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グローバリゼーションは終わったのか? 独立行政法人 経済産業研究所 研究顧問 根津 利三郎【配信日:2018/4/27 No.0278-1073】

配信日:2018年4月27日

グローバリゼーションは終わったのか?

独立行政法人 経済産業研究所
研究顧問
根津 利三郎


 この半世紀、グローバリゼーションの深化は当然のこととして受け止められてきた。しかし最近の貿易や投資のデータを仔細に検討してみると、この十年くらいの間にその勢いは落ちてきている。何が起こっているのか、考えてみる。


 グローバリゼーション、すなわち各国経済が国境を越えた貿易や投資を通じてより深く結びついていく、という傾向は20世紀の半ばから一貫して続いてきた。その理由はいくつもある。各国政府とも関税率を引き下げ、貿易を妨げるような各種の制約を削減する努力を続けてきた。技術革新の結果、船舶、鉄道、航空機による大量輸送が可能になり、輸送コストは大いに下がった。さらに情報技術の進歩の結果、海外においても国内と同程度に迅速かつ正確に生産、物流管理が可能となった。こうして企業は積極的に事業を海外に拡大し、その結果各国経済はより深く海外経済と結びつくようになった。

 グローバリゼーションが実際に進んでいることを確認するデータはいくつもあるが、最も簡便なのはGDPと貿易の伸び率を比較することだ。貿易のほうがGDP より早いスピードで拡大しているはずだ。これをデータで示したのが表1である。この表から最近見られる重要な変化が見て取れる。

GDPと国際貿易額(年率)  確かに貿易は2001年と2009年の世界的な経済危機の年を除けばGDPを上回る拡大を示してきた。平均してみればほぼ二倍の伸び率である。しかしながら2012年を境に両者の伸び率はほぼ同じになった。この表では2016年までが実際のデータでそれ以降は推計であるが、IMFは貿易の成長率はかつてのような高い水準には戻らず、GDP成長率と同程度に留まる、とみていることがわかる。

 次にUNCTADのデータベースをもとにグローバルな直接投資(Foreign Direct Investment=FDI) の動きをみる。もし企業が生産や物流、販売拠点を海外に移転し続けているのであれば、FDIも引き続き増加し続けているはずだ。表2はFDIの拡大傾向が2008年前後にほぼ止まっていることを示している。グローバリゼーションの動きが止まったのはなぜだろうか。

世界の対内直接投資額  過去30年間のグローバリゼーションは特に世界的大企業が原材料の調達、生産工程、販売ルートを国境をまたいで構築し、効率化を図る形で進んできた、と理解される。経済活動は価値の創造過程でもあるのでエコノミストはこれをグローバルバリューチェーン(GVC)と呼んでいる。UNCTAD はGVCを以下のように説明している。

 “生産過程の細分化(フラグメンテーション)と業務や活動の国際分業の結果、複数の国をまたがる一連の連鎖または複雑なネットワークからなるボーダーレスな生産システムが生まれてきた。この生産システムは一般的に 「グローバル・ バリュー・ チェーン 」(GVC)と呼ばれている。GVCは多くの場合多国籍企業によって調整され、国境を越えた生産投入・産出貿易がこれらの企業の子会社、契約相手やアームズ・レングス(一定の適正な距離を保つ)取引先で構成されたネットワークの中で行われている。”(GLOBAL VALUE CHAINS: INVESTMENT AND TRADE FOR DEVELOPMENT, CHAPTER IV, P122, 訳は引用者による。)

 このようなGVCはコンピューターやスマートフォンなどの通信機器、自動車などの加工組み立て型産業に特に著しい。東アジアはこのようなGVCに自ら積極的に組み込まれることを通じて他の地域よりも高い成長を遂げてきた。現在世界で利用されているパソコンやスマホはほとんどこの地域で生産されたものだ。

 21世紀に入って最初の10年間、GVCはいくつかの要因で急速に進んだ。第一に中国をはじめとする発展途上国がそれまでの統制経済あるいは閉鎖経済から自由な経済活動を尊重する経済体制に移行したことがあげられる。特に2001年に中国がWTOに加盟したことは大きなインパクトをもたらした。

 中国が国際的な貿易ルールを守ることが確実になった結果、先進国の大企業は中国に対して安心して生産基地を移転させることができるようになった。中国では安くて良質な労働力が豊富であった。この結果中国は世界の工場として成長した。低賃金だけではない。スピードも違う。

 2012年の話だが、米アップル社から生産委託を受けてiPhone を中国で生産しているFoxconn 社は、注文を受けたら8000人の労働者を24時間以内に集めて生産開始し、24時間フル回転で操業を続け、米国でなら納品まで9か月かかるところ、15日で終わらせることができた。こうして生産されたiPhone は世界中に輸出された。

 2005年には中国の輸出、輸入に占める外国企業の割合は6割に達した。中国の成功に促されるように、ASEAN諸国も2000年前後から域内の貿易、投資の自由化を段階的に進めて、経済改革に取り組み、アジアワイドのGVC構築の条件が整ってきた。

 しかしこのようなGVC構築の動きは2005から2010年ころにピークを迎え、その後その勢いは減退してきた。なぜだろうか。より包括的な分析が必要だが、次のような理由が考えられる。

 第一にアジア地域の賃金の急速な上昇である。中国の賃金は過去30年、毎年10%を超えるスピードで上昇してきた。労働者を保護する法律も強化され、経営側の都合だけでは長時間労働や解雇は難しくなってきた。アジアに投資する企業も投資先を中国からベトナム、カンボジア、スリランカ、インドなど、さらに南の低賃金国に投資先を変更しているが、新たな投資先は次第に発見しづらくなっている。南アジア、中近東、アフリカ諸国は賃金は低くてもインフラ、人的資本の質、経済法制などの環境が事業活動にふさわしいところまで改善していない。

 第二に、ロボットや三次元プリンテイングなどの省力化、自動化技術の発展である。生産工程の自動化によりそもそも賃金コストは無視できるほどに下がった。情報技術の発展はこのような傾向をさらに進めた。Internet of Things (IOT) の利用拡大により機械は自動的に最適な生産を行うことができるため、メンテナンス要員すらも不必要になった。自国内で生産工程や事務作業を無人化できれば、低賃金を求めて海外に移転する必要もなくなる。

 第三に海外生産に伴う技術の漏えい、盗難のリスクが大きいことである。最新鋭の技術は国内に保持すべきであると考える企業経営者は確実に増えている。相手国政府、企業から技術移転を迫られるケースも増えている。海外企業からスキルやノウハウを学んだ地元の企業が強力な競争相手に成長し、収益を維持することが次第に困難になっている。加えて企業の海外への移転は国内の雇用を減少させると広く信じられており、政治的抵抗感も強まっている。

 第四に、ビッグデータの時代になって、データが競争力のより大きな決定要因になるにつれて、各企業は自己の保有するデータの管理をより厳格に行おうとするようになっている。個人情報の漏えいが社会的に問題化しやすい環境も企業がデータを海外に持ち出すことをより困難にしている。国によっては政府が企業データや個人情報の国外持ち出しを禁止、制限している。これらの新しい動きはGVCの構築を難しくすることになろう。

 第五に、複数の国境をまたがって長く伸びたGVC の末端では何が起きているのか把握できない。低賃金労働や子供労働力の搾取、環境破壊、汚職・腐敗など、進出先や調達先で不正行為に関与することにより国際的非難の矢面にさらされるリスクが大きい。さらに海外生産の場合、国内生産と全く同じ品質管理をしても必ずしも同質の生産が出来ないこと、あるいは予想外の事故や故障の場合の対応力が十分でないことも経験的にわかってきた。

 グローバリゼーションを当然視したり、賛美する時代は終わった。今グローバル企業はGVCの構築について、今までの一本調子の拡大から、そのマイナス、あるいはリスクファクターを一つ一つ吟味しながら選択的に進める、というより慎重な態度に変りつつある。最近国際貿易の伸びがGDP と同じ程度にまで低下し、直接投資の伸び率が低下しているのもこのような変化の表れと言えよう。


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