で固められているわけではない。金融分野に関しては、昨年11月に国務院金融安定発展委員会が設置されたほか、従来は分けられていた銀行業と保険業の監督管理委員会が、ともに間接金融を対象としているとして、銀行保険監督管理委員会にまとめられた。また共産党内の「指導小組」の名称が、「委員会」に変わった。機能はあまり変わらないのだろうが、少しは強化されたのかという気がする。国務院の中でも様々な改革が行われており、経済分野と同様に、環境や科学技術などの分野が強化されている。人事や機構改革は、いずれも市場経済化志向の改革が行われているという気がする。ただし、根本的には習近平国家主席が働きやすいような機構改革が行われたということだと思う。

3. 米中間における貿易摩擦の再燃、「経済強国」とグローバル・ガバナンス
 米中関係については若干、先が見えない状況になっている。冷戦時代は安全保障を中心に、米国から中国に対する輸出規制を徐々に緩和していくようなところが大きな争点となっていた。米国のジャクソン=バニック条項によって、非市場経済からの輸入品に対し、毎年、最恵国待遇を与えるかどうかが、1990年代末までの大きな争点であった。2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に入ってからは、イデオロギー的な側面は非常に軽微となった。貿易不均衡に基づく市場アクセス、ダンピング、知的財産権、人民元の過小評価といったところが大きな議論となり、基本的にはWTOでの紛争解決が試みられてきた。
 しかし、米国のオバマ政権の終盤になると、中国が大国化し始めたこともあり、状況が大きく変化した。国有企業のあり方や補助金問題、中国企業の対米投資といったところが大きな争点になった。TPP調印の際には、オバマ米大統領が「中国のような国にルールを書かせてはいけない」と述べるなど、グローバル・ガバナンスが重要な争点になってきている。さらに、トランプ米大統領の出現によって、状況はさらに複雑化した。
 中国との通商関係では、毎年1月から4月にかけて、米通商代表部(USTR)から一連の報告書が発表される。その結果、春から通商摩擦が激化するというのが、これまでのパターンだ。今回は米国のトランプ政権から中国に対して、3つの大きな措置が発動された。それらは、(1) 太陽光 パネルなどに対するセーフガード、(2) 通商拡大法232条に基づく安全保障上の懸念による輸入制限、(3) 通商法301条に基づく知的財産権侵害などに対する措置だ。米国の典型的な輸入制限措置には、(1) アンチダンピング課税、(2) 相殺関税、(3) セーフガード措置、(4) 国家安全保障の理由による輸入規制の4つがあるが、今回発動された(3)と(4)は極めて例外的な措置である。
 一方、中国の習近平国家主席は、トランプ政権が発足した直後のダボス会議において、「保護主義反対」を言明しており、今では自由貿易を支持する中国と保護主義の米国という奇妙な構図ができた。他方で今年の海南島で開かれたボアオ・フォーラムでは、習近平国家主席が4つの市場開放措置を打ち出した。トランプ大統領はこれに満足しているようだが、北朝鮮問題のような様々なディールの材料も出てきており、状況はさらに複雑化している。
 中国は「社会主義現代化強国」を目指しており、今後、様々な分野のグローバル・ガバナンスに積極的に関与していくことは間違いない。そして、今後はますます「国家資本主義」が重大なテーマになっていくだろう。中国自身は「保護主義に反対する」と言っているが、おそらくWTOを上回る自由化(WTO-plus)や、競争政策、国有企業、労働などを含む、WTOにない新ルール(WTO-extra)まで踏み込むつもりはない。他方で、主権国家を前提とする国境地点での諸問題(on the border issues)に関しては、かなり改革を進めている。恐らく「一帯一路」沿線国の中では、非常に自由化された国と言って良いだろう。しかし国内改革を伴う諸問題(behind the border issues)に関する自由化については、まだまだ慎重である。
 現在の問題はやはり米国の通商政策であり、米国と日本、欧州連合(EU)の関係も、トランプ政権の通商政策によって分裂し始めている。これはWTO体制にとっても極めて深刻な問題であると思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部