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シリーズ:「地域の活性化(8)」若者が動きおばぁが笑う日本一元気な島 特定非営利活動法人沖縄新事業支援機構 理事長 嘉数 博仁【配信日:2016/07/29 No.0257-0258-1016】

配信日:2016年7月29日

シリーズ:「地域の活性化(8)」
若者が動きおばぁが笑う日本一元気な島

特定非営利活動法人 沖縄新事業支援機構 理事長
嘉数 博仁

 私たちの住む石垣島は、日本の最南端に位置し、エメラルドグリーンに輝く美しいサンゴ礁の大海原に浮かぶ大小三十一の島々、八重山諸島の政治・経済・文化の中心拠点都市です。日本唯一の亜熱帯性海洋性気候で、恵まれた大自然を背景に「詩の邦・謡の島・踊りの里」と称されるほど伝統芸能や祭りが盛んに行われている。

 1771年の明和の大津波により、当時の人口の3分の1の9,313人が犠牲になり、第二次世界大戦時の空襲による犠牲者やマラリアが大流行して3,647人が死亡。更には、多くの住民が台湾へ集団疎開するなど人口が大幅に減少した。1947年に琉球政府は戦後の食糧難などの解決策として、石垣島や西表島への「八重山開拓移住計画」を打ち出し、沖縄各地から開拓団が石垣島北西部地域に移住させられた。開拓団は、当時蔓延していた伝染病のマラリアと戦いながらジャングルの様な荒れ地を次々に開墾し、北西部の海岸地域に集落を築いていった。徐々に道路が整備され、集落に電気が灯り、電話が引かれ、子どもたちの笑い声が響き渡るようになると小学校や中学校が建設され、各集落とも賑っていった。

 沖縄が日本に復帰後、恵まれた自然環境と独特な芸能文化が高い人気を集め、グアム・サイパン・ハワイ等の世界の有名リゾート地と競合できる日本を代表する観光リゾート地として発展していった。2013年に郡民待望の新石垣空港が国際空港として開港してからは、国内はもちろん海外の観光客も増え、年間120万人余が訪れる国際観光地として人気度が高まっている。経済活動も活発化し、若者の定着率も増え、島の人口も右肩上がりで増加している。今では、国内における「日本一元気な島」と称され、全国各地から行政を始め多くの視察団が訪れている。これまで、あらゆる社会的な現象や自然災害等で多くの観光地が大幅な観光客の増減を繰り返してきた。しかし、私たちは一年を通して、官民一体での観光誘致活動や対策事業を積極的に推進し、多くの危機を最小限に抑え乗り越えてきた。反面、生活文化の発展に伴い多くの集落に分散されていた人口形態も、中心市街地と農村集落との格差が広がり、台風や間伐などの自然災害に左右される農業を諦め、都会に夢や希望を抱き集落を離れる若者が増えていった。島内においても生活の利便性を求め中心市街地に人口が集中するようになり、戦後七十年を迎えた今、活気にあふれていた集落は高齢化が加速し、子どもたちの笑い声が消えつつあり、生活文化の象徴である小中学校の統廃合問題等、農村集落の過疎化に歯止めが係らなくなっている。

 そこで2015年、農林水産省が農村集落の存続を図る目的で2016年から5年間の支援対策として公募した「農村集落活性化支援事業」を受託。「石垣市北部農村集落活性化協議会」を設置し、十三の集落から意欲的な若者が推薦されワーキングチームを結成。一年目は、魅力ある豊かな地域づくりを創造していくために叡智とエネルギーを結集して地域の将来ビジョンをつくることから始めた。フリートークスタイルで「地域の自慢探し」「護りたい資源・生かしたい資源探し」「守る・活かすためにできること」「十年後の北部地域のイメージ」などをテーマに様々な角度から何度も議論を交わし(1)「北部のうみ・そら・やま・いきものをより豊かに美しく!」(2)「北部ならではの魅力と資源で産業をおこす!
(3)「元気な笑顔でつながる北部のコミュニティーを育む!」(4)「交流と連携で北部の賑わいをつくり!」の4つを柱に自然環境を活かした北部ならではの産業を興し、おじぃおばぁから赤ん坊までが元気な笑顔でつながる暮らし、様々な交流と連携で賑わうワンランク上のプレミアムな地域を目指す「いしがきほくぶ将来ビジョンの方向性」 を描いた。
 二年目のスタートは、プロジェクトを進めるに当たり、北部地域の連帯と一体感を深める取り組みとして、7月と8月に開催予定の北部地域を代表する野底集落の「つんだら祭り」、星野集落の「人形の里まつり」、明石集落の「エイサー」の三つのイベントを地域性を尊重し地域間の垣根をなくし、北部地域全体の活性化事業 として位置づけて取り組みを始めた。予算の一元化を図り、
3大夏祭りポスター

3大夏祭りポスター

ポスターの一本化や市街地や各集落からの巡回バスを運行し集客力を上げ、集落間の一体化を図る。他に、伊野田集落では、おばぁたちが立ち上がり女性部を設立、家庭菜園の収穫野菜や花き園芸、得意の手芸や工作物、自慢の郷土料理などを持ち寄り「おっかぁ市」を開催。短時間で完売する大反響におばぁたちが喜び笑顔を取り戻し元気になった。情報は瞬く間に広がり、過疎化に夢を失いかけていたおばぁたちの開拓魂に火が付き、我も我もと参加者が増えている。
 おばぁが元気になるとおじぃが若返り集落に再び活気が生まれてきた。その感動は他の集落にも飛び火しおばぁたちが腰や膝の痛みを忘れて立ち上がってきている。おばぁやおじぃたちと開拓当時のご苦労をお聞きしながら、今若者たちがもう一度活気を取り戻そうと立ち上がり、活動を始めていることを報告。新石垣空港が身近になり、利便性が良くなったこと、国立公園にも指定された北部の雄大な自然環境を繁栄した魅力ある街を創造していく事業計画を説明すると、過疎化の波に未来を暗示し、夢や希望を失い諦め掛けていたおじぃやおばぁの目が輝き笑顔になった。「もういつ死んでもいいと思っていたけど若者たちが創造する街を見てみたいからまだまだ死ねないねー」と生きる活力が湧いてきたという。伊原間や野底集落では、薬草やハーブの研究や栽培が始まり、久宇良集落では島伝統のハーリー舟を活用した体験ツアーを始めた。一人一人ができることから始めて地域おこしの主役であることを自覚したところから元気な街づくりのドラマの幕が落とされた。

 十年後の北部集落が過疎化から蘇った模範の町として、多くの人々が笑顔と元気をもらいに訪れることを思い描き、今夜も各集落では、若者たちが希望あふれる街を創造しロマンを語り合っている。

玉取崎(たまとりざき)展望台から望む北部

玉取崎(たまとりざき)展望台から望む北部

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