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『不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~』を論ずる JCMS(株)アジア交流塾塾長 井出 亜夫 【配信日:2017/11/30 No.0273-1060】

配信日:2017年11月30日

『不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~』
を論ずる

JCMS(株)アジア交流塾塾長
井出 亜夫


 2017年5月、経済産業省の「次官・若手プロジェクト」として『不安な個人、立ちすくむ国家』という報告書が公表された。今後の議論において、低迷を続けるわが国の現状に対し、説得力ある発信と具体的実現の一端を担うことを期待し、その意義と留意点を論じたい。


はじめに

 今年5月、経済産業省「次官・若手プロジェクト」として標記レポートが公にされた。本件は、国内外の社会構造の変化を把握するとともに、中長期的な政策の軸となる考え方を検討し、世の中に広く問いかけることを目指すものとして立上げられ、国内外の有識者との意見交換、文献調査に加え、定期的意見交換の場を設定するものだという。有意義な議論が展開され、低迷を続けるわが国の現状に対し、説得力ある発信と具体的実現の一端を担うことを期待したい。

議論の概要

 本論は、「国際政治」、「内外経済」、「民族・文化・宗教」、「技術」、「社会」の各領域を観察し、以下三点の問題を設定している。

1. 液状化する社会と不安な個人
2. 政府は個人の人生の選択をささえられているのか?
3. 我々はどうすればよいのか

論評に当たって、1、2、3について、若干の紹介をしてみよう。

1. 漠然とした不安や不満(早すぎる変化、変わらない仕組み、見えない将来、あふれる情報)。このまま不安や不満を放置すると社会が不安定化しかねない。自由の中にも秩序があり、個人が安心して挑戦できる新しい社会システムを創る努力が必要。

2. (1)個人の選択をゆがめているわが国の社会システム:居場所のない定年後、望んだものと違う人生の終末、母子家庭の貧困、非正規雇用・教育格差の連鎖、活躍の場がない若者

(2)みんなの人生に当てはまり、みんなに共感してもらえる「共通の目標」を政府が示すことは難しくなっている。

(3)自分で選択しているつもりが誰かに操作されている(インターネットの普及により個人の判断が操作されるリスクを内包する、我々はそれに対して何ができるか考える時期に来ている)。

3. 過去の価値観や仕組みに引きずられた既得権や固定観念が改革を拒んでいる。シルバー民主主義を背景に大胆な改革は困難と思い込み、誰もが本質的課題から逃げているのではないか。

日本社会の現状

 私たちは何処に居るのだろうか、時の目、鳥の目で観察する必要性が益々増大する現在、かかる議論が若手官僚の中から出てきたことは、大変喜ばしい。

 歴史を回顧すれば、明治維新政府は廃藩置県直後、米欧12か国に1年10か月をかけ岩倉使節団を派遣し、近代国家建設の在り方を探った。明治維新は、封建諸制度の廃止、殖産興業、近代インフラ整備、教育の普及等の点で大きな成果をみ、列強に支配され自国の近代化を思い描くアジアの若者は、日本留学に殺到した。司馬遼太郎『坂の上の雲』は、この時期における日本の姿を描いたものである。しかし、日露戦争勝利後のわが国は、大正デモクラシー、第1次大戦後の国際協調への動きも空しく満州事変、日中戦争、第2次大戦への道を突き進んでしまった。

 戦後は、平和憲法の制定、冷戦とブレトンウッズ体制の下、ある意味で恵まれた国際環境のもと、戦後改革、経済発展をみ、ジャパンアズNO.1という称賛を受ける場面も出現した。城山三郎『官僚たちの夏』は、国を挙げて産業振興・経済発展を目指す社会を象徴したものであるが、バブル形成・崩壊以降失われた10年、20年という期間が続き今日に至っている。

 若い世代の人々が、こうした日本の現状に対する分析を試み、将来への展望に挑むことは大変喜ばしいことであるが、今日の改革、いわゆる「第3の開国」は、前2回の事態(明治近代国家の形成、戦後発展)を大きく超える複雑な要因の中にあり、日本の在り方、将来を問うことが、まさに社会全体のスコープ、グローバルなメガトレンドとの関わりなしにはできない。

本件議論の成果を願って、参考に資すべく以下の点を指摘しておきたい。

第3の開国に当たっての留意事項

1. 市場の失敗と企業の社会的責任
 近代市場経済システムの理念は、本来、自己利益の追求は、社会利益をもたらすとの前提に立ったものであった。

 利益至上主義、効率至上主義、株主優先主義の米国流市場経済システムは、グローバル経済が進展する中で、座視し難い内外の経済格差を生み、トマ・ピケティ『21世紀の資本』が指摘するように「21世紀市場経済システムの永続性」が問われている。こうした中で企業の社会的責任(CSR)を問う新しい潮流も生じ、購買力を持つ需要でなくニーズに対応する「新しい資本主義‐ビル・ゲイツ」や、物質主義にとらわれたマーケティング論を自省し、人類全体、世界平和を志向する「意識の高い資本主義‐フィリップ・コトラー」等の動きも注目に値する。

2. 政府の失敗
 (1)日本においては、人生60年時代に作られた諸制度が、人生80年の時代においても基本的には変えられることなく継続している。GDPの2倍を大幅に超える財政赤字は世界的にも異常なものであり、負担と受益のバランスを急速に図らなければならない。(政府はサンタクロースではなく、後世代が心配である。)国の政策も当然、PDCAの原則に沿って、適切な評価の下、改善がなされなければならない

 (2)市民社会において「公益は」、政府の関与とともに市民の関与が大前提である。明治以来、わが国において公益は国家が推進するものとして続けられてきた(公益国家独占主義、国家管理主義)。戦後民法おいてもこの考えは基本的には変わらず、漸く1998年NPO法(特定非営利活動促進法)の制定によって、修正の端緒が開かれた。健全な市民社会を形成することは大きな課題である。

3. 国民国家を超える人類の共存、相互依存
 グローバル社会の展開は、市場経済の拡大と格差の拡大を明るみにし、他方、内外の紛争に伴う難民、移民問題が発生している。さらに、英国のEU離脱問題、トランプ大統領によるアメリカ第一主義の提唱等、新たな事態も出現している。しかし、世界を大きく見れば、パリ協定の締結、核開発禁止条約、2030年を目指した国連持続的発展計画(貧困、格差、福祉、環境問題等への対応)等、人類の共存と相互依存への新しい取組みも進んでいる。世界の成長センターであるアジア諸国に隣接する日本は、大きな機会と責任を与えられたことを認識しなければならない。

注目すべき指摘

 福沢諭吉は、国民、市民の独立自尊(学問のすすめ)を強く訴え、加藤周一は、日本人の思想・行動にみられる欠陥として(1)体系的価値観の欠如、(2)所属集団に対する強い帰属意識(日本の文学史序説)をあげた。また、中村元は、(1)与えられた現実の容認(2)論理的整合性のある思惟能力の欠如(日本人の思惟方法)を挙げ、丸山真男は、蛸壺型社会(日本の思想)と概括している。

 一方、東日本大震災復興会議はその提言において、「どの切り口をとっても被災地への具体的処方箋の背景には、戦後日本が未解決のまま駆け込んできた問題が透けて見える。その上、大自然の脅威と人類の驕りの前に、現代文明の脆弱性が一挙に露呈してしまった事実に思いいたる。文明の性格そのものが問われている云々」と指摘している。今次震災は、人間が決して万能でないこと、自然との調和の中で存在できるものであることをあらためて痛感させた。

 日本近代化の経験と世界における日本の役割

 明治維新、戦後発展以来、一世紀余を経て経験したわが国の成功、失敗、工夫の経験を、近代化と経済建設に向かうアジア、アフリカ諸国と共有することが世界史における日本の役割ということができよう。「不安な個人と立ち行かぬ国家」が解消されることを念じて。


執筆者プロフィール
JCMS(株)アジア交流塾塾長 井出 亜夫

1967年、通商産業省(現経済産業省)入省。OECD日本政府代表部参事官、中小企業庁小規模企業部長等を経て、経済企画庁(現内閣府)において日本銀行政策委員、国民生活局長、経済企画審議官等を歴任。その後、学界に転じ、慶応義塾大学教授、日本大学ビジネススクール(NBS)教授及び同研究科長を務め、現在に至る。国際関係でも、INSEAD日本委員会委員、ISBC(国際中小企業会議)代表幹事等を務めた。



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