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出版不況脱出を担う編集の役割TPP発効後も視野に 一般社団法人共同通信社 文化部長 杉本 新【配信日:2016/02/29 No.0252-0998】

配信日:2016年2月29日

出版不況脱出を担う編集の役割
TPP発効後も視野に

一般社団法人共同通信社
文化部長
杉本 新


 日本の書籍と雑誌の推定販売金額が11年連続でマイナスに。この状態から脱するためには、見せ方やプロデュースの工夫が必要だろう。TPP発効後の著作権保護期間延長などもあり、新しい時代の議論を注視したい。


 出口が見えない出版不況が続いている。出版科学研究所が1月に公表した2015年の紙の書籍と雑誌の推定販売金額は前年比5・3%減の1兆5220億円で、11年連続のマイナスになった。2015年は,消費税増税が響いた2014年よりもさらに落ち込み幅が拡大して、2年連続で過去最大の落ち込みを記録している。内訳を見ると、書籍が同1・7%減の7419億円、雑誌は前年比8・4%減の7801億円と、雑誌の不振がより深刻だ。
 あらためて指摘するまでもないが、パソコンやスマートフォン、タブレットの普及によってインターネットを情報収集の主な手段にする人が増えたことが、ここ十数年の出版界に大きな影響を及ぼしている。出版各社も電子出版に取り組み、電子コミックや定額制雑誌読み放題サービスの伸びは見られるが、それでも電子全体で紙の市場規模の1割にとどまっている。
 書籍や雑誌の中身はどうか。ここ十数年で書籍が軒並みつまらなくなったとは言えないだろう。昨年は、芥川賞を受賞した又吉直樹さんの小説「火花」が200万部を超える大ベストセラーになった。雑誌でも年明け早々にSMAP解散騒動、甘利明前経済再生担当相の疑惑などを扱った週刊誌の記事が、雑誌ジャーナリズムに活気をもたらした。このように書籍と雑誌が伝統的に得意とする手法は健在だ。しかし、ヒットが点在していても、数字を上向きにするような広がりになっていない。

▽受け手をどうとらえるか
 出版物の販売金額と部数は1990年代後半から長い年月をかけて低落した。その間に何か対策をとれたのではないかと言うのは簡単だが、めまぐるしく変わっていった流行や、私たちが初めて経験したインターネットの普及と共存する有効な手段が、果たしてあったのかとも思う。著者や記者を「作り手」、編集と流通、販売に携わる人々を「送り手」だとすると、この両者が十数年で大きく変わったというよりも、「受け手」である読者の変化の方が速く、大きかったということが、低落の最大要因だろう。
 本来、文化に金額の多寡や効率という観点を持ち込むのは難しい。感動は金額という数値には比例しない。何万円もする豪華本でも、関心や知識がない人には高額の置物になってしまう。反対に、読者は単に値段の安い本を求めているわけではない。また、少ない回数、短い時間で感動を得た方が効率的で優れているとは限らない。
 文化とは作り手、送り手、受け手の三者が関係し合うことで初めて世の中に存在意義を持つ。文化を「表現」という物差しで測るとき、作り手の側には「作品の良さと売れ行きは必ずしも直結しない」という考え方もある。何より、部数を偏重する圧力によって表現を変質させることは避けなければならない。
 それとは別に、ビジネスの物差しで出版を語るなら、不況脱出を担うのはやはり、送り手としての編集現場だろう。スマホやタブレットを愛用する人たちは、なぜ紙よりも液晶画面を見つめる方がいいのか。いつどこでどれだけの情報や知識を得たいのか。現代の受け手を分析する問いの答えを、編集の視点で見つけることが重要になる。
 これまでにも出版界ではさまざまな取り組みがあった。そもそも作品が良くなければ読者は手を伸ばさない。それらを前提にあえて言えば、11年連続マイナスとなった今、大切なことは、作品や誌面の見せ方の工夫、プロデュースの仕方ではないか。前年割れが続くのが現実である以上、もっと取り組む余地があると解釈してもいいと思う。過去の名作を含めたアンソロジーや、面白く読むためのアドバイス、著者と読者の接点を増やす仕掛け、幼い読者が本好きになる手ほどきなど、工夫次第でブラッシュアップできる方法を試す価値はある。それらを実行するときには書店の役割も大きい。

▽楽しみ方への配慮
 将来に向かって受け手をどうとらえるかという観点が必要なのは出版界だけではない。これから日本の文化に大きな変化が迫ろうとしている。環太平洋連携協定(TPP)の知的財産分野、中でも著作権に関して、文化に関わる作り手、送り手、受け手のそれぞれに新たな認識が必要になりそうだ。
 TPP参加国は議会承認や法整備を急ぐことになったが、日本でも著作権法の改正を経て、書籍や音楽などの著作権保護期間が作者の死後50年から70年に延長される。また小説や音楽、映画などの違法なコピー商品を著作権者の告訴がなくても摘発できるようにする「非親告罪化」や、著作権侵害が認定されれば著作権者が一定額を受け取れる仕組みの導入が考えられている。
 文化をめぐるこれらの変化は、作り手と送り手、いわば「生産者」保護の色彩が濃いように、今のところは見える。むろん権利は守られなければならない。作り手が適正な対価を得られなければ文化の継続も発展もおぼつかない。片や、文化の受け手の楽しみ方を窮屈にしないような配慮も重要になる。そうしなければ鑑賞する人が減少し、文化は衰退する。2年後とされるTPP発効後を視野に入れた議論の中で、文化の作り手、送り手、受け手の三者がこれからどんな関係を結ぶのか注視したい。
 出版に話を戻そう。私たちが手にする小説や雑誌を物として見れば、大半が紙とインクでできたシンプルなパッケージでしかない。だが、その中に人生の深淵も恋愛の苦悩も冒険の高揚感も、スキャンダルも娯楽も詰め込まれている。読む人次第で価値が上下する柔軟さがあり、仮に大多数の人が見向きもしない本があっても欠陥品ではない。1人だけでも読者が価値を感じれば、その本には存在する意味がある。人間の理と情を刺激する出版物には、まだ可能性がたくさんあると言っていい。
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