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立ち上がる地場企業 | 岩手日報社報道部 記者 及川 純一【配信日:2012/08/31 No.0210-0855】

配信日:2012年8月31日

立ち上がる地場企業

岩手日報社報道部
記者
及川 純一


 東日本大震災から1年5カ月が過ぎ、岩手県内の被災企業は経営再建に向けて一歩一歩動き始めている。弊紙では昨年10月から週1回の連載企画「立ち上がる地場企業」を掲載。経営者の決断や再建の見通しなどを語ってもらっており、8月末現在で41回になった。さまざまな苦悩を乗り越えて奮闘するリーダーたちが復興を支えている。


 2007年に完成したばかりの最新工場が鉄骨の枠組みだけを残して全壊し、約6億円の損害を受けた水産加工業・マルサ嵯峨商店(久慈市)。嵯峨政嘉社長(67)は「事業をやめることは一つも考えなかった。浜とともに生きてきた会社。多くの人を使い、多くの魚を買って浜を支えなければならない」と言い切る。
 「雨垂れや 石をも穿つ」
 「不安が明日の原動力 不安は力なり」
 「先憂後楽」
 「牛歩でも一歩は一歩」
 それぞれの経営者に現在の心境などを色紙にしたためてもらっている。取材を通じて感じるのは、震災直後から「事業再建」の意思を明確に示している経営者が多いことだ。
 岩手県内では約2千社が被災。企業倒産の頻発も懸念された。しかし、民間信用調査会社大手の東京商工リサーチのまとめでは2011年度の岩手県内の倒産件数は56件で負債総額は121億7700万円と件数、金額とも過去10年で最少となった。
 特に津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部の倒産増加が懸念されたが、被災企業に対する不渡り猶予や破産手続留保、さまざまな貸付制度の金融支援や中小企業金融円滑化法によるリスケ(返済猶予)が大きな抑止効果になった。
 中でも復旧費用の4分の3を国と県が支援する「グループ補助金」の効果は大きく、希望企業が殺到。岩手県ではこれまでの第1次~第4次公募で48グループ(729事業者)に約570億円の交付が決まった。
 震災前までの「競合相手」の枠組みを超えた補助金申請のグループ化が、新たなビジネスモデルを生み出したケースもある。
 山田町では同補助金の採択を受けた水産加工業、食品加工業など5社が共同の販売会社「五篤丸(ごとくまる)水産」を立ち上げた。社名には「火鉢の五徳のように山田を支えていく」との思いが込められている。
 新会社は4月に設立され、「いか徳利」や「ホタテグラタン」など各社が従来から強みにしていた商品のネット販売を開始。顧客データも共有化した。7月には山田町中央町に平屋建て約120平方メートルの直売所をオープン。ホタテなどの新鮮な魚介類なども販売しており、評判は上々だ。年間の売り上げ目標は6千万円。

7月に山田町内の5社でオープンした五篤丸水産の直売所。ホタテなどの新鮮な魚介類も人気だ=山田町中央町

7月に山田町内の5社でオープンした五篤丸水産の直売所。
ホタテなどの新鮮な魚介類も人気だ=山田町中央町

 開店した直売所はかつての町中心部。周辺には津波で被災した建物の土台だけが数多く残され、震災の爪痕は依然として大きい。そうした状況での「船出」は地元に元気と勇気を与えている。新会社の川石睦社長(48)=川石水産社長=は「1人よりも5人の知恵。自分たちの頑張りが山田のPRにもつながる」と意気込む。
 また、沿岸部を離れ、内陸部で再起を図る企業もある。津波で酒蔵が流失した大槌町の赤武酒造(古舘秀峰社長)は盛岡市内の酒蔵を借りて、看板商品の清酒「浜娘」の生産を昨年12月に再開。今年7月下旬には震災前の大槌町民の数と同じ、1万5994本目の出荷することができた。
 同社は1896(明治29)年創業。震災前は社員8人で切り盛りしてきたが、津波で代々守り続けてきた蔵や商品もすべて流された。古舘社長(47)は家も失い、一時は酒造りをあきらめかけた。「そのころは笑い方を忘れていた。酒造りのことを考えるどころか、後の人生をどのように生きていくかを考えていた」と震災直後の日々を振り返る。
 しかし、町民や取引先から「また買うから頑張れ」「再開するのを待っているぞ」と励ましの言葉をもらい、再興を決意。「いつか必ず戻る」と苦渋の決断をして盛岡市に転居。同市が被災企業に無償提供する貸し工場で昨年8月にリキュールの製造を再開した。
 リキュールを製造しながら酒蔵を貸してくれる酒造会社を探し回り、同市の桜顔酒造から酒蔵を借り受け、「浜娘」が復活した。古舘社長は「願いはかなう。そう信じて夢中で進んできた。今後も新しい目標に向かって前進し続ける」と郷里での酒造り再開を目指す。
 ただ、事業再開にこぎつけた事業者にも多くの懸念材料が横たわる。被災地では資材や人件費の高騰もあり、補助金の交付を受けた段階から思わぬコスト増に見舞われるケースもある。
 津波で工場や事務所がすべて流失し、グループ補助金を活用して新工場の再建を目指している50歳代の会社社長は「思わぬ出費も多く、資金繰りは本当に大変だ」と打ち明ける。高台に確保した用地には電気なども引かれておらず、計画段階から1千万円以上出費がかさんだ。行政の土地利用計画がなかなか決まらず、その間に資材費や職人の人件費も高騰。「トータルで2千万円以上も持ち出しが増えた。正直、焦りはある」
 また、被災企業にとってグループ補助金全額にかかる消費税も負担感が大きいという。マルサ嵯峨商店の嵯峨社長は「補助金制度なしの再建は無理だった」と感謝しつつ、「4分の1の自己資金を確保するのも大変なのに、消費税の出費は痛い」と話す。
 また、来年3月末で期限切れを迎える金融円滑化法についても「ただでさえ金融機関の審査が震災前より厳しいと感じる。資金繰りの厳しい被災企業は事業継続にかかわる大変な事態になる」と期限延長を求める。
 震災前の既存債権買い取りで「二重ローン」対策に乗り出している県産業復興相談センター(盛岡市)は7月末現在で13件、約36億円の既存債権買い取りを決定。今後2カ月ほどでさらに十数件の買い取りを目指すという。これまで買い取り決定までに平均で165日を要しており、手続きの迅速化が課題。金融機関、債権者との調整、補助金の交付決定待ちなどが主な要因だ。同センターは「金融機関からの相談案件の持ち込みが増えており、今後は手続きのスピードも上がるだろう」との見通しだ。
 県内の復興を進める上で地場企業が果たす役割は大きい。大山陽久・日本銀行盛岡支店長は「今後5年ほどは復興需要にも支えられ、経済の先行きに明るさはあるが単なる復旧にとどまらない新産業創出が必要。その工夫が東北の将来を左右する」と指摘する。
 沿岸部の企業経営者には自社だけではなく、地域全体の再建も託されている。彼らの意欲を高めるさまざまな配慮が必要だ。各種支援制度の効果が現れるのはこれからだが、国や県にはタイムリーな後押しと柔軟な制度運用が求められている。


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