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連載 中央アジアと日本 第6回 トルクメニスタン―天然ガスと砂漠の中立国― | 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員(訪問) 稲垣 文昭【配信日:2013/09/30 No.0222-0905】

配信日:2013年9月30日

連載 中央アジアと日本 第6回
トルクメニスタン
—天然ガスと砂漠の中立国—

慶應義塾大学SFC研究所 上席所員(訪問)
稲垣 文昭


 世界第4位の天然ガス埋蔵量もあり順調に経済発展を遂げているトルクメニスタンでは、ベルディムハメドフ大統領の下で改革も漸進的ながら改革も進展し、日本との関係強化も期待される。


中央アジアの北朝鮮?—大統領個人崇拝—
 トルクメニスタンは「中央アジアの北朝鮮」と喩えられるほど特異な国家である。その理由の一つが大統領の個人崇拝である。とくにソ連時代の1985年末にトルクメン共産党第一書記に就任し、独立後初代大統領に就任したサパルムラト・ニヤゾフ(Saparmurat Niyazov)の治世下における個人崇拝は際立っていた。トルクメニスタンは、国家元首である大統領が首相を兼任する大統領制故に大統領に権限が集まりやすい。その制度的な面に加えて、ニヤゾフの権威を高めるべく議会(マジュリス:Majilis)は、1993年にトルクメン人の指導者を意味する「トルクメンバシ(Turkmenbash)」の称号をニヤゾフに贈った。さらに、1999年12月には最高権力機関である「人民評議会(People's Council)=ハルク・マスハラティ(Halk Maslahaty)」が、世界でも例を見ない「終身大統領」にニヤゾフを任命した。そして、ニヤゾフの肖像画は街中に溢れ、学校教育ではニヤゾフの諸策とされる『魂の書 (ルーフナーマ:Rufnama) 』が必読書として用いられる一方で、インターネットの利用が禁止されるなど情報統制が進められた。

外交政策—積極的中立外交—
 トルクメニスタンが特異なのはその個人崇拝だけによるものではない。外交でもトルクメニスタンは他の中央アジア諸国と異なる方針をとっている。同国の外交方針は「積極的中立」である。1995年12月の国連総会では「永世中立国」としての地位が認められており、集団安全保障会議(Collective Security Treaty Organization: CSTO)や上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization: SCO)など地域機構への参加には消極的である。ソ連の後継機関である独立国家共同外(CIS)でさえ、従来は「(正)加盟国」であったが『CIS憲章』未批准であったこともあり2005 年に「準加盟国」に転じた。他方で、トルクメニスタンはタリバンとも外交関係を結び続けるとともに、南部で接するイランにはその核開発に対する国際的な制裁が続く中、天然ガスや電力を輸出するなど中立国故にその安全保障上重要な2ヵ国との関係を維持し続けることが可能となっているとも言える。

豊富な天然ガス
 以上のように、トルクメニスタンは内政・外交両面において特異ではあるが、2012年末において世界第4位(17.5兆立法メートル、BP調べ)となる天然ガス埋蔵量を誇っており、その豊富な資源によって経済順調に成長している。IMFによれば2012年のトルクメニスタンの国民総生産(GDP)は336.8億ドルで、カザフスタン(1,942.6億ドル)とウズベキスタン(453.5億ドル)に次いで中央アジア第3位の規模に過ぎないが、一人当たりのGDPでは、カザフスタン(11,729.3ドル)に次ぐ5998.7ドルである(ウズベキスタンは1,367.1ドルで第3位)。一人当たりの国民総所得(GNI)で見てみると独立直後の1993年には800ドルであったが、2011年には6倍の4,800ドルにまで拡大した。これは、カザフスタンの5.8倍を超える伸び率である。この天然資源による外貨収入によりトルクメニスタンでは、電気、ガス、水道といった公共サービスが無料で提供されるなど、強力な個人崇拝や情報統制が敷かれているが、北朝鮮とは異なり経済的には豊かである。

天然ガスパイプライン政策—ロシアから中国、そして南方へ—
 そのトルクメニスタンの経済を支える天然ガスの輸出はソ連時代以来長らくロシア経由に限定されていたが、現在ではウズベキスタンとカザフスタンを経由した中国向けの全長7,000キロメートルのパイプラインが稼働している。同パイプラインは、2006年4月にニヤゾフ大統領の訪中時に合意されたものであり、2009年末に稼働を開始した。2011年11月にトルクメニスタンと中国の両政府は、2020年までに中国の全消費量の2割となる65億立法メートルにまで供給量を拡大することに合意している。本年9月3日には、グルバングルィ・ベルディムハメドフ(Gurbanguly Berdimuhamedov)大統領とトルクメニスタン訪問中の習近平中国国家主席が同供給量拡大について改めて合意した。現在では、中国向けがトルクメニスタンの天然ガス輸出に占める割合は5割を超えている。
トルクメニスタンの天然ガス輸出先内訳(2012年)  トルクメニスタンは中国との関係強化により天然ガス輸出における対露依存を大きく減らすことができたが、過度の中国依存も好ましいものではない。但し、トルクメニスタンは、ニヤゾフ時代よりカスピ海を横断し対岸のアゼルバイジャン経由で欧州へと天然ガスを供給する「トランス・カスピ海ガスパイプライン(Trans Caspian Gas Pipeline)」とアフガニスタン、パキスタン、インドを結ぶ「TAPIパイプライン(名称の由来はトルクメニスタンおよび通過国の頭文字)」計画を掲げ供給路の多角化を目指してきた。残念ながら、前者はカスピ海の領有権を巡る沿岸国の対立があり、後者は不安定なアフガニスタン情勢があるため未だ実現していない。だが、これらの計画はトルクメニスタンが天然ガスの供給先を特定の国家に依存する危険性を理解し、今後は中国依存を相対化させるためにより多角的な外交を追求する可能性が高いことを示している。

ニヤゾフ後の漸進的な改革
 2006年末のニヤゾフ死去後の後任人事は、その独裁制と閉鎖性から予見が難しく混乱も懸念された。だが、ハルク・マスハラティにより大統領代行に任命されたベルディムハメドフ副首相兼保健産業大臣が、2007年2月の大統領選挙で89.23%の得票で当選するとその懸念は杞憂に終わった。大統領就任にあたりベルディムハメドフは、民主化と経済改革を表明した。例えば、外国語教育の導入や教育年数延長など教育改革、インターネット・カフェ開設など情報の自由化に取組む一方で、2008年9月に憲法を改正し、定員2,507名の大半を大統領が任命するハラク・マスハラティを廃止、立法権を議会に完全に移譲した。また、2010年には官制野党ではあるが、トルクメニスタン人民党以外の初の政党となる農民党の結党を認めた。外交面では、SCOサミットにオブザーバーとしてゲスト参加するなど地域機構にも関与する姿勢を見せ始めるとともに、ウズベキスタンなど隣国との関係正常化にも取組んだ。このように、ベルディムハメドフの下で、トルクメニスタンは漸進的ではあるが改革の途を歩んでいる。

日本との関係—中央アジア最後となる在日本大使館の開設—
 日本とトルクメニスタンの関係は経済的な結びつきが強い。2002年にコマツ(Komatsu LTD.)と伊藤忠商事は、トルクメニスタン政府との間でパイプラインの建設修繕のために2010年までに毎年200台の重機を供給する契約を結び、その翌年にはアシュガバードに訓練センターを設置している。さらには、2010年には国際協力銀行(JBIC)がアンモニアおよびヒ素肥料製造プラント建設のために総額450億円を限度とする融資にトルクメニスタン政府と合意、双日と川崎重工が建設を受注している。そして、本年3月には「日本トルクメニスタン投資環境整備ネットワーク」が創設され、本年5月には在日本トルクメニスタン大使館が開設されるなど、さらなる両国関係の強化が期待されている。
 さらに、本年9月11日~13日にはベルディムハメドフ大統領が2009年12月以来2回目となる来日を果した。首脳会談では、「日本国とトルクメニスタンとの新たなパートナーシップに関する共同声明」や「技術協力協定」など6つの合意文書が調印されるとともに、民間レベルでも約200億円の資金調達をJBICが支援する硫酸製造の化学プラント建設を双日と三井造船が受注した。このように、両国間の首脳会談が未開催であったニヤゾフ時代とは異なり、2回目の訪日を果たしたベルディムハメドフ政権の外交・国内政策の変化により、日本とトルクメニスタン関係は新しい段階に入ったと言える。

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