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岩手大学三陸復興推進機構によるものづくり産業復興支援の活動 | 岩手大学地域連携推進センター 副センター長・教授、三陸復興推進機構 ものづくり産業復興推進部門長、小野寺純治【配信日:2013/12/27 No.0226-0913】

配信日:2013年12月27日

岩手大学三陸復興推進機構によるものづくり産業復興支援の活動

岩手大学地域連携推進センター 副センター長・教授
三陸復興推進機構 ものづくり産業復興推進部門長
小野寺 純治


 大震災をピンチとのみ考えるのではなくチャンスとして捉え、産学官連携による難削材の製造から加工までを担う新しいものづくり産業への創生とつなげる取組を紹介する。


1 回復しないサプライチェーン
 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、岩手大学のある岩手県にも大きな被害をもたらした。人的被害は6,878人、産業被害が6千億円、公共土木被害は2千6百億円にも及ぶ。産業被害の6割は水産関係であるが、製造業の被害も9百億円に及び、大きなダメージを受けた。しかし、深刻であったのは建物・設備類への直接的な被害よりも営業再開までの期間に供給できなかった取引先との間のいわゆるサプライチェーンの寸断である。被災企業の業種、業態によっても異なるが、総じて震災前の取引量の6割程度までしか戻っていないようだ。
 筆者が今夏訪問した携帯電話の部品加工を手がけていた企業は、津波により工場が全壊したことから高台に新工場を移転建設し、震災直前に開発した新加工システムを全面的に導入して再スタートを切ろうとしたが、取引先等を取り巻く環境が全く変わってしまい、注文が全くなくなったということであった。これは極端な例であるが、発注元がリスク管理等などの面からこれまでの単一取引から複数社取引へと変更し、結果として受注が大きく減じた等の事例は数多く存在する。

2 被災地域のものづくり産業
 三陸沿岸地域は古くから地下資源に恵まれ、久慈市は江戸時代から豊富にとれる砂鉄を原料に日本一の鉄産業のまちとして栄え、昭和40年代まで川崎製鉄(現JFEスチール)の製鉄所が操業していた。宮古市には戦前戦後にかけて銅や肥料を製造していたラサ工業の鉱山と精錬所があった。釜石市は日本の近代製鉄発祥の地としてあまりにも有名であり、大船渡市は造船、セメントの町として栄えていた。しかし、これら沿岸の産業を支えてきた重厚長大型企業は戦後の高度成長期の中で存在感を失い、川崎製鉄、ラサ工業は事業所を閉じ、釜石市の新日本製鐵(現新日鐵住金(株))は1989年に高炉を休止し、線材工場がかろうじて残っているだけである。
 地域は、これら産業に代わる新しい産業を求めて企業誘致に注力してきたが、物流が海上輸送から高速道路を中心とした陸上高速物流に代わるに従い、条件不利地域となった沿岸地域へ立地する企業は少なく、経済の停滞や人口減少に歯止めがかかっていない。特に昭和30年代に9万人を超え盛岡市に次ぐ第2の都市であった釜石市の人口は、震災直前に4万人を切るまでに減少していた。

3 岩手大学の震災復興への取り組み
 岩手大学は、1876年に設立された盛岡師範学校や日本最初の高等農林学校として1902年に設立された盛岡高等農林学校などを起源とする国立大学であり、設立当初から地域リーダー人材の供給による地域産業の振興を目的としており、近年は市町村との連携による地域振興に注力していた。特に、沿岸地域の久慈市、宮古市、釜石市とは相互友好協力協定を締結して産学官連携活動を展開してきており、宮古市とは集積が進んでいるコネクター産業の人材育成支援を、釜石市では非鉄合金であるコバルト系合金の製造技術開発を進めていた。特にコバルト合金の開発は、2004年から9年間にわたり文部科学省の大型研究資金を導入して進めてきたプロジェクトであり、震災直前には地元企業が新合金の製造を行うことができる段階に来ていた。
 岩手大学の東日本大震災への対応は、震災直後の3月11日に「岩手大学危機対策本部」(本部長:学長)を設置して学生・教職員の安否確認、建物・設備の被害状況確認などを行い、学内の被害状況に一応の目処を付けると、翌4月1日には「岩手大学東日本大震災復興対策本部」を設置し、地域の震災からの早期復旧・復興を、大学を挙げて推進する体制を整えた。さらに、2012年4月1日には「岩手大学三陸復興推進機構」を組織し、国や民間団体・企業の支援を得て復興支援の専門家を招聘・雇用して被災地域を支援する各種のプロジェクトを展開している。
 また、大学キャンパスが被災地域から百キロメートル以上も離れていることから沿岸地域に大学の拠点を新たに設置する必要性を感じ、2011年10月の釜石市へのサテライト設置をはじめ、久慈市、宮古市及び大船渡市にエクステンションセンターを順次設置して地域と大学とを結びつける体制を整えてきた。

4 ものづくり産業復興支援の取組
 三陸沿岸地域の産業支援機関は、釜石及び大槌町が共同して設立した(財)釜石・大槌地域産業育成センターが唯一であり、コバルト合金の開発拠点ともなっていた。しかし、日本大震災津波により建物は一階が水没し、設置していた機器類は全て損壊してしまい(写真1、2)、プロジェクトの継続支援はおろか沿岸地域のものづくり産業を支援することも厳しい状況が生じた。

写真1 被災した釜石・大槌地域産業育成センター 外観

写真1 被災した釜石・大槌地域産業育成
センター 外観

写真2 被災した釜石・大槌地域産業育成センター 内部

写真2 被災した釜石・大槌地域産業育成
センター 内部

 コバルト合金開発には岩手大学も当初から関わってきており、このピンチをチャンスとして捉え、釜石を中心とした地域にコバルト合金など難削材の製造から加工までを行うことのできる新しいものづくり産業を創生することとし、 (財)釜石・大槌地域産業育成センターの再生(写真3)に合わせ、最新鋭の加工機として同時5軸マシニングセンター、ワイヤー放電加工機、3次元測定機、CAD-CAMシステムなどの導入と専門のスタッフを配置(写真4)した。

写真3 修復された釜石・大槌地域産業育成センター

写真3 修復された釜石・大槌地域産業育成
センター

写真4 岩手大学が設置した装置類の一部

写真4
岩手大学が設置した装置類の一部

 その一方で、ものづくり産業全般の底上げとしての人材育成にも注力し、岩手大学が2007年から内陸地域において、地域再生人材創出拠点の形成事業として展開してきているマイスター(金型・鋳造・複合デバイスマイスター)育成事業の蓄積を活かし、2012年から「三陸復興プロジェクト高度ものづくり人材育成講座」を開講した。さらに、起業家の育成も必要であるとの認識のもとに日本技術士会の支援による「三陸なりわい塾」の開催や本学インキュベーションマネージャー等による「女性新事業化応援セミナー」等を開催(写真5)し、多様な人材の育成に努めている。2013年からは新規導入した最新鋭機器やCAD-CAMシステムに関する講習会の開催も軌道に乗り(写真6)、座学と実習を連動した人材育成を展開できるようになった。

写真5 新事業化応援セミナーの様子

写真5 新事業化応援セミナーの様子

写真6 CAD研修の様子

写真6 CAD研修の様子

 ものづくり産業復興に対する国からの支援は2016年3月までであり、限られた期間の中での人材育成、加工技術の習得、新規創業等の支援となるが、経済同友会や日本技術士会など様々な団体、企業からの支援を得て事業を展開することが出来ており、釜石を中心とした被災地域に特殊合金クラスターが形成されることを願って引き続き取り組んでいきたいと考えている。

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