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24年度「国際教育者招聘事業(IEJ)」所感 | ノバイコミュニティー学校区(米国・ミシガン州) 教育長 スティーブ・マシューズ【配信日:2012/08/31 No.0210-0857】

配信日:2012年8月31日

24年度「国際教育者招聘事業(IEJ)」所感

ノバイコミュニティー学校区(米国・ミシガン州)
教育長
スティーブ・マシューズ


 貿易研修センターでは、日本人子女の教育に携わる欧米の教師を対象に、日本への理解促進を図る「国際教育者招聘事業(IEJ)」を実施しています。ここでは今年6月24日~7月5日の12日間の日程で実施した本事業への参加者34名の中のお一人、スティーブ・マシューズさんより所感をご寄稿いただきましたので、ご紹介します。なお、IEJの歴史などについては以下の記事をご参照ください。

https://www.iist.or.jp/category/iej/
https://www.iist.or.jp/jp-m/2011/0196-0801/


 私たちは土曜日に家を発ち、日曜日に到着しました。飛行機で13時間、途中、国際日付変更線を越え、太陽を追いかけるかたちで飛び続けデトロイト・メトロポリタンエリアから私たち6人を乗せた飛行機は、成田空港に着陸しました。

 翌朝、「国際教育者招聘事業(IEJ)」に参加する他のメンバーと合流しました。今まで会ったことのないカリフォルニアやコロラド、テキサス、ジョージア、オレゴン、カナダ、ベルギーからの仲間と挨拶を交わし、一同、これからの11日間に何が待っているのか思いめぐらしました。

 建前上は私たちは1つのグループですが、各人それぞれが歴史や経験を持っています。日本人の生徒や日本文化、日本語、日本人の生活様式についての私たちの経験は様々でした。その私たち34名の共通の願いは、日本を見ること、日本の学校で生徒がどのような教育を受けているかを経験すること、それに、私たちの地域社会で生徒のために役立てるようホストから何か学ぶことでした。

 私たち「国際教育者」グループには共通の経験もありました。それぞれの学区や勤務していた学校のそれぞれに日本人の生徒がいたことです。その一部は私たちが住んでいる地域内や近辺で育ちました。他の生徒たちは、それまでの生涯の大半を日本で暮らしており、私たちの学校には短期間だけ居て、その後は家族と共に日本の家に戻ります。私たちの一部の地元には土曜学校があり、日本人の生徒が日本の教育制度とのつながりを保つために通っています。私たちは皆、私たちの学校に通う生徒たちのためにより役立つようにするにはどうすればいいかを知りたくて日本に来ました。

 日本滞在期間は瞬く間に過ぎました。私たちの経験はすべて有意義だったと言えます。日常の仕事に戻った今、振り返ってみて、学校で日本人の生徒に教える際に役に立つことを学んできたと言えるでしょうか。その答えは、「イエス」です。私たちは、貴重な教訓をいくつか学びましたし、また、あらためて学び直しました。

 立派な学校を実現するのは、テクノロジーでも、資源でも、建物でもないことに気付かされました。それは人なのです。日本では、いくつかの県で複数の学校を訪問しました。訪問したどこでも、私たちみな、教師と生徒とがお互いに敬意を払って接しているのを何度も目の当たりにしました。学校の質は人に結び付いていました。私たちみな、学校訪問の際には生徒と職員はできる限り体裁よく振舞おうとするだろうということは分かっていました。それを考慮に入れても、私があらためて学んだことは、重要なのは人だということです。

 豊田市の学校を訪問したのは幸運でした。豊南中学校の杉坂匡人教頭先生がその日のホスト兼ガイドを務めてくれました。比較的近距離内に3つの学校-中学校、幼稚園、小学校-があり、すべてを訪問することができました。

 その日が特別の日になるだろうということを最初に感じたのは、杉坂先生が始業時間前に豊南中学校の職員室に連れて行ってくれた時でした。私たちのグループが職員室に入ると、先生たち全員が立ち上がって拍手してくれました。そんなに暖かく歓迎されるとは、なんとも面映い経験でした。それは、先生たちが互いに敬意を抱き、支え合っていることがまざまざと示された最初の経験でしたし、また他でも同様の経験をしました。人を敬い、人の仕事を尊重することがいかに大事かを思い起こさせられました。

 職員室について質問してみました。私の学区では、教師全員が一緒に入れる職員室というものはありません。この共通の作業場所は、互いに支え合い、互いの責任を明らかにし、互いに顔を合わせ一緒に作業することができる機会を先生たちに与えてくれるとのことでした。これは、私たちが日本の至る所で見られるきわめて協同的な教育文化を感じ取らせてくれました。

 その日も終わりになり、午後6時ごろ、午後のクラブや活動が終了しました。生徒が下校する際、先生たちは歩道に立ち、さようならを言って手を振りました。この単純な動作はきわめてささやかな仕草でしたが、先生たちが自分の生徒とつながりを持つことの重要性を理解していることを非常によく示してくれました。

 私が日本であった教師や生徒から学んだ強く心に残る教訓の1つは、人との関係が重要であるということでした。先生と生徒が互いに結び付き合うために単純ですが心のこもった振る舞いを示すのを何度も目の当たりにしました。

 日本で訪問した学校から学んだもう1つの教訓は、学校が生徒たちとの間に作り上げた結び付きでした。訪問した学校では、生徒たちは様々な責任を負っていました。東京の九段中等教育学校では、教室で生徒たちと一緒に昼食を取りました。昼食は、生徒が教室で配りました。昼食後、生徒たちは後片付けの務めも果たしました。

 豊南中学校では、生徒が様々な役目を割り当てられていました。ある生徒たちは昼食を配り、またある生徒たちは廊下を掃き、さらにある生徒たちは庭の手入れを手伝います。

 アメリカでは、しばしば罰の一形態として仕事を割り当てます。私の感じでは、日本では、同じような仕事の多くが、生徒たちを学校に結び付ける方法の一つとして割り当てられていました。生徒たちは、罰を受けるのではなく、学校に貢献すること、学校の運営を助ける仕事を共同で分かち合うことができます。

 生徒は結局生徒だというところを見たり思い起こしたりする経験もしました。生徒が6歳であるか、10歳であるか、または15歳であるかは関係ありません。生徒は、世界中どこでも同じような特性があります。生徒は、にこにこすることと参加することが大好きです。生徒は、教師が向こうを向いた時、笑うことや遊ぶことが大好きです。生徒は、学ぶためにこつこつ勉強しなければならないことを理解しています。日本の生徒は私の学区の生徒と共通の特性を多く持っていることが分かりました。

 これは当然のことのように思えるかも知れませんが、子供たちと働く私たちそれぞれが負っている、彼らの子供時代をきちんと守るという非常に大きな責任を思い出させてくれました。生徒にとって毎日が重要なのです。

 学校訪問からの最後の教訓は、トヨタ自動車の方々との意見交換時に得たものです。アメリカやその他の国に日本企業が送り出した家族を支援する上で、学校は何ができるかが話題の中心になりました。トヨタ自動車の方々から、外国の生活に適応する際に家族が経験する様々な移行段階を理解させてくれました。

 学校訪問は私にとって最も重要な部分で、教訓や新しい発想を授けてくれました。旅行の他の部分も、同じように忘れがたい経験でした。広島の町や平和記念公園・資料館の訪問では、粛然とした気持にさせられました。広島訪問の朝は、小雨が降っていました。悲しげな天気がこの歴史的な場所の雰囲気をよく表わしていました。

 原爆ドームを眺め、平和公園を通り、平和の鐘を鳴らし、原爆の子の像では世界中の子どもが折った折り鶴を見て、圧倒されました。この歴史的な場所はよく知られていますが、現場に行き、その場所を歩き、破壊の跡を見たことで、その出来事の重大さについて今までと異なる感じを受けました。国々の相互関係や、問題のより良い解決方法を見付けるのに必要な世界市民になる生徒を育てる上でいかに教育が重要であるかについて、あらためて考えさせられました。

 もう1つの目玉はホームステイでした。幸いなことに、妻と私は豊田市の増田家に一緒に滞在することが出来ました。母親、父親、3人の娘それに祖父母の家族は、私たちを暖かく歓迎してくれました。先方はほとんど英語を話せず、私たちもほとんど日本語を話せませんでした。ホームステイの前、妻と私は、どうやって意思疎通を図るのか心配し、話すのに四苦八苦する間ずいぶん長い沈黙が続くのだろうかとも思いました。

 考えていたよりもずっと実りの多い経験になりました。確かに、意思疎通には苦労しました。しかし、先方は翻訳機能を備えた携帯電話を持っており、私たちにはiPadのグーグル翻訳がありました。私たちは、家族や飼い犬、働いている学校の写真を持って来ました。先方は、習慣や食事について話してくれました。私たちは、一緒に遊ぶためにUnoを持って来ました。先方は、折り紙の折り方を教えてくれました。おにぎりや自家製すしの作り方も習いました。箸で冷麺も食べました。真ん中の娘が宿題をするのを見ましたが、様々な日本の文字を使い分ける能力には感心しました。彼女は字の書き方を私たちに教えるのに熱心で、私たちは字の練習を楽しみました。この家族の暖かいもてなしには本当に感謝しました。

 ホームステイをしたことにより、私たちの学校に来た日本の生徒が味わう苦労の一端を理解することができました。私は、言葉を知らない時に意思疎通を図るのがどのようなことかを別の方法で味わったわけです。この経験は、日本人の生徒、いや第一言語が英語でないすべての生徒が私たちの国や学校に来た時に直面する特有の課題を認識させてくれました。

 最後に、日本全国の風景に点在する独特の寺や神社を見たのはすばらしい経験でした。仏寺や神社、キリスト教の教会が都市や田舎の至る所にありました。近代的な都市の真ん中で小さな寺や神社に出くわすこともしばしばでした。

 近代的都市とこのような神社や寺の簡素さや歴史の対照が印象的でした。それはこれまで私にはなかった物の見方を与えてくれました。私の住んでいる町にはない、または少なくとも隠されている、精神的な特質が存在するという感じを受けました。

 今回の旅行を言葉で説明することはできません。驚くべきことでもあり、信じ難いことでもありました。私たちは敬意をもって遇され、まるで名誉ある賓客のような感じを受けました。この旅行を振り返って、私が学んだ教訓や私に残っている記憶は、今後長きにわたって私の中にとどまり、私を導いてくれるものと心から言えるでしょう。

(原文:英語)


関連ページ
平成24年度 第37回 国際教育者招聘事業



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