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日本ケースセンター 10年の歩み 徳島文理大学 人間生活学部 教授 竹内 伸一【配信日:2017/01/31 No.0262-0263-1032】

配信日:2017年1月31日

日本ケースセンター 10年の歩み

徳島文理大学 人間生活学部
竹内 伸一


 本稿では、2006年4月に貿易研修センター内に設置された日本ケースセンターの10年の歩みを振り返ることで、その存在意義を再確認しつつ、同センターの将来を展望する。


はじめに
 貿易研修センターが歴史的に担ってきた社会的役割については、人によってその理解に多少の相違があるかもしれないが、私の意識下にある貿易研修センター(以下、IIST: Institute for International Studies and Training)は、「『グローバル』という言葉よりも、『海外』や『国際』という言葉のほうがまだしっくりとしていた時代に、一年制の国際経営教育プログラムを提供していた教育機関」である。そんな貿易研修センターが、上述の役割にひと区切りをつけつつあり、新たな役割に手を延ばそうとしていたとき、センターの視野には、本稿が話題の中心に据えようとしている「ケースメソッド教育」が入りはじめていた。
 筆者はそのとき、ケースメソッド教育の専門家の端くれとして、IISTの新構想を支援する立場の一人であった。振り返れば、あれから10年の月日が流れている。2006年4月にIIST内に設置された日本ケースセンター(以下、CCJ: Case Center Japan)は、今や、日本でケースメソッド教育を実践しようとする者たちにとって、「知らない人はいない」という頼もしい教育支援機関に発展した。本稿では、CCJの10年を振り返ることで、その存在意義を再確認しつつ、将来展望にまで議論を広げてみたい。

ケースメソッドとは
 この話の冒頭には、やはり「ケースメソッドとは何か」という話題が必要であろう。「ケースメソッド」(Case Method of Instruction)とは、経営大学院(ビジネススクール)や法科大学院(ロースクール)でしばしば用いられる討論型の授業における「教授法」のことである。ここで筆者が言わんとする「教授法」の英訳語は、“teaching method”ではおそらく意味的に不十分で、「教育学」という意味でも用いられる“pedagogy”の語義までをとらえるべきであろう。このように述べる意図は、識者が「ケースメソッド」と言うときには、形式的な教授技術の体系を言うに留まらず、「ケースメソッドによる人間形成」という深遠なる教授世界全体を言おうとしているからである。HBS(Harvard Business School)のガービン教授(David A. Garvin)によれば、この教授法の原初型は、1870年ごろから、HLS(Harvard Law School)のラングデル校長(Christopher C. Langdel)によって米国ではじまった。「case(裁判の判例)を用いて行われた討論授業」における教授法であるが、今日、CCJや筆者が研究の対象としている教授形態でのケースメソッド教育の起源は、1920年代から同じハーバード大学のビジネススクールであるHBSではじまった、「case(経営上の問題直面場面を物語風に記述した事例教材)を用いて行われた討論授業」における教授法である。当時の資料によれば、最初は“Case System”と呼ばれていたものであり、これがのちに“Case Method”と呼ばれるようになった。

ケースセンター構想と“God Mother”
 CCJを開設する方向にIISTの背中が押された要因は、いくつか思いつくが、やはり経営教育界が「ケースセンター」を必要としていたことが重要であろう。ケースメソッド教育を実践しようとすると、必ずケースが必要になる。しかし、意外に思われるかもしれないが、たいていの場合、教育実践者の手元にはよいケースがない。このとき、教育実践者に向けてケースを提供する社会インフラがないと教育実践は前に進まない。海外の主要なケースメソッド教育先進国にはこの機能を担うケース提供機関(ケース・クリアリング・ハウスなど)があるが、2006年当時の日本にはこれがなかったため、この社会ニーズに応える意義は本質的に大きかった。しかし、その役割をなぜIISTが担うのか、そして担い得るのか。この問いへのもっとも説得力のある答えは、IIST人材育成部長(当時)の稲葉エツ氏の存在であっただろう。筆者の個人的感想であるが、彼女は日本のケースメソッド教育界の“God Mother”である。AIM(Asian Institute of Management)でMBAを取得したのち、同校の教壇にも立った稲葉氏は、自らのケースメソッド教育実践経験もさることながら、ケースメソッドで教える世界の教育実践者たちとのネットワークを強固に築いていた。CCJという新しい社会価値の創造過程を見通したときに、彼女ほどリソースフルな人はいなかったはずである。筆者もこのとき、稲葉氏の意識下にいたリソースパーソンの一人だったのかもしれないと勝手に想像しているのだが、今から50年後か100年後に、日本のケースメソッド教育史を振り返ろうとするときには、この“God Mother”の存在が不足のないように語られなければならないだろう。

CCJ 10年の歩み
 CCJが開設された2006年は、わが国の専門職教育界において、「ケースメソッド元年」と言うべき年だったように思われる。HBSで学び、国内のケースメソッド教育の啓発に尽力した高木晴夫慶應義塾大学名誉教授(現在は法政大学教授)の論考が多くの教育関係者に読まれはじめ、筆者も昨春まで勤務した慶應ビジネス・スクールでは「ケースメソッド教授法」セミナーがリニューアルされ、多くの参加者が大学院で「ケースメソッド教授法」を学ぶようになった。高等教育界では、ケースメソッドに軸足を置いた法科大学院ならびに技術経営大学院(MOT(Management of Technology)スクール)が多数開校し、経済産業省が「実践的教育のためのティーチングメソッド・シンポジウム」を全国規模で開催したのも、すべてこの時期である。ケースメソッドという言葉が社会に新鮮に映りはじめたこのころ、CCJは“God Mother”が大きく関わったことを随所に感じさせる情報品質と活動品格を兼備して、ケースメソッドを一過性のブームに終わらせないための、深みのある道案内役としてその業務を開始した。筆者の記憶では、このころのケースメソッド・イベント会場、あるいはケースメソッド教育研究会合の席のどこかに、いつも必ず稲葉氏の姿があった。社会がケースメソッドに半ば「踊っていた」その舞台の袖で、“God Mother”はCCJがすべきことを日々注意深く吟味検討していたのだろう。
 筆者は現在、「ケース提供」と「セミナー開講」というCCJが担う社会的役割の二つのうちの後者に貢献するべく、年に4回開催される「ケースメソッド研究会」のモデレーターを務めている。この役割は当初稲葉氏が務めていたものだが、彼女がリタイヤしたために筆者が受け継ぐことになった。研究会に集まるのは、わが国を代表するケースメソッド教育実践者たちであり、毎回の会合ではCCJが開催案内を出すと定員がすぐ埋まるようになってきた。研究会自体はおそらく質的にも向上しているが、モデレーターとして大切にしたいものは、やはり先人たちの「意志」である。とりわけ筆者が耳を傾けたいのは、開設当時のIIST専務理事であった大慈弥隆人氏、永くIIST理事として関与された石田英夫慶應義塾大学名誉教授、慶應での筆者の恩師たる高木晴夫同名誉教授、そして“God Mother”こと稲葉エツ氏である。これらの大先輩が築いてきた、まっすぐで、透明で、無私で、忍耐強く、流されることのない、CCJの基本精神を大切にしていきたいと考えるのである。

将来展望
 わが国のケースメソッド教育は、経営教育からスタートしたという点では欧米諸国と同じだが、近年の普及は、経営教育よりも、医療・看護・社会福祉教育の領域において、あるいは教員教育の領域において、より勢いがあるように思われる。CCJを運営するIISTは「国際的経済活動に従事する者等の資質向上を目的」とする一般財団法人であるために、経済経営以外の教育領域からの要望には応答しにくい一面があるかもしれない。こうした需給のマッチング課題についても、これから議論を深めていきたいと考えている。CCJの社会的機能の発展と次世代への継承は、きわめてチャレンジングな課題であるが、価値ある課題でもある。

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