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シリーズ「インバウンド観光推進」(11) 東京から“近い田舎”~秩父地域を動かした自由で対等な議論の場 一般社団法人 秩父地域おもてなし観光公社 事務局長 井上 正幸 【配信日:2018/5/31 No.0279-1078】

配信日:2018年5月31日

シリーズ「インバウンド観光推進」(11)
東京から“近い田舎”~秩父地域を動かした自由で対等な議論の場

一般社団法人 秩父地域おもてなし観光公社
事務局長
井上 正幸


 東京都心から電車でおよそ2時間の近さにある埼玉県秩父地域は、山々に囲まれた大自然と日本の田舎の原風景が広がり、古くからの歴史・文化も数多く残り、観光地としての魅力を兼ね備えています。しかし、観光連携に向けて一つにまとまり、前進していくには多くの試行錯誤が必要でした。


 埼玉県秩父地域は、秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町の1市4町で構成され、東京都心から約80km、電車、車両でも約2時間と気軽に行ける距離に位置しています。

 しかし、地域に目を向けると、山々に囲まれた大自然と日本の田舎の原風景が広がっており、古くからの歴史・文化も数多く残っています。首都圏から「近い田舎」を求めて訪れる観光客には利便性も高く、最適の場所にあると言えるのではないでしょうか。

羊山公園「芝桜の丘」。秩父市の東側に位置し、市街地を一望できる緑に囲まれた高台にある。芝桜の開花時期は4月中旬から5月上旬で、ピンクや白、紫色など9種、約40万株以上が広大な敷地に色鮮やかに植栽されている。一面花のじゅうたんのような芝桜の中、整備された道々を縫うようにして歩く。写真奥にそびえるのは、秩父のシンボル「武甲山」。その昔、日本武尊がその堂々たる山容に感動し、武具を納めたという伝説が残る。

羊山公園「芝桜の丘」。秩父市の東側に位置し、市街地を一望できる緑に囲まれた高台にある。芝桜の開花時期は4月中旬から5月上旬で、ピンクや白、紫色など9種、約40万株以上が広大な敷地に色鮮やかに植栽されている。一面花のじゅうたんのような芝桜の中、整備された道々を縫うようにして歩く。写真奥にそびえるのは、秩父のシンボル「武甲山」。その昔、日本武尊がその堂々たる山容に感動し、武具を納めたという伝説が残る。

「秩父はひとつ」と言われていたが…

 このように観光的にはすごく恵まれ、生活圏も一にしているこの地域では、以前から観光面で「秩父はひとつ」と言われてきました。しかし、現実的には「総論賛成・各論反対」の根深い思いが地域内に渦巻いており、思いはあるものの、なかなか連携が進みませんでした。

 そんな中、秩父地域1市4町は国の制度を活用し、地域全体の定住促進を最終目的とした行政機能の様々な分野で取組みを始めました。その中心的分野として、観光連携があり、推進する中核組織として設立したのが、『秩父地域おもてなし観光公社』(以下、公社)です。

「秩父地域にインバウンド事業は必要ない。」

 公社は、1市4町からの派遣職員で事務局を構成し、SNSでの情報発信や着地型旅行商品のネット販売、広域レンタサイクルの運営、ガイド団体の統一・育成、少人数のホームステイで田舎体験をさせる修学旅行誘致など今まで地域で展開していなかった新たな事業を創出し、秩父地域全体の観光プラットフォームとしての機能を確立してきました。

 一方で、公社設立の重要なミッションである、「インバウンド事業」に目を向けてみると、検討を開始するため開催した、関係者の公開討論会で地元の宿泊業者から「秩父地域にインバウンド事業は必要ない」との発言があるなど、インバウンド事業に対する住民意識の低さもあり、どこから手を付けてよいかもわからずなかなか進みませんでした。

本格的な夏の到来を告げる秩父川瀬祭神輿洗い。秩父地方の総鎮守である秩父神社の毎年7月に行われる悪疫除け祈願の祭り。京都・祇園祭の流れをくむこの祭りは17世紀半ばには既に行われていたと言われる。2日間にわたる神事のクライマックスでは、若者たちが400kgもの神輿を担いだまま「ワッショイ」という掛け声とともに荒川に入り、清流で神輿を浄める。

本格的な夏の到来を告げる秩父川瀬祭神輿洗い。秩父地方の総鎮守である秩父神社の毎年7月に行われる悪疫除け祈願の祭り。京都・祇園祭の流れをくむこの祭りは17世紀半ばには既に行われていたと言われる。2日間にわたる神事のクライマックスでは、若者たちが400kgもの神輿を担いだまま「ワッショイ」という掛け声とともに荒川に入り、清流で神輿を浄める。

住民意識の変化と新たな迷い

 ただし、そのような状況下でも、国の政策による訪日外国人の拡大や西武鉄道株式会社や埼玉県など秩父地域への外国人誘客を推進している他のプレイヤーの取り組みにより、徐々にではありますが、秩父地域のメジャーな観光施設に外国人観光客が目立ち始めました。そして、それに呼応するように、外国人観光客にニーズの高い「Free Wi-Fi」の整備の要望が、宿泊業者や商店街からあるなど徐々に住民意識にも変化の兆しが見え始めました。

 そこで、「FreeWi-Fi」の整備を皮切りに、外国語対応パンフレットの作成も行いましたが、全国各地の行政が行っている事業の域を脱せず、秩父地域のオリジナル性を打ち出せない状態が続いていました。そして、その間にも地域の観光関係者や業者の散発的な意見が寄せられ、方向性にも新たな迷いが生じ始めました。

自由闊達な議論の場が状況を打開

 それを打開する方法として、先行していたプレイヤーである、西武鉄道や埼玉県と協力し、公社が事務局となってインバウンド政策を検討する新たな会議体「インバウンド政策コア会議」(以下、コア会議)を組織しました。

 コア会議の一番の特徴は、行政、業者、観光関係者が立場を超え、秩父地域のインバウンド政策について、分け隔てなく自由にディスカッションができることです。そのことで、参加者全員がインバウンドに対する異業種の知識や情報をインプットでき、政策のアウトプットに繋げることが可能となりました。結果、コア会議は今までにない有意義なものとなり、参加者はもちろん、現在では他の地域や事例集などにも取り上げられるなど評価を得ています。

長瀞川下り。秩父山地が織り成す長瀞渓谷を蛇行する荒川の清流を、船頭たちが長い棹で操船する舟で下る。春から夏にかけては緑あふれる山あいを、秋には眩いばかりの紅葉を、冬はこたつ船で緩やかで穏やかな流れを、四季折々に船上から楽しめる。下船後は、ロープウェイで「長瀞八景」の一つ、宝登山に登ると、秩父連山や長瀞の町並みが眼下に広がる。

長瀞川下り。秩父山地が織り成す長瀞渓谷を蛇行する荒川の清流を、船頭たちが長い棹で操船する舟で下る。春から夏にかけては緑あふれる山あいを、秋には眩いばかりの紅葉を、冬はこたつ船で緩やかで穏やかな流れを、四季折々に船上から楽しめる。下船後は、ロープウェイで「長瀞八景」の一つ、宝登山に登ると、秩父連山や長瀞の町並みが眼下に広がる。

「コア会議」の総意を政策につなぐ

 そんなコア会議ですが、当初の目標はあまり期待せず、よく見られる会議体にあるように事務局が策定した計画書を承認するための組織程度に思っていました。しかし、前例踏襲や他の地域のやり方を参考にしたりせず、また、専門家やコンサルタントも入れなかったことで、参加者誰もが制約なく自由に参加できる柔軟な仕組みが出来上がりました。

 すると若いインバウンド関連業者、特に女性の参加が多い本会議において、予想以上に参加者一人一人が議論を楽しんでくださり、地域側の意見や業者としての最新のインバウンド事業の動向など活発な議論が繰り広げられました。その結果、ターゲット国を「台湾」「フランス」「アメリカ」「タイ」の4か国などに定め、参加者の総意による『秩父地域インバウンド計画書』を作成することができました。

 その後もコア会議は、計画書の見直しや定期的に勉強会やグループワークの場として、また、インバウンド事業の業者提案の場として継続しています。業者提案では参加者全員の前でプレゼンを行い、地域の代表者で審査をするなど、公社のインバウンド事業はコア会議を中心に進めています。

早朝の秩父雲海。東京から最も近くで観賞出来る雲海と言われる。雲海の下には秩父の町が広がる。市街地や工場を抱える秩父盆地に浮かぶ雲海は、夜明け前の姿が美しいことも特徴的。宝石のように散りばめられた街灯りが雲海に透けて幻想的な光景が現れる。

早朝の秩父雲海。東京から最も近くで観賞出来る雲海と言われる。雲海の下には秩父の町が広がる。市街地や工場を抱える秩父盆地に浮かぶ雲海は、夜明け前の姿が美しいことも特徴的。宝石のように散りばめられた街灯りが雲海に透けて幻想的な光景が現れる。

具体例(1)「美食の街:ちちぶ」

 業者提案で実施した事業の具体例として、「美食の街:ちちぶ」があります。事業の内容はまず、公社がプラットフォームになる「美食の街:ちちぶ」のサイトを設置し、そこに賛同を得られた、地域内にある飲食店を多言語化で紹介するというものです。

 それまで、秩父地域では観光資源として飲食店をフューチャーした事業はなく、「地域外からみたら、魅力的な食材やそれを活用した美味しい飲食店がたくさんあり、インバウンドの起爆剤となり得る。」というコア会議に参加している業者の目線ならではの企画でした。その提案を受け、改めて地域内を眺めてみると、他地域に比べチェーン店も少ないことや魅力的な個人が経営する飲食店が多くあることを再認識しました。

 現在も「美食の街:ちちぶ」サイトの充実に向け進めておりますが、その副産物として、新たに公社と飲食店のネットワークもでき、共同で食によるイベントを開催するなど、「美食の街:ちちぶ」を活かした別の取組みも生まれています。今後もコア会議参加業者の提案を募り、独自のインバウンド事業を展開する予定です。

秩父夜祭。毎年12月2・3日に行なわれる300年以上続く秩父神社の例大祭。日本を代表するこの祭りは京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに日本三大曳山祭に数えられる。古くから絹織物の産地だった秩父では、その昔、蚕(かいこ)の世話や農作業を終えて一年を締めくくる大切な行事だったという。最大の見せ場は3日の夜。1基20tもある豪華絢爛な山車と笠鉾の計6基を、多くの人が綱を引き、急な坂を人力で上がっていくと祭りと群衆の熱気は最高潮に達する。

秩父夜祭。毎年12月2・3日に行なわれる300年以上続く秩父神社の例大祭。日本を代表するこの祭りは京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに日本三大曳山祭に数えられる。古くから絹織物の産地だった秩父では、その昔、蚕(かいこ)の世話や農作業を終えて一年を締めくくる大切な行事だったという。最大の見せ場は3日の夜。1基20tもある豪華絢爛な山車と笠鉾の計6基を、多くの人が綱を引き、急な坂を人力で上がっていくと祭りと群衆の熱気は最高潮に達する。

具体例(2)台湾の修学旅行生を誘致

 また、コア会議とは別の動きとして埼玉県が台湾にコンシェルジュを設置することになり、誘客するための主要コンテンツとして「公社の実施しているホームステイによる修学旅行誘致を活用したい」という申し出がありました。

 埼玉県によると、台湾の修学旅行生誘致をするためにはホームステイが必須となっているため、是が非でもお願いしたく、受けていただけるのであれば、誘客は埼玉県がすべて行うとのことでした。それまで、日本の修学旅行だけを受けていたホームステイの受け入れ家庭にお願いするのは想像以上にハードルが高く、苦労しましたが、事務局一丸となり個別に家庭を訪問するなど、何度も説得を重ねたことで、受入れが可能となり、2017年には台湾の10校のホームステイが実現するなど年々拡大しています。

尾の内氷柱。奥秩父の、百名山の一つとしても知られる両神山を源流とした尾ノ内沢渓谷。そこで冬季、人工的に作られる氷柱は周囲150m、高さ60mにも及ぶ。沢の入口にある吊り橋から見る氷柱は荘厳。シーズン中、不定期で実施される夜間の氷柱ライトアップでは、幻想的な風景が浮かび上がる。

尾の内氷柱。奥秩父の、百名山の一つとしても知られる両神山を源流とした尾ノ内沢渓谷。そこで冬季、人工的に作られる氷柱は周囲150m、高さ60mにも及ぶ。沢の入口にある吊り橋から見る氷柱は荘厳。シーズン中、不定期で実施される夜間の氷柱ライトアップでは、幻想的な風景が浮かび上がる。

東京オリンピック後までにらんだ公社の使命

 このように地域誘客プレイヤー同士の協力体制を構築することも公社の重要な役割だと思っています。これらの取組みは、国が進める「日本版DMO(Destination Managemet/Marketing Orgnization)」の動きとも重なり、公社は日本版DMO法人として登録されています。

 今後、「日本版DMO」として、マーケティングも強化し、その必須KPIである宿泊者の増加、満足度、リピーター率、観光消費額の向上を目指した事業を展開する必要があります。中でも、インバウンド事業は2020年東京オリンピックとその後に向け、先進的かつ現状よりワンランク上の取組みを目指さなくてはなりません。その実現には、国の政策や社会情勢を注視しながら、独自の取り組みであるコア会議を中心に今まで以上に地域住民を始めとする多くの関係者を巻き込み、新たな事業にもチャレンジし続けたいと思います。


執筆者プロフィール
一般社団法人 秩父地域おもてなし観光公社 事務局長 井上 正幸

井上 正幸 一般社団法人 秩父地域おもてなし観光公社 事務局長
 平成3年4月秩父市役所入庁。平成8年度観光課配属され、観光行政に長く従事し、道の駅の建設・運営担当、秩父観光協会への出向などを歴任した。その後、1市4町の観光連携担当を経て、平成24年、任意団体として秩父地域おもてなし観光公社の設立・運営責任者を任命され、平成26年公社を法人化し、事務局長として出向、現在に至る。

秩父地域について
 秩父地域は、埼玉県の北西部にあり、約7万人弱の人が暮らしています。中央に秩父盆地が位置し、高低様々な山岳・丘陵地帯の山々に囲まれた険しい自然条件から、古くは外界との往来は全て峠路によってなされました。そのため古風で多彩な秩父民俗文化圏が育まれてきたと言われます。地域の8割を森林が占め、かつては「セメントと秩父銘仙、木材の街」と称されました。荒川の水源を擁すると共に長瀞に代表される優れた景観にも恵まれ、都心からも近いことから、今では多くの観光客が訪れています。

関連サイト
ちちぶとは(秩父地域おもてなし観光公社HP)(日本語)

秩父地域の概要(埼玉県HP)(日本語)

秩父銘仙とは(秩父銘仙館HP)(日本語)


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