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「放題」は文化を豊かにするか 利用者本位でサービスを成熟させることが必要 一般社団法人共同通信社 前文化部長 杉本 新【配信日:2016/10/31 No.0260-1023】

配信日:2016年10月31日

「放題」は文化を豊かにするか 利用者本位でサービスを成熟させることが必要

一般社団法人共同通信社 前文化部長
杉本 新


 音楽聴き放題など、定額のインターネット配信サービスは時間と空間、お金の制約をなくすが、まだ改善の余地がある。文化を豊かにするため利用者本位の仕組みを考えるべきだ。


 音楽、映画、雑誌、書籍が定額で聴き放題、見放題、読み放題になるインターネットの配信サービスが盛んになっている。月額数百円から千円程度で大量のコンテンツをいつでも、どこでも好きなだけ楽しめるため、利用する側の時間と空間、お金の制約は取り払われる。半面、一部の事業者によるコンテンツの停止が問題化するなど、利用者にとってはまだ使いにくい面があり、ビジネスとして改善の余地がある。

▽世界の隅々まで
 録音、録画の技術は音楽や映画を世界の隅々にまで広めた。それでも再生機器の前にいなければ楽しめない時代が続いたが、1970年代にウォークマンが登場すると、街を歩きながら聴く新しいスタイルが生まれ、音楽は持ち歩けるものに変質する。ウォークマンほどの広がりはなかったが、録画された映画やテレビ番組を再生する携帯用の機器も生産された。
 しかし携帯機器にも制約はある。作品が保存された何らかのメディアが必要で、自分で記録するにせよ、ソフトを買ったりレンタルしたりするにせよ、限られた範囲の楽しみ方にとどまっていた。電波を受信するワンセグも同様だ。多種多様、大量の作品をどこででも楽しむためには、インターネット、スマホ、タブレットの連携を待たねばならなかった。
 読むことについては、古くから印刷技術が発展し、知識や娯楽としての読書を可能にした。雑誌、書籍はどこにでも持ち歩けて好きなときに読める。だが運べる冊数にはやはり限りがあって、保管場所も必要だ。紙の本の良さはあるが、インターネット配信で読めるなら物理的な制約は軽減される。
 このように、印刷物やレコード、映画は人間が文化を味わうための画期的な進歩をもたらした。携帯機器と一緒に作品を持ち歩けるようになったのが次の大きな変化。そしてインターネット配信によって、膨大な数の作品を仮想とはいえ持ち歩けるようになったのが第3のステップと言える。その先に現れた定額聴き放題、見放題、読み放題のサービスは、文化の土壌を豊かにする第4の波となり得るだろうか。

▽支持広げる配信
 「聴き放題」などのキーワードでネット検索してみると、音楽、映画やドラマ、書籍と雑誌のサービスがそれぞれ5、6種類から10種類ほど見つかる。中心的なモデルは音楽の場合が月額1000円程度で数百万曲聴き放題。中には1000万曲を超えるサービスもある。
 国際レコード産業連盟によると、2015年の世界全体の音楽売り上げは前年比3.2%増の約150億ドル(約1兆6300億円)。音楽データを受信しながら再生するストリーミング配信が急伸し、5年間で約4倍になっている。音楽配信の売上高は10.2%増の約67億ドルとなり、全体の45%を占めた。日本では定額制配信サービスの売り上げは前年比58%増の約124億円(日本レコード協会調べ)。配信が支持を伸ばす中、聴き放題が新たなサービスとして組み込まれている。
 映画、ドラマの見放題も、雑誌、書籍の読み放題も、数百円で数万タイトルが用意されている。利用者にすればすぐに元が取れそうな料金設定だ。用意されている全ての作品を見聞きして味わうことは困難だが、そもそも全作品に接する必要はない。好きな作品に好きなとき、好きなだけ接することができればいいという人が大半だろう。言い換えると、本当に好きなアーティストや俳優、監督、作家の作品が楽しめなければ、お金を出す人はいない。どれだけ要望に応えられるかが勝負だ。

▽批評力を伸ばす
 そんな中、ある大手事業者が今年(2016年)8月に始めた電子書籍・雑誌定額読み放題サービスで、一部のコンテンツの配信が停止され、出版社側が「一方的な停止」と抗議する事態が10月に表面化した。読み放題コンテンツを多くそろえる目的で、事業者が規定の利用料に一定の金額を上乗せして支払う契約を一部の出版社と交わしたものの、利用者が想定を超えて集まったため、上乗せ分の予算が足りなくなったことが理由とみられている。このケースで誰が損をしたかと言えば、事業者ではなく、信頼して集まってきた利用者ではないだろうか。
 卑近ではあるが、これをラーメンの食べ放題に例えると、新規開店で客を集めるため「食べ放題」の看板を掲げてはみたが、損をしかねないほど大勢の客が押し寄せたので、チャーシューや卵やネギを麺に載せるのをやめて原価を下げたようなものではないか。食材を納める業者はもとより、せっかく来店した客が怒るのは無理もないと思う。
 一方、先行する別の大手事業者の雑誌読み放題サービスでは会員数が300万人を超えている。需要があることは間違いない。単に大量のコンテンツを並べるシンプルな段階から進んで、事業者、出版社が知恵を出し合い、利用者本位の使いやすいサービスを確立させる段階にあると思う。
 ところで、飲食店での食べ放題はしばしば料理の「残し放題」になる。同じ料金でいくら食べてもいいと言われ、たくさんの料理をテーブルに運んでも、結局は食べきれずに残してしまう。聴き放題、見放題、読み放題の仕組みは必ずしも同じではないが、それでも利用者が多くのコンテンツを持て余し、放っておくことは起こり得る。
 「放題ビジネス」が音楽や映像、文学などを扱っている以上、それぞれのサービスを通じて文化を大切に感じる人を増やすことが重要だ。それは個々の人生を豊かにすることを意味する。万人を満足させるのは無理だろうが、好みに応じた作品リストを提案したり、目利きの人物や著名人の推薦をそろえたりする仕組みで柔軟に誘客を図るなど、ビジネスとして成熟させることはできるのではないか。知らない作品と出会い、感動できるサービスは集客力も上がっていくと思う。
 批評は創作と表現のレベルを高める。楽しむ人が増えて、感動し、批評する人も増えるなら、文化の発展も期待できる。事業者と表現者、利用者がそれぞれメリットを得ることは不可能ではないだろう。
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