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事業再生、不屈の闘志 ―宮城のものづくり企業― | 河北新報社 報道部 経済班記者 斎藤 秀之【配信日:2011/7/29 No.0197-0805】

配信日:2011年7月29日

事業再生、不屈の闘志 ―宮城のものづくり企業―

河北新報社 報道部
経済班記者
斎藤 秀之


 東日本大震災で最大の死者を出した宮城県。巨大津波は市民生活だけでなく、地域のものづくり企業にも痛打を与えた。しかし、企業は不屈の闘志で立ち上がり、今、再び力強い歩みを進めようとしている。


 周囲から流れ込んだ大量の什器などに社名を記した看板が埋まる。工場内には床一面に汚泥が堆積する。自動化された加工ラインの機器には、海藻やごみが付着する。

 宮城県沿岸部の工業都市・岩沼市にある共和アルミニウム。電子機器や自動車に使われるアルミ部材の表面処理を得意とする。海岸にほど近い工業団地にあった本社工場は、3月11日の東日本大震災に伴う津波で壊滅的な打撃を受けた。

 30人ほどいた従業員は真っ先に避難させたものの、一人残った井上孝造社長が逃げ遅れた。間一髪で逃げ込んだ工場2階の事務所から、眼下に迫る黒い水を見た。水位は4メートルに達し、生産設備が集中する建屋1階は完全に水没した。

 携帯電話も通じず、救助を呼ぶすべはない。電気が止まり、徐々に周囲は暗闇に包まれる。「明日からどこで操業しよう」。孤立し、絶望的ともいえる光景を前にしても、井上社長の思考は身の安全よりも事業継続に向かっていた。

 特殊な処理を必要とするアルミ素材を手掛ける同業者は、宮城県内にそう多くない。「部品加工を託してくれた取引先を待たせられない」。井上社長の決断は早かった。3月末には300キロ以上離れた長野県の協力工場に従業員の一部を送り込み、設備を借りて操業を再開した。

 4月には宮城県内の取引先から工場の一角の提供も受けることができた。海水が引いた本社工場から洗浄槽などを拾い集め、仮設のラインを設置、ここにも従業員の一部を派遣して作業に当たらせた。

 間借りしている2カ所を合わせても生産量は震災前の水準には到底届かない。が、井上社長に悲壮感はない。「絶対にこの場所でもう一度操業し、分散した社員を呼び寄せたい」。既に受電盤などの設備は手配した。再起への決意は、固い。

 3万点とも言われる部品で構成される自動車は、その1つが欠けても完成品にはなれない。事業規模の大小を問わず、下請け企業の1社でも停滞すれば、巨大メーカーの完成車ラインが止まる事態も想定される。日本の自動車生産を守るため、宮城の関連企業は未曽有の被害にもひるむことなく、復旧作業と生産継続という2つの課題に真っ正面から向き合った。

 トヨタ自動車やホンダ向けに駆動系ユニットの鋳造部品などを製造する「岩機ダイカスト工業」もその1社だ。

 宮城県の沿岸部にある山元町に3工場を抱える同社は、海岸近くにあった1拠点が完全に流失した。山手にある主力の本社工場は津波の被害を免れたものの、基幹設備のアルミ溶解炉20基が停電で破損した。

 震災時、同社の斎藤吉雄社長は工場を不在にしていた。出先で工場の状況報告を受け、被害の甚大さを直感した。

 まず心配したのが取引先への影響だった。生産設備を稼働させられない以上、納期を守るすべはない。「他社に金型を預けよう」。すぐに取引先に連絡し、代替生産できる同業者を紹介した。

 金型は各社の技術が詰まった部品量産のマザーツールだ。それを他社に委ねることは自社で蓄えたノウハウを開示するにも等しい。仮に工場が復旧しても、代替生産先の企業から仕事が戻って来る保証はない。それでも、斎藤社長に迷いはなかった。

 「自社の損失よりも、自動車生産全体に影響を及ぼすのが怖かった」と斎藤社長は振り返る。代替生産で取引先への影響を最小限に抑えつつ、電気が途絶えた自社工場に自家発電装置を導入するなど復旧作業を急いだ。

 宮城県を含む東北地方は、長く農漁業を基幹産業としてきた。近年は安い地価と低賃金を武器に工場誘致を図り、徐々に域内の工業化を推進。本社を置く有名メーカーこそ多くはないものの、電子、自動車関連を中心とした部品供給基地として日本の「技術立国」を下支えしてきた。

 5日現在、宮城県内の震災による死者は9293人。いまだ行方が分からない住民も4617人に上る。日本政策投資銀行東北支店の試算では、県内の製造業の設備、建屋などの被害額は合計4380億円に達する。震災直後、行政機能すら麻痺するほどの深刻な混乱は、ものづくり企業再生の難しさを予感させた。しかし、共和アルミニウムや岩機ダイカストに代表されるように、各社は予想を超えるスピードで復旧を遂げ、生産正常化に向けて邁進し続けている。数多の悲劇を生んだ震災は、地域の製造業にとって、信頼関係を重視する誠実な経営姿勢と逆境に負けない強い意志を証明する機会にもなった。

 一方、震災は地域企業の間にある変化をもたらした。

 復旧作業の過程では、取引先が被災企業に操業スペースや機材を提供する例が各地で相次ぎ、中には大量の作業員を送り込んで復旧作業を直接サポートするケースさえあった。そうしたものづくり企業同士による支え合いは、時に資本や取引関係という枠組みも超えて広がった。

 岩沼市で電子機器などの部品を手掛ける岩沼精工は、津波ですべての生産設備が使用できなくなった。生産再開の道を探る同社に設備提供を申し出たのは、宮城の隣県、山形県にある同業者、朝日金属工業だった。トップ同士の面識すらない両社をつないだのは、震災で製造業の海外移転が加速し、国内産業が空洞化しかねないという危機感だった。

 朝日金属の横沢芳樹社長は言う。「もはやライバルは国内ではなく海外の同業者。地域の中小企業は強みを持ち寄らねば生き残れない」

 限られた下請け業務を奪い合う中小製造業では、1社の成功は他社の失速につながりかねない。そのため農漁業など1次産業に比べ、企業の横の連携は生まれにくかった。しかし、震災という非常事態に直面し、ものづくり企業の間に競争よりも協調を優先させる雰囲気が醸成されつつある。

 産業界に広がる新たな機運に、宮城の製造業の新たな可能性を指摘する声も出ている。

 宮城県内の東北工業大で助教を務め、産学連携事業に携わる野沢寿一氏は「工業界の心が災害復興に向けて一つになっている今こそ連携の好機。各社の技術を持ち寄れば新たな産業を興すことも不可能ではない」と言い切る。思い描くのは中小企業の連合体による新商品の開発だ。「単に現状復帰するだけでは成長はない。下請けに徹するのではなく、自社ブランドで販売できる『メーカー』への脱皮を図ることが肝要だ。震災はそのきっかけになる」と指摘する。

 人命、財産。あらゆるものを押し流した津波も、ものづくり企業の気概と誇りまでは打ち砕くことはできなかった。「逆境は企業を強くする」という格言を耳にする。難関を打ち破るための創意と工夫が組織の体質強化につながるという意味だ。1000年に1度と言われるこの震災を乗り越えた時、地域企業は大きな飛躍を遂げる可能性が高い。希望の燭光はもう遠くに見えつつある。

4メートルを超える津波に襲われた共和アルミニウムの工場。工場施設の流失にとどまらず、電気が寸断されるなどインフラ面でも大きな被害を受けた=5月末、宮城県岩沼市

4メートルを超える津波に襲われた共和アルミニウムの工場。工場施設の流失にとどまらず、電気が寸断されるなどインフラ面でも大きな被害を受けた=5月末、宮城県岩沼市


津波は大型車をも軽々と押し流し、地域企業と市民生活に大きな打撃を与えた=3月中旬、宮城県岩沼市

津波は大型車をも軽々と押し流し、地域企業と市民生活に大きな打撃を与えた=3月中旬、宮城県岩沼市


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