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アベノミックスの成果と残された課題 | 株式会社富士通総研 エグゼクティブ・フェロー 根津 利三郎【配信日:2013/10/31 No.0224-0906】

配信日:2013年10月31日

アベノミックスの成果と残された課題

株式会社富士通総研 エグゼクティブ・フェロー
根津 利三郎


 アベノミックスはこれまでのところ予想を超える成果を上げてきた。しかしこれから困難な構造改革や財政健全化を進めていかなければならない。日本経済の直面する問題の根源を考える。


<急速に回復する日本経済>
 安倍晋三氏が日本の首相になってからまだ一年足らずであるが、彼の経済政策は大成功で、20年間にわたり停滞と諦めに覆われてきた国民、なかんずく企業経営者のマインドに明るい希望をもたらしている。日本経済の成長も加速している。これは彼が指名した黒田日銀総裁のもとで大胆な金融緩和政策が採られ、円が大幅に安くなったことが最大の要因だ。この結果、2013年の第一、第二四半期のGDP成長率は年率4.1%、3.8%と、先進国では最も高い成長率となった。ただし、最大の課題であるデフレの克服については、円安による輸入物価の上昇はあるものの、需要拡大による健全なインフレは依然として実現に程遠い。企業は設備投資には依然として慎重である。

<世界一のビジネス環境を目指す安倍首相>
 安倍首相は本年10月1日、消費税を現在の5%を来年4月に8%に引き上げる決断をしたが、同時に景気浮揚のため歳出を5兆円増大することも約束した。このため財政赤字の削減はすぐには期待できない。彼は財政再建よりも経済成長を重要視していることは明らかだ。経済成長をさらに加速するため、安倍氏は「日本を世界一ビジネスのしやすい国にする。」と約束し、もうひとつ重要な決定を下した。法人税の引き下げである。日本の法人税は40%近くで、米国と並び世界で最も高い。ヨーロッパやアジアの新興国では20~30%である。三年前、これを35%程度に下げることが国会で合意されたが、その直後の東日本大震災のため実施は延期されたままになっている。安倍氏はこれを来年度から実行するのみならず、さらに世界的な標準である30%以下に引き下げたいと発言している。もちろん企業経営者は大歓迎だ。しかし消費税を上げて国民に更なる負担を求めるときに、企業にだけ減税するのか、財政再建が遅れるのではないかなど、疑問も多い。そもそも日本企業は220兆円と、GDPの二分の一に相当する巨額の資金を貯め、銀行に預金している。これに加えてさらに企業に金を与えて、いったいどのような効果があるのか。多くのエコノミストは疑問視している。

<アベノミックスの成否は賃金で決まる>
 日本企業が巨額の資金を眠らせたまま有効活用できていない、ということは短期的な問題ではなく、過去20年間にわたり日本経済の低迷の原因であり続けた。企業家は投資家から資金を集めて事業を起こし、利益をあげ、自分も報酬を受け取ると同時に投資家に利益を還元する、というのが本来の姿だ。投資家は、企業が金を使って事業を拡大し価値を増大するという期待があるからこそ資金を預けるのである。もちろん事業の安定的な継続のためある程度の安全バッファーはあってもよいが、それを超えて使う見込みがないなら投資家に返す、これが経営者のあるべき姿だ。ところが1990年代前半にバブル経済が崩壊して以降、日本の経営者は会社の存続のためにはキャッシュをできる限り積み上げることが最良の戦略と考えるようになり、事業の拡大や設備投資は抑制するようになった。このことは添付したグラフからも明らかで、今や家計部門を越える巨額の貯蓄を生み出している。本来投資の主体であるべき企業が金を使わずに貯蓄セクター化した結果、日本経済は全体として需要不足の経済となった。これが20年に及ぶデフレの原因である。金余りで金利はほとんどゼロに近く、日本企業の低収益性の原因となっている。企業の過剰貯蓄を減らすためには企業により積極的に投資をさせるか、配当や賃金を増やすことで投資家と勤労者の所得を増やして消費拡大につなげるか、いずれかが起こらねばならない。安倍総理は設備投資を増やしたいと考えているようだが、そのためには企業がリスクを取り、国際競争に果敢に取り組んでいく覚悟が必要だ。

日本の分野別純貯蓄  アベノミックスが成功するためには勤労者の所得、すなわち賃金が上がることが鍵になる。円安のため輸入品や燃料はすでに値上がりし始めている。さらに消費税が上がれば国民生活は相当圧迫される。国民の実質的な購買力が下がるのを防ぐためには賃金が上がらなければならない。安倍氏は法人税の減税は賃金上昇という形で一般労働者に還元されるべきだと信じており、多くのエコノミストも支持しているが、産業界は賃上げには慎重だ。2000年代中ごろ企業収益が改善しているのに賃金が下落するということが長期にわたって続いた。このような失敗を避けるため、彼は産業界に賃金を上げるよう強い圧力をかけるとともに、賃金が本当に上昇するか監視するためのシステムを作ることも考えている。


 安倍氏は法人税の引き下げと並行して、成長戦略、言い換えれば構造改革を強力に推進すると約束している。農業、医療、教育、労働市場エネルギーなどの分野は国土保全、環境の維持、国民の健康、雇用の維持など様々な理由で参入障壁や許認可など様々の規制があり、既存の事業者を守ってきた。その結果、イノベーションは進まず、価格は高く消費者の負担となり、グローバル競争から脱落している。安倍氏はこのような煩雑な規制を取り除いて、企業が自由に活動できる環境を速やかに実現することを約束した。彼はTrans Pacific Partnership ( TPP) 交渉への参加を決断したが、このような自由化交渉は単に農産物の関税を下げるのみならず、医療などサービス産業の自由化推進に向けての動きを加速することになろう。当然ながら党の内外の既得権益の代表から強い反対がある。安倍氏がTPPを通じて外からの圧力もうまく使いながら構造改革をどの程度進めることができるか。彼は本年6月に構造改革の骨子を発表したが、中身が不十分で市場関係者を失望させ、株価は大幅に下がってしまった。そのため今後さらに追加的な措置をとる、と約束せざるを得なかった。近々「産業競争力強化法」と銘打った法案を国会に提出すると発言しているが、どれだけ実質的な中身があるか、市場は注意深く見守っている。これから半年が正念場だ。
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