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大震災からの復興-被災企業の経験(2) | (一財)貿易研修センター 専務理事 赤津 光一郎【配信日:2012/06/29 No.0208-0847】

配信日:2012年6月29日

大震災からの復興-被災企業の経験(2)

(一財)貿易研修センター
専務理事
赤津 光一郎


 東北地方の経済は東日本大震災の被害から着実に回復しつつあります。それは、被災した企業の懸命の努力のたまものです。大震災からの復旧・復興の経過や教訓などについて、被災企業を訪問してお話を伺うシリーズの第二回です。


 宮城県多賀城市のソニー仙台テクノロジーセンターは、業務用ビデオテープやブルーレイディスク、その他の磁気記録媒体の主要生産拠点である。同センターは海岸線から1.5キロほど内陸に位置しており、津波によって大きな被害を受けることは想定していなかった。

 「強い揺れが収まってから工場に隣接したグランドに避難していました。しかし大津波警報が出ていることを知り、従業員だけでなく、近隣の住民や企業の方も一緒に建物内に再度避難しました。津波によって建物の一階部分は浸水し、流れ込んできた貨物コンテナや190台余りの自動車によってドアやシャッターが壊されたため、水が引いた後も数センチの泥が積もった状態でした」
ソニー(株)仙台テクノロジーセンターの主な製造製品

ソニー(株)仙台テクノロジーセンターの主な製造製品

 「放送局向けのビデオテープの在庫は別の倉庫にあり、この倉庫は6メートルくらいの津波に襲われましたが、幸いテープは上の階に保管してあったので無事でした。ただこれを出荷しないと放送局ではテープがなくなり放送ができなくなってしまいます。お客様に迷惑をかけないように、津波の後社員が在庫を取りに倉庫まで歩いていって、なんとか出荷することができました」
 「震災直後から復旧作業を始めましたが、電気や水などのインフラが止まっているのが大きな障害でした。水道が復旧するまで一か月弱かかりましたが、海水に浸かった機器は放っておくと錆びてきますから、水道復旧前は純水を運搬して洗浄しました。電気も完全に回復するまで4か月半かかりました。幸い必要量の半分くらいを賄えるコジェネレーションシステムが一か月半くらいで復旧できたので、初期の段階はしのぐことができました」
 「津波は想定していませんでしたが、従業員もパニックを起こすことなく冷静に対処できたのは、災害に備えた訓練の成果だったと思います。」

被災地の子どもたち支援となる「RESTART  JAPANファンド」の多賀城製製品。

被災地の子どもたち支援となる「RESTART JAPANファンド」の多賀城製製品。

 懸命の復旧努力によって5月にはブルーレイディスクの生産が再開。磁気テープの生産も7月に再開することができた。しかしすべての事業分野を維持することはできず、いくつかの事業は同社の他の拠点に移転せざるを得なかったという。

 「迅速な事業再開のためには、他の拠点で対応可能なものは移転し、当事業所は、ここでしかできない分野に集中せざるをえませんでした。たとえば放送局用のビデオテープには世界でここでしか生産していないものもあり、そういったものを一番の優先順位にするなど、復旧へのプライオリティを明確にしていくことが、早期の事業再開には必要でした」

 津波によって想定外の被害を受けたことで、防災計画や事業継続計画(BCP)は見直す必要があった。

 「津波がやってくれば、水の流入を止めることは無理なので、ガレキをどう防ぐか、また水による被害をできるだけ受けないようにするにはどうしたらいいかが大切です」
 「従来は津波を想定していなかったため、防災用の備蓄物資が一階に貯蔵されており、これらは使うことができませんでした。これは見直しました。また受電設備なども、今回と同じくらいの津波がきても水に浸からないよう高所に設置しなおしました」
 「昨年タイの洪水で当社の工場も被害を受けたのですが、津波からの復旧の経験を活かして対応することができました」

 事業の見直しによって、工場の4割弱のスペースに空きが生じた。同社は宮城県と共同で、この空きスペースを被災企業の復興や地域産業の創出ために活用することとした。

 「敷地内の7棟(38,000㎡)を(公財)みやぎ産業振興機構に無償でお貸しして、『みやぎ復興パーク』として、被災企業の復興や、雇用創出、地域産業創造に活かしていただくことにしました」
 「これまでスペースの約半分の用途が決まりました。今後は減災やIT関連のほか、大学と共同した次世代自動車の研究といった用途も検討されています」

 ソニー仙台テクノロジーセンターは、宮城県の誘致を受けて、ソニーの前身である東京通信工業の仙台工場として1954年に設立された。それ以来同センターは地域とともに歩み、地域におけるものづくりの中核として貢献してきた。大震災後、顧客への責任を果たすために事業の一部を他地域に移転せざるを得なかったことは、そういう同センターにとって苦渋の決断だったのではないか。

 同事業所の前にある道路の反対側には、津波で廃車となった自動車が野積みされており、未だに震災の痕跡が生々しい。その中にあって、みやぎ復興パークは、企業単体ではなく地域との協働によって次の発展のステップを作り出そうという試みであり、引き続き地域とともに歩もうとする同社の姿勢の表れであると言えよう。多くの新技術・新製品を生み出してきた仙台テクノロジーセンターの地で、新しい産業の芽が育つことが期待される。

津波到着時

津波到着時


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