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シリーズ「ロシアの実像を探る~日露の識者が見るロシアの今」(1) ロシアの政治・経済・社会問題とロシア人のメンタリティ 新潟県立大学教授 袴田茂樹 【配信日:2017/11/30 No.0273-1061】

配信日:2017年11月30日

シリーズ「ロシアの実像を探る~日露の識者が見るロシアの今」(1)
ロシアの政治・経済・社会問題とロシア人のメンタリティ

新潟県立大学教授
袴田 茂樹


 国内では日露関係の延長線上で語られることが多いロシア。ロシアを多面的に知る機会は余り多くありません。そこで、2018年3月に行われる予定のロシアの大統領選を前に、今回から4回にわたってロシアを特集します。このシリーズでは、各分野の第一線でロシアに深く関わってきた日露の識者による、それぞれが捉えたロシアについて論じてもらいます。


 ソ連邦崩壊から四半世紀が過ぎた。この間を振り返りながら、今日のロシアが直面している国内の政治、経済、社会問題、また対外政策の基本問題を、ロシア国民の意識や心理に焦点を当てながら考えたい。

政治体制

 ソ連邦崩壊の頃は、自由主義・民主主義の楽天的気運が高まり、共産党の一党独裁さえ打倒すれば、文化、教育レベルの高いロシアは短期間に先進的な民主主義国家になれるとロシア国民も、他の国々の人たちも考えた。

 しかし、ソ連邦崩壊後の1990年代、即ちエリツィン大統領の時代は、屈辱的とも言える無秩序とカオスの時代に陥り、一般のロシア国民にとって、自由主義や民主主義といった概念は、混乱とアナーキーの代名詞になった。こうしてロシアは政治的に国を統一する原理を見失い、国家的なアイデンティティ危機に陥った。

 この状況の中で国民が最も強く求めるようになったのは、自由や民主主義よりも、混乱を統制する権威と、秩序の確立であった。2000年にプーチン政権が成立した当時は、まだ欧米的な価値とロシア伝統の価値を合わせた民主主義を樹立できると、プーチン大統領自身も考えていた。

 やがて欧米的な民主主義が定着する諸条件がロシアには存在しないことに気付くようになり、2006年1月にロシアを代表する世界的に著名な政治学者である、D・トレーニン氏(カーネギー国際平和財団モスクワ・センター所長)が述べたように、「ロシアは最終的に欧米の軌道から離れ、<自由軌道>に乗った。」

 つまり、ロシア国民を統合する原理として、ロシアの伝統的な権威主義、国家主義に回帰したのである。結局ロシアは、資源輸出による経済の回復を背景として、「大国主義的ナショナリズム」の復活によって国のアイデンティティ危機を乗り越える道を選ばざるを得なかった。

 2014年3月の「クリミア併合」やシリア問題などにより欧米諸国の対露制裁が強まると、ロシアは外の世界に対する被包囲意識や被害者意識を強め、近年はアレクサンドル3世の「同盟国でさえも裏切る。信頼できるのは軍事力のみ」という言葉がしばしば想起されている。またプーチンは、毎年の「国民とのテレビ対話」を「直訴」の場に演出して、伝統のツァーリ信仰の心理を利用し、権威主義体制を強めており、彼の支持率は80%台の高さを維持している。

経済問題

 ソ連邦崩壊当時は、科学技術が発達し、人材も天然資源も豊富なロシアは、社会主義体制という「重石」さえ排除されれば、短期間に先進国と同じような市場経済体制に移行できると、ロシア内外の多くの者が楽天的に考えていた。

 しかし、社会主義体制が消失し、また2000年代になってオイル・ガスマネーが潤沢に入るようになっても、市場経済体制は簡単にはロシアには根付かなかった。その最大の理由は、資本の不足でも法整備や産業インフラの不備でもなく、「信頼」と「契約」を守るという市場経済に不可欠な文化・メンタリティの欠如である。

 皮肉なことだが、日本とは逆にロシアでは天然資源が豊かなことも、市場経済の発展を阻害してきた。つまり、2000年代に入ると、資源輸出によって外貨が潤沢に入るようになったので、伝統のメンタリティを少しずつでも改善し痛みを伴う構造改革も断行して、市場経済を発達させようという動機が希薄になった。

 こうして、依然として石油やガスの輸出に依存する経済が続いている。したがって近年は油価の下落が大きな打撃となり、前述の対露経済制裁も痛手となっている。ロシア経済の今後の課題は、「信頼」と「契約」を重視するメンタリティの育成と、資源依存を脱却した経済の構造改革にどれだけ真剣に取り組むかにかかっている。

社会問題

 ロシアにおける最大の社会問題は、腐敗・汚職を簡単に撲滅できないことである。腐敗問題での最近の国際ランキングでは、175か国中、ロシアは良好な方から136位という酷い状況だ(Transparency Internationalより)。

 筆者はロシア社会を「砂社会」と表現しているが、腐敗問題はそれとも深い関係がある。「砂社会」ではバラバラの個人が利己的に動くため、固い枠組み(権威主義体制、独裁体制)とセメント(国民統合の理念、宗教、イデオロギーなど)がないと安定せず無秩序に陥る。この砂社会を不変の宿命的なものと見ているわけではないが、この国民性が変わるのは数十年単位ではなく、数世紀単位とならざるを得ない。

 ただ、シンガポール(同前7位)やジョージア(50位)の例が示しているように、強権的な手法によって比較的短期間に腐敗、汚職、無秩序を改善した例もある。しかし、シンガポールやジョージアと異なり、大国のロシアでこの手法がどれだけ有効か、疑問である。

 これは投資環境の悪さを示すものでもある。これと関連して社会的に特に深刻なのは、「創造的階級」と呼ばれる有能かつ意欲的で専門の知識や技術を習得した若い世代の大部分が、縁故と賄賂がないと専門のポストにも就けないロシア社会の状況に失望し、国外移住を希望していることである。

対外政策

 ウクライナ問題やシリア問題などで欧米と対立したロシアの指導部は、外の世界を敵性世界と見る被害者意識が強まっている。そのような中で中国と特別のパートナー関係樹立に努めてきた。中国が推進している「一帯一路」政策は、当初はロシアが主導する「ユーラシア経済同盟」政策と衝突すると考えられた。しかし、経済的に中国に対抗する力はロシアにはなく、現在は「ユーラシア経済連合」と「一帯一路」に折り合いをつけ、両者の統合政策を打ち出している。

 軍事面でも中国と協力路線を推進している。しかし、中央アジアなどへの影響や経済関係などを巡り、中国との間には利害の衝突もある。アジアでは中国との関係を最重要視しているが、経済的、政治的に巨大になった中国に従属しないために、ロシアは対中カードとして、日本やインド、東南アジア諸国との関係を強化しようともしている。

 ロシアは近年、中近東や中央アジア、コーカサスなどでも「勢力圏」という地政学的な見解を基礎にしたアプローチを強めている。「新ヤルタ協定」を目指しているとも言われ、これに対してバルト諸国やウクライナ、ポーランドその他の周辺諸国は警戒心を強めている。したがって、クリミア問題やウクライナ東部問題の解決には長期間が必要だ。つまり、欧米との冷たい関係も続くと言うことであり、わが国の対露政策も微妙なバランスが求められる。


執筆者プロフィール
新潟県立大学教授 袴田 茂樹
新潟県立大学教授 袴田 茂樹

東大文学部哲学科卒。モスクワ大学大学院、東大大学院国際関係論博士課程で学び、米プリンストン大学客員研究員、東大大学院客員教授、日本のロシア・東欧学会代表を歴任。現在は新潟県立大学教授、青山学院大学名誉教授。ロシア科学アカデミー極東支部名誉博士。関心は芸術、文学、哲学と幅広い。著書は、『ソ連・東欧を読む』(ボリス・エリツィンと共著)、『深層の社会主義』(サントリー学芸賞受賞)、『文化のリアリティ』など多数。



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