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震災からの復興の中で再認識したおもてなしの心と笑顔| 秋田県観光文化スポーツ部秋田うまいもの販売課 副主幹【配信日:2013/08/30 No.0222-0901】

配信日:2013年8月30日

震災からの復興の中で再認識したおもてなしの心と笑顔

秋田県観光文化スポーツ部秋田うまいもの販売課 副主幹
菊地 拓


 震災では人的・物的被害が比較的少なかった秋田県ですが、自粛や風評被害で観光客数は激減し、大きな打撃を受けました。しかし、この苦しみの中で改めて気づいたおもてなしの心がありました。


観光と物産資源に富んだ秋田
あきたびじん

秋田県は2012年より「あきたびじょん」(秋田美人をもじったもの。「足元を見つめながら前へ!」の意味がある)をキャッチコピーにイメージアップPRを行っている。産業、教育、季節など多彩なイメージを取り上げているが、写真はその1つ「たのしき農村」のポスター。

 秋田県は、本州北部の日本海側にあり、人口約106万人、国内第6位の面積を持つ大きな県です。TDK株式会社をはじめとした電子デバイス産業の集積を持つ一方、世界自然遺産である白神山地や奥羽山脈、鳥海山などを源とした豊かな水と長い歴史が培ったコメ作りの技術を背景とした国内3位の米生産量を誇る農業県でもあります。皆様にもっとも広く親しまれているのは、米の品種名である「あきたこまち」の名前に含まれる「あきた」かもしれません。
秋田県は2012年より「あきたびじょん」(秋田美人をもじったもの。「足元を見つめながら前へ!」の意味がある)をキャッチコピーにイメージアップPRを行っている。産業、教育、季節など多彩なイメージを取り上げているが、写真はその1つ「たのしき農村」のポスター。 観光資源としては、「悪い子はいないか」のナマハゲと日本海の眺望で知られる男鹿半島、最深部423.4mの日本で最も深い湖であり幻の魚「クニマス」の故郷として知られる田沢湖、百名山や花の百名山の一つに数えられる美しい鳥海山、13世紀から続く温泉に富む鹿角(かづの)地域とこれに隣接する八郎太郎(はちろうたろう)伝説の源となる十和田湖、などがあります。秋田県にはこうした自然資源とともに、人々が歴史の中で編み出した「きりたんぽ」や「稲庭うどん」などの食、そして「美酒王国」と称するほどのバリエーションに富んだ日本酒があり、これらは広く国内外の皆様に愛されています。

震災とその被害
 秋田県民の多くは、大きな津波で多くの死者が出た1983年5月26日の日本海中部地震を経験しており、東日本大震災の異常に長い大きな揺れに非常に恐しい思いをしました。
 東日本大震災での秋田県内の最大震度は震度5強でした。その後の余震と合わせて、秋田県内の人的被害は重傷4人、軽傷8人のほか、物的な被害は、住宅の一部破損が6棟、公共施設の被害は91棟に上りましたが、太平洋岸の東北各県の人的・物的な被害がとても大きなものとなったことはご承知の通りです。秋田県内でもガソリンなどの燃料油の供給が寸断されて供給量が不足したために物流が困難になったことや、電力の供給不安や節電などのために、製造業をはじめとした多くの産業が長い期間影響を受けました。
 さらに長期にわたって大きな困難を強いられたのが観光でした。
 未曾有の大災害で多くの人命が失われ、また、福島第一原子力発電所の事故が長引いた結果、日本全体を強い自粛ムードが覆った上に、大きな余震が続いたことから、「東北はどこも危険」と見なされるという風評被害が広がり、消費者の観光への意欲が大きく削がれたのです。
 また、地震で被害を受けた東北新幹線がいくつかの区間で補修工事が必要となったことから運休となったため、東京~盛岡間で同じ軌道を用いる秋田新幹線もまた区間運休となり、首都圏との人的交流の大動脈が切れた形になっていました。通常、秋田の春の観光シーズンは武家屋敷通りのしだれ桜で知られる角館の花見客の到来で始まりますが、この誘客の見込みが立ちません。観光関係者は、秋田新幹線がまもなく復旧することを、また、この強い自粛ムードがまもなく和らぐことを心から期待していたのです。実際、後に発表された観光統計の数値によれば、平成23年3月と4月の観光客数は前年の4割程度に減少していました。
 そのような中で、秋田県の佐竹知事は、『「ニッポンの笑顔」秋田から!』をスローガンに掲げ、被災地への様々な思いを大切にしつつも、過度な自粛を止め、まずは秋田が元気になって東北地方全体の復興に貢献しよう、と県民を励ましたのでした。

秋田のおもてなしの心を届けたい
さくらこまちおかえりなさいプロジェクト写真

震災から49日。多くの人々が再開通した秋田新幹線の一番列車「こまち115号」に手を振った。事前に事情を知った新幹線の車掌は乗客にこのことを伝え、手を振り返すことを促す異例の車内アナウンスを行った。

 この時期に秋田の人々がどれほど新幹線の復旧を心待ちにしていたかを示す出来事がありました。
 復旧工事の目途が立ち、大型連休初日の4月29日には秋田新幹線が全線再開通することがJRから発表されてまもなくのこと、秋田県内の有志がTwitterを通じて「沿線から手を振って全線開通後初めての秋田新幹線を歓迎しよう」という呼びかけを始め、このツィートが瞬く間に県内に広がりました。その結果、当日は、東京からの復旧後最初の新幹線となった「こまち115号」に対して、沿線の駅や道端などからたくさんの人々が手を振りました。
 これは「さくらこまち115おかえりなさいプロジェクト」と呼ばれましたが、再開通の翌日Youtubeに掲載された手を振る人たちの映像は、災害の中にあっても負けない秋田のおもてなしの強い思いを内外に示すものになりました。
 その後まもなくの5月9日、秋田県とJRグループは、2年後の平成25年の10月から12月までの大型観光企画であるデスティネーションキャンペーンを秋田県で行うことを公式に発表しました。これは1997年の秋田新幹線の開業以来、16年ぶりとなるものでした。

震災の心を忘れない
美酒王国秋田ガイドブック

秋田は米どころとして原料米の確保が容易で、寒冷積雪の冬が長いことから水にも恵まれるなど、清酒醸造の好条件が揃っている。現在39の酒蔵があり、製品は米国、香港、韓国など20カ国以上の国に輸出されている。写真は最新の秋田の日本酒ガイドブックの表紙。

 風評被害等の克服のために苦心を重ねた2年が過ぎました。
 この8月3日から4日間にわたって行われた今年のあきた竿灯まつりの観光客数は、過去最多となった昨年をさらに1万7千人上回る141万人に上ったと報道は伝えました。東北復興のシンボルともいうべき東北の夏祭りの一つとして、こうして成功を収めることができたことで、あの風評被害がようやく遠のいたように思われます。
 私たちは震災後の東北全体が苦しい時期に、日本の笑顔をこの秋田から作っていこう、歓迎の笑顔とおもてなしの心を持ってお客様に接しようと考えました。この心を大事にしながら秋田県はこの10月1日から、いよいよデスティネーションキャンペーン本番を迎えます。さらに、来年、2014年の10月には日本最大の文化の祭典である「国民文化祭」が秋田県で行われ、多くのお客様を迎えます。日本にお住まいの方はぜひこの機会に秋田をお訪ねください。
 遠く海外にお住まいの方も、日本酒をお求めの時には、ぜひ、秋田の日本酒をお試しください。きっと秋田のおもてなしの心が伝わると思います。そして、いつの日か秋田を訪れていただきますよう願っております。
(本ページの英語版はこちら)

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