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連載 メコン圏と日本 No.11 – ミャンマー2 ミャンマー経済改革の段階:気になる最近のマクロ経済| 京都大学 東南アジア研究所 准教授 三重野 文晴【配信日:2013/02/28 No.0216-0881】

配信日:2013年2月28日

連載 メコン圏と日本 No.11 - ミャンマー2
ミャンマー経済改革の段階:気になる最近のマクロ経済

京都大学 東南アジア研究所
准教授
三重野 文晴


 改革に注目が集まるミャンマー経済であるが、工業化にはまだ時間が必要で、いまのところ経済構造には改革前とさほどの違いはない。そうした中で、マクロ経済環境の悪化の予兆が気にかかる。


 最近のミャンマー・ブームについてメディアの情報や人々の関心を聞いていると、その多くは20年ぶりにようやく動き出した民主化への漠然とした期待と、社会情勢の不透明さや人件費の高騰をかかえる中国・他の東南アジア諸国にかわる日系製造業の新たな生産拠点としての期待、の2つにあるようである。

 2000年頃から軍政下のミャンマー経済の勉強してきた筆者も、2011年からの経済改革の中で機会をもらって当地により頻繁に行くようになり、状況変化にキャッチアップしようと努めている。11年夏頃から動き出した民主化と経済改革は、最初は総花的で何が出てくるかわからないところがあったが、最近はどういう段階で物事が進みそうかということが、おぼろげながら見えるようになってきた。勿論、依然として情報は曖昧で遅いが。

 日本の製造業企業が期待を寄せる港湾・工業団地インフラの整備は、イラワディー川河川港のティラワが先鞭になりそうな気配だが、それも第1期の造成が済むのは2015年とのことである。やはり企業の本格的な進出は、設備のそろった工業団地インフラが整備されてからになるだろう。それまでまだ2年はある。いまのところ直接投資に占める製造業の比重はまだかなり低いままである。

 その間、しばらく実体経済を支えるものは、政府部門がコントロールする天然ガス輸出、宝石類を含む鉱業輸出、従来型の委託加工型縫製業、コメ輸出拡大に期待が高まる農産物だろう。特に、天然ガスは今年チャオピューの新ガス田からパイプラインによる中国への輸出をはじめとして、現在の倍程度の増産が見込まれている。これに加え、電力などのエネルギーインフラへの直接投資が先行して増加しつつあり、そうしたインフラ投資が経済をささえる要素になっていくと思われる。

 つまり、現段階では経済の生産面の構造は、実のところ改革前とさほどの変化がないのである。

 では、何が動きつつあるのか。経済構造全体にとって最大の変化は、やはり2012年4月に実施された為替レートの一元化である。1977年からSDR(IMF特別引出権)に固定された公定レートは30年以上もの間、1ドル5-6チャットで維持されてきた。長い時間の中でインフォーマル市場が分厚く形成されて民間取引のほとんどを占めるようになり、そのレートは2000年代には一時1ドル1200チャット水準にまで乖離していた。公定レートは国営企業などの政府部門への外貨割当に適用されてきたといわれていたが、実態はよくわからなかった。それが、昨年4月に公定レートを市場レートに近い形に調整し、まがりなりにも中央銀行の介入で調整する管理フロート制に移行した。現行は1ドル850チャット程度の水準である。

 昨年末ごろになって、この為替レート?元化が国営企業の経営環境を直撃していることがはっきりとわかってきた。国営企業は公定レートでの外貨の割り当てによって輸入原料をきわめて安価に調達できた特権を突然失い、ほぼすべてが今年度(2012/4-13/3)大赤字を計上する見通しである。電力セクターなどは特に問題が深刻であるが、優良な工場の民間への売却が先行して進んでいた工業セクターは、すでに残りをどう整理するかという段階になっているようである。筆者にとっては、長年噂としてだけ聞いていた国営企業への1ドル5-6チャットの割り当てが本当に行われていたと判明したこと、それ自体が衝撃的だった。

 ほぼすべての国営企業が大赤字に落ち込む中で、政府部門の輸出セクターつまり天然ガス輸出を担うミャンマー石油ガス公社(MOGE)だけは、ただ同然での外貨供出から開放されて、逆に極端な余剰を積み上げているはずである。豊富な天然資源の輸出に依存する経済で、それによって不安定ながら確保される余剰を、開発経済学の世界ではwindfall(棚ぼた利益)と呼び、それを将来の成長に向けてうまく利用することを推奨している。このMOGEの余剰をどのように使うのか、言い換えれば外貨割当にかわる補助金のメカニズムをどのように構築するかが、次の段階で重要な課題なのであると感じるのだが、行政側にまだそこまで考える余裕はないようだ。

 見聞きするかぎり、政権中枢と関連各省幹部は、為替一元化をきっかけに国営企業の抜本的改革を進めていく意志を固めており、各省庁に直属している企業体をどのように切り分けていくか真剣に議論している。一方で、基本的に国営企業改革は「民営化→売却」という単線的なイメージがあるようで、現状はやや紋切り型の印象も受ける。このあたりのノウハウは今後日本や国際社会からの知的支援が効果的なのかもしれない。

 為替一元化を待って動き出したもう一つの分野は、金融セクター改革である。これをきっかけに、きちっとした制度の再構築にむけて大きく進み始めた。財政歳入省から中央銀行を独立させ、金融政策委員会を機能させる新しい中央銀行法が近く成立する見込みであるし、証券市場の設立計画も具体的に進みつつある。国有銀行の再編、預金保険機構の整備などが議論の遡上にのぼりはじめている。そして、そうした大きな制度整備の構想とは別に、中央銀行と市中銀行、市中銀行間を結ぶ決済システムの整備、それによる銀行間市場の形成といった技術的な整備も動き始めている。筆者もミャンマーの金融についていろいろ見聞し考えてみた結果として、実際のところ、金利がそれなりに自律的に決定される資金市場が形成されない限り、どのように制度整備をしても金融システムはうまくワークするはずがない、というあたりまえのことを再認識している。そして、これらの分野の技術的支援はいまのところ日系企業の重要なビジネスになりつつある。

 以上のように、昨年4月の為替一元化のあと、経済は抜本構造の部分をゆっくり変容させつつあるが、しかし、生産部門の構造、言い換えれば「稼ぎがしら」の部分は、まだ何も変わっていない。考えてみると、現在の比較的安定したマクロ経済は、上のような改革が行われたから実現したものではない。国際社会の批判の中で政権が内陸のネピドーにこもっていた2007年ころから天然ガス輸出の外貨収入が顕著になり、2009年ころに為替も物価も安定したというのが実態である。すなわち、マクロ経済の安定は改革の結果ではなく、改革の背中を押した前提環境であったにすぎない。

 その点で気になるのは、改革の進む2011年以降、そのマクロ経済と国際収支の前提条件が早くも崩れつつあるように見えることである。図にあるように、天然ガス輸出によって大幅に増えた貿易黒字であったが、2010年から輸入の急増によって、それがほぼ消失してしまっている。その要素の一つは直接投資の拡大による資本財の輸入拡大であろうが、もう一つの要素は、輸入規制緩和による消費財、特に自動車などの耐久消費財の輸入拡大によるものと考えられる。IMF、世界銀行の各種レポートも2012年以降の経常赤字を予測している。もしこの構造変化が本当だとすれば、マクロ経済が再び不安定化する可能性も否定できない。なにしろシェールガス革命で今後世界的にどのような変動が起こるか予測の難しい天然ガスが、稼ぎがしらなのである。構築途上の新しい金融政策の体制が、早くもその真価を試されることになるかもしれない。

 もっともこの国の国際収支はまだよくわからないことが多い。図によると2000年代半ばからの輸出の急増は必ずしも天然ガスによるものだけではなく「その他」の項目の貢献が大きいようである。そして、「その他」の項目に含まれる宝石・貴金属類は少なすぎる感もある。また、在外ミャンマー人の送金が十分に捉えられていない、という指摘もある。

 情報の透明化や制度改革をすすめながら、なんとか数年間はマクロ経済の安定を維持して、2010年代後半の工業化の実りを迎えたいものである。

主要輸出品の構成と貿易収支の推移
(本ページの英語版はこちら)

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