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北朝鮮核問題の本質(1) 楽観論に支配される世論と現実 (5月7日正午現在) 元自衛艦隊司令官 香田 洋二 【配信日:2018/5/31 No.0279-1079】

配信日:2018年5月31日

北朝鮮核問題の本質(1)
楽観論に支配される世論と現実
(5月7日正午現在)

元自衛艦隊司令官
香田 洋二


 2018年に入り劇的に変化する北朝鮮核問題について、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏による解説を3回のシリーズで掲載します。第1回の本稿では、本件解決に向けた南北6項目合意を受けた米韓両国が北朝鮮に対応するための主要条件について考察し、(未だ不確実な状況にあるが) 6月初旬にも予定される米朝首脳会談の行方と核問題解決の可能性について論じて頂きます。


最近の経緯

3月

 北朝鮮の核・弾道ミサイル開発問題(以下「核問題」)は2018年に入り激変した。平昌オリンピック・パラリンピック(以下「平昌五輪」)を舞台とする北朝鮮の微笑外交と、韓国文在寅(ムンジェイン)大統領(以下「文大統領」)が強く推す南北融和政策により、朝鮮半島情勢は緊張緩和へと大きく変化した。

「調印文書なき合意」

 5、6両日に平壌を訪問した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長を団長(以下「鄭団長」)とする韓国特使団は金正恩労働党委員長(以下「金委員長」)らと会談し6項目の合意が成立した。調印文書による国家間の公式合意の形式を採らなかった合意内容は、韓国側代表団から公表された。朝鮮戦争休戦以来最大の事案にもかかわらず「調印文書なき合意」に留まらざるを得なかった現実は、急速に進展するように映る北朝鮮核問題解決と南北融和の行く先の影を暗示している。

 合意内容は(1) 4月末に板門店で南北首脳会談を開催、(2) 南北首脳間ホットラインの設置、(3) 朝鮮半島の非核化及び軍事的脅威の解消と体制保証の実現を条件とする北朝鮮の核保有理由消滅の明確化、(4) 核問題協議及び米朝関係の正常化のため米国との対話の用意、(5) 対話継続期間中の核実験及び弾道ミサイル試験発射等の挑発の凍結、(6) 平昌五輪における南北間の良好な雰囲気持続のための韓国芸術団等の平壌訪問招請で、2017年までの北朝鮮の強硬姿勢とは真逆の内容であった。

 米韓合同演習に関しても、北朝鮮は従来規模以下であれば実施に異をはさまないとした。

「北朝鮮の具体的な行動」が前提の米国

 鄭団長は帰国翌日に米国を訪問し、トランプ大統領及び関係者に対し南北合意内容を説明した。トランプ大統領は、恒久的な非核化達成のための5月中の米朝首脳会談実施という金委員長の提案を受け入れた。トランプ大統領の受諾を受けてホワイトハウスは、翌日に「米朝首脳会談の実現には、北朝鮮の『完全かつ検証可能で不可逆的な非核化』(Complete, Verifiable and Irreversible Denuclearization = CVID、以下「CVID」)の実現が必要であり、大統領は北朝鮮の具体的行動を前提に同意した」と補足した。

 その後、韓国政府による閣僚級委員による南北首脳会談準備委員会発足、国交未確立の北朝鮮に対する米国の利益代表国であるスウェーデン(瑞)における北瑞外相会議やヘルシンキでの米韓朝非公式接触等の一連の米/韓/朝の調整活動が確認されている。

 金委員長は25日から28日まで北京を訪問、26日に習近平主席と会談した。会談内容は一切公表されていないが、中国政府は翌27日にホワイトハウスに対し中朝首脳会談内容を説明し、29日には楊潔篪(ヤンチエチー)政治局員を韓国に派遣した。

4月

 平昌五輪のため延期されていた米韓合同実働演習(継続期間約1か月)が1日に、23日からは合同指揮所演習が開始されたが、北朝鮮は静観している。11日には北朝鮮最高人民会議(日本の国会に相当)が開催されたものの、核開発や外交関連事項の審議はなかった。首脳会談以後北朝鮮との関係を急速に改善している中国は、太陽節(15日:故金日成主席の生誕記念日)へ芸術団を派遣し、関係改善を内外に示した。

強い姿勢を崩さない米国、融和姿勢を見せる北朝鮮

 17日に訪米した安倍首相はトランプ大統領との第一回会談(18日)において、米朝首脳会談に対する日米の交渉方針を整合し、同時に拉致問題議題提起への同意を取り付けた。

 席上トランプ大統領は「北朝鮮との極めて高いレベルの直接協議開始」を言及する一方、条件設定によっては首脳会談不成立の可能性も示唆した。同日付ワシントン・ポスト紙が「ポンペオCIA長官(当時、現国務長官)の極秘北朝鮮訪問と金委員長との面会」を報じたが、米政府は論評を避けた。

 19日の第二回会談でトランプ大統領は「非核化が達成できないと判断すれば、会談途中でも席を立つ」と、交渉に臨む強い姿勢を示す一方で、「首脳会談の成功を強く望んでいる」と期待感も示した。

 20日に北朝鮮は労働党の中央委員会総会(以下「党中央委員会」)を開き「経済建設と核戦力建設を両立させる並進路線の偉大な勝利の宣布」に関する決定書を満場一致で採択した。党中央委員会において金委員長は、「核とミサイル開発の進展で核戦力の兵器化の完結が検証された」と強調し、「核実験や中長距離・大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射の必要性もなくなり、核実験場も使命を終えた」と続け、21日以降の核実験やICBMの発射実験中止を決定した。また、核実験中止の透明性担保のため、北部核実験場の廃棄も決定したと国営メディアが報じた。更に、「自国に対する核の脅威がない限り、核兵器を絶対に使用しない」として、核保有国としての立場を金委員長新年メッセージに続き再度強調した。

3回目の南北首脳会談と「板門店宣言」

 27日、金委員長は板門店の韓国側施設「平和の家」で文大統領と会談し、「完全な非核化による核のない朝鮮半島の実現を共同目標」の確認を柱とする「板門店宣言」に署名した。今次南北首脳会談は00、07年に続き3回目となるが、共同宣言は(1)南北両国の関係改善、(2)朝鮮半島の軍事緊張緩和、(3)朝鮮半島の恒久的かつ強固な平和体制構築の三項目から構成されており、朝鮮半島の軍事情勢と核問題に関わる事項は、第2、3項で言及されており、その要旨は次の通りである。

第2項:朝鮮半島の軍事緊張緩和と戦争の危機解消措置
• すべての空間における相手に対する一切の敵対行為の全面中止
• 北方限界線一帯の平和水域化による偶発的軍事衝突防止と安全な漁労活動保障のための実際的な対策の構築
• 南北相互協力と交流と往来、接触の活性化よる各種の軍事的保障対策の実施
• 国防相会談等の軍事当局者会談の頻繁な開催:5月中の将官級軍事会談の開催

第3項:核問題を含む朝鮮半島の恒久的かつ強固な平和体制構築協力
• いかなる形態の武力も互いに使用しないという不可侵合意の再確認と厳格な遵守
• 相互の軍事的信頼構築による段階的な軍縮の実現
• 休戦協定締結65周年となる今年中の「終戦宣言」及び「停戦協定を平和協定へ転換」
• 恒久・強固な平和体制構築のための南/北/米、または南/北/米/中の協議の積極推進
• 完全な非核化を通じた核のない朝鮮半島の実現という共通の目標の確認
 最後に「南北は、北朝鮮による主導的な措置は、朝鮮半島の非核化のための大きな意義かつ重大な措置という認識を共有し、今後、双方が自らの責任と役割を果たすことにした」とし、更に「南北は、朝鮮半島の非核化のための国際社会の支持と協力の獲得のために積極的に努力することにした」として宣言を締めくくった。

 南北首脳会談以後も米朝を中心として日韓中も含めた諸調整や閣僚級以下の会談が継続しているが、米朝首脳会談が近づくにつれ、各国政府の公式発表情報が質量とも急速に抑制的になっている。その反面、各国メディアによる多数の情報は得られるが、主要事項に関するニュースのほとんど全てが憶測であるとともに、内容についてもメディア間の方向性が一致しないことが、南北首脳会談以後の米朝首脳会談に向けた情勢判断を難しくしている。

まとめ:変わらない北朝鮮核問題の本質

 ここでは、今後の朝鮮半島非核化と当地域の安全保障の将来に大きな影響を与える、米朝首脳会談の成否を左右する2つの要素について考察する。

北朝鮮労働党中央委員会総会の決定

 党中央委員会では、核戦力の兵器化完結を強調したうえで核実験とICBMの発射実験中止及び核実験場の廃棄を決定した。更に、自国に対する核脅威への反撃以外の核兵器絶対不使用を宣言して、核保有国としての北朝鮮の立場も明確にした。その反面、本決定において核とミサイル廃棄に全く言及していない点に深い注意が必要である。

 本決定は、表面上は核問題解決への北朝鮮の前向きな取り組みと映る内容である。同時に核保有国としての立場の強調をするとともに核廃棄に全く言及していない点は、北朝鮮を核保有国として認めず、逆にCVIDの具現を強く求める米国へ強烈な挑戦であることは明白である。

 この観点からは、核等廃棄に言及しないまま核開発の中止・凍結を進める「良い国北朝鮮」アピール積極推進という宣撫工作が、ある程度功を奏して各国の北朝鮮観の劇的な軟化が広がりつつある点に注目しなければならない。

 北朝鮮核問題の本質は、4月20日の党中央委員会決定でいう北朝鮮の「きれいごとの発表のみで核廃絶の実体が伴わない日米韓への仕掛け」とは正反対の、「日米を中心とする世界各国と北朝鮮の先鋭的な対立の激化につながる核戦力化への道」、厳しい現実である。北朝鮮の宣伝戦に惑わされた、根拠のない楽観ムードは禁物であることは勿論、その楽観ムードが約1か月後の米朝首脳会談実現に向けた各種交渉における米国の選択肢を縛るものであってはならない。

南北首脳会談

 南北首脳会談は、核問題の主役であり手数で圧倒的に上回る金委員長が、理念中心で、対北融和路線第一であるため、核問題解決における具体的手段を有さず受け身に回らざるを得ない文大統領に対し主導的に活動した点が際立った。南北の悲願である同一民族分断国家解消及び朝鮮戦争終結への道筋設定について首脳会談で同意に至ったことは評価できる。また、核問題の解決にも一項を設け、数項目の合意事項を確認したことも一定の進歩である。前者が第2項:朝鮮半島の軍事緊張緩和と戦争の危機解消措置、後者は第3項:核問題を含む朝鮮半島の恒久的・強固な平和体制構築協力において明示されている。

 しかし、これらの合意事項が概念的なものが中心であり具体性に欠ける事実は、過去の南北合意と同様、包括的な合意の具現に際して、細部の意見対立により合意そのものが失速、消滅した事案を思い出させるに十分であり、今後への不安が残る。また、包括的合意のみで具体性に欠ける点は、米国が重視するCVIDの柱である具体的かつ確実な核廃棄と明らかに背反するものであり、今後の両国の事前調整の進展は楽観を許さない。

 また、第2項でいう「すべての空間における相手に対する一切の敵対行為の全面中止」は、(1) 現在も日常的に北朝鮮が実施しているとされるサイバー攻撃、及び (2) 米国のインド・アジア戦略に基づく米軍部隊の韓国周辺展開、並びに(3) 米韓合同演習等との関係が極めて不明確であり、大きな火種として残る。

 第3項に関しては、主要項目の全てに曖昧さが残されている。まず、「いかなる形態の武力も互いに使用しないという不可侵合意の再確認と厳格な遵守」と「段階的な軍縮の実現」に関しては、その対象として米韓同盟及び在韓米軍を含むことの有無が大きな論点となる。

 次に、「終戦宣言」及び「停戦協定を平和協定へ転換」では、言及国を米韓中北に限定しており、他の朝鮮戦争関係国の取り扱い並びに日露の位置づけが明確でなく、今後の国際社会が参画した合意実現過程での混乱要素を包含している。

 最後の「核のない朝鮮半島の実現」に関しては、その内容が、かねてから問題となっている非核化の定義を明確にしていないばかりか、合意内容は4月20日の党中央委員会の決定後の北朝鮮の発表よりも後退しており、大きな対立、混乱要素として残る。

楽観要素はほとんどない現状

 以上から、南北首脳会談終了後の現状は、米朝首脳会談に対する楽観要素はほとんどなく、米朝間の前提条件不一致による開催の中止、延期さえあり得るといえる。更に、双方の努力により首脳会談開催にこぎ着けたとしても、本論の分析に立脚すれば、首脳会談での合意不成立と、それに起因する増幅された対立と混乱という最悪の結果がもたらされる恐れさえ内蔵しているが現状である。

 奇しくも、本朝(5月7日)の外電は、「北朝鮮の核放棄確認までの米国の制裁継続と、人権問題の議題化」等の米国政府の方針に対する北朝鮮の非難と、「相手を意図的に刺激する行為は、対話ムードに冷や水を浴びせ、情勢を白紙に戻す危険な試みだ」とする警告を伝えている。これらは、北朝鮮自身による米朝首脳会談開催の否定を暗示する初めての発言であり、まさに日米韓の一部に広がる楽観論を戒める政治的兆候と解釈すべきであろう。


執筆者プロフィール
香田 洋二
ジャパン マリンユナイテッド株式会社 顧問 香田 洋二
(元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将))

1949年徳島県生まれ。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。1992年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。2009年から2011年までハーバード大学アジアセンター上席研究員。元国家安全保障局顧問。著書に『北朝鮮がアメリカと戦争する日』(幻冬舎)などがある。国際情勢を冷静に見極め、大局的な視点から分析した明快な解説に定評がある。


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