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北朝鮮核問題の本質(2) 大山鳴動するも鼠はおろか蟻さえ出なかった米朝首脳会談 (2018年6月18日正午現在) 元自衛艦隊司令官 香田 洋二 【配信日:2018/6/29 No.0280-1082】

配信日:2018年6月29日

北朝鮮核問題の本質(2)
大山鳴動するも鼠はおろか蟻さえ出なかった米朝首脳会談
(2018年6月18日正午現在)

元自衛艦隊司令官
香田 洋二


 2018年に入り劇的に変化する北朝鮮核問題について、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏が解説する全3回のシリーズ。第2回の本稿では、今月12日の米朝首脳会談実施までの概説と共に、会談内容の評価と今後日本が採るべき対応を提言する。


前稿以降の経緯

5月

1. 中朝首脳会談

 7日に金正恩委員長が中国大連を訪問して2回目の中朝首脳会談が行われた。会談内容は公表されていないが、主要議題として、(1)それまでの対米調整の現状と今後の方向、(2)北朝鮮の最重要目標である自国の生存と体制保証、非核化及びその一対となる見返り援助獲得に対する北の立場、(3)米朝首脳会談が行われる場合の、超大国米国に対し必然的に劣勢となる北の「後ろ盾」と「助太刀」役としての期待、(4)米の武力攻撃抑止と、抑止失敗・被攻撃時の中国の軍事支援等が考えられる。

 中国の習近平主席は(1)から(3)に対しては肯定的、米中武力衝突につながる恐れのある(4)に関しては、否定的対応をした公算が高い。

 9日にはポンペオ米国務長官が再訪朝し、金委員長と会談を行うと共に、拘束中の米人3人を解放し帰国させた。北の米人解放は過去10年で7回、10人に上っており、今回の解放が核問題を意識した措置であることは明白であるが、決め手ではない。

 15日には南北首脳会談、板門店宣言の一環として、初の南北閣僚級会談を実施することで両政府が合意する等、朝鮮半島問題解決への道は順調と思われた。

2. 北朝鮮の突然の硬化

 翌16日に情勢は急変した。北朝鮮は、折からの参加機数100機程度の中規模米韓空軍合同演習Max Thunderを、関係改善努力中における極めて非常識な行為、と強く非難し、前日合意の閣僚級会談の延期を韓国政府に通告した。

 更に、金桂冠(キム・ケグァン)第一外務次官は、米政府が、(ボルトン米国家安全保障担当大統領補佐官が強く推す)リビア方式の核放棄を一方的に主張するのであれば首脳会談開催の再考もあり得ると発言した。これは3月8日のトランプ大統領の首脳会談受諾後初の北朝鮮による首脳会談見直し発言である。

 翌17日、ボルトン氏は、米政府は過去の失敗は繰り返さず、北に非核化の意思がなければ米朝間調整は打ち切ると切り返した。

 22日には韓国の文在寅大統領が訪米しトランプ大統領と会談した。トランプ氏は、金委員長が非核化に真剣だと思うとの見方を示しながらも、米朝の条件不一致の場合には首脳会談に応じないと釘を刺し、「金委員長は2回目の中朝首脳会談以後、態度を硬化している」と不信感を露にした。

 それにもかかわらず、24日には、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官がボルトン補佐官のリビア方式発言に激しく反発して「米がわれわれの善意を冒涜し、非道に振る舞い続けるなら、首脳会談の再考を最高指導部に提起する」と発言した。これは金次官に続く2回目の首脳会談見直し発言であり、北への強い不信感を米側に抱かせた。

3. トランプ大統領の会談中止決断と電光石火の北朝鮮の方針変更

 同24日、トランプ大統領は16日以降の急激な事態の悪化を受けて首脳会談の中止を決断し、これを伝える書簡を金委員長に発出した。この中で同大統領は、最近の北朝鮮の米国に対する猛烈な怒りと露骨な敵意により、現時点での首脳会談の開催は不適切と判断するに至った、と述べながらも「いつの日か会えることが楽しみ」と将来の会談に含みも残した。

 突然のトランプ大統領の首脳会談中止決定に対し、北は即座に方針転換した。25日に金次官は、トランプ大統領の「勇断」を内心では高く評価してきたと持ち上げると共に、金委員長は会談準備に全力を傾注しており、北は米に時間と機会を与える用意があると、手のひらを返した。その上で、今回のトランプ大統領の決心は極めて遺憾であるとして中止の再考を求めた。

 北の矢継ぎ早な対応の第2弾として、金委員長は文大統領に対し第2回の南北首脳会談の開催を急遽要請し、翌26日の会談にこぎ着けた。そこで金委員長は、米朝首脳会談開催への確固たる意志を表明した。

4. 首脳会談再開への模索

 一連の動きを受けたトランプ大統領は「会談再設定への米朝調整が進展しており、6月12日、シンガポールでの会談開催を目指す」と27日に表明した。事務レベル調整と並行して、北の対米交渉の責任者である金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長が30日から6月2日の間訪米し、ポンペオ国務長官と最高実務レベルの最終的な詰めを行った。その後、ワシントンDCを訪問してトランプ氏と面会し、金委員長からの親書を手交した。

6月

1. 首脳会談開催決定

 会談実現への最終調整が続く中、トランプ大統領は2日、首脳会談を12日にシンガポールで行うと発表した。同時に、北と中国が主張する在韓米軍の縮小と撤退が主題になると予測される「朝鮮戦争の終結」に関しても前進できるとの見通しを述べた。この発言に対し、シンガポールのアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)に参加中のマティス米国防長官は、「在韓米軍問題は首脳会談の議題にならない」と予防線を張った。

 6日には首脳会談場所がセントーサ島カペラホテルに決定された。9日トランプ大統領は折からのカナダでのG-7首脳会議最終日を中座して出発し、大統領専用機「エアフォース・ワン」で10日シンガポール入りした。金委員長もまた、チャータした中国国際航空機で同日、現地入りした。

2. 首脳会談

 両首脳はシンガポールのリー・シェンロン首相と個別会談を行った後、12日の首脳会談に臨んだ。会談は通訳のみを交えた首脳同士、首脳を含む両国4名による会談及び参加範囲を広げたワーキングランチで構成され、最後に両首脳が共同声明に署名して終了した。

 その後トランプ大統領が記者会見を行い、同日夜に同大統領、深夜に金委員長がシンガポールを後にした。こうして全世界が固唾を飲んで見守った米朝首脳会談は終了した。首脳会談直後の時点で、その内容を推察させる公式情報は共同声明とトランプ大統領の記者会見のみであるが、共同声明の要点は次のとおりである。

3. 米朝首脳会談共同宣言
前節
• トランプ大統領:北朝鮮に安全の保証を約束
• 金委員長 :朝鮮半島非核化完結の約束を再確認

本文
(1) 両国は新たな米朝関係構築へ取り組む
(2) 両国は朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制の構築に向け協力する
(3) 北は「板門店宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全非核化に向け取り組む
(4) 両国は、身元判明者の即時送還を含め、残る戦争捕虜/行方不明者の回復に取り組む

終節
• トランプ大統領と金委員長は、共同声明の諸条項を全面的かつ迅速に履行するよう努力
• 両国は、首脳会談の成果履行のため、米国務長官と北側相当官の主導による後続交渉を可能な限り早期に開催するよう努力

首脳会談の評価

 会談直後の評価は分かれた。肯定的見方は(1)首脳会談開催の意義及び(2)「北の非核化」及び「米による北の安全の保障」の約束を評価した。否定的な意見は(1)事前に米側が最も重視した北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(以下「CVID」)に関する具体的手続きが共同声明に全く盛り込まれなかった点及び(2)北の具体的な核廃棄活動開始以前の過早で一方的な安全の約束の2点に懸念が集約される。

 拙論では主要議題である北の核廃棄と在韓米軍に加え我が国の拉致問題について考察する。

1. 北の核廃棄

 首脳会談直後の13、14両日にトランプ大統領の「北の脅威は消滅した」、「金委員長は早期に核廃棄の行動を起こす」等の自己弁護ともとれる楽観的発言が多く報道された。同時に、北朝鮮の朝鮮中央通信は13日「非核化実現過程での『段階別、同時行動の原則』の順守で一致」と、トランプ大統領の説明とは異なる合意内容を速報した。更に「非核化の段階的措置について、金委員長は米の信頼構築措置に応じて次の段階の追加的な諸措置を講じる』との立場をトランプ大統領に明らかにした」と続けた。

 双方の報道ぶりからは、「CVIDを共同声明に盛り込まなかったものの、北(金委員長)が核廃棄の約束に基づき早期に明確な行動を起こす」とするトランプ大統領の説明と北の主張が明らかに異なっていることが浮き彫りとなった。また「非核化の段階的措置も米の信頼構築措置に応じて講ずる」とする北の立場は、米側主張の柱であるCVIDとは正反対のものであり、今後の非核化過程の困難さを暗示するものとなった。

2. 在韓米軍の取り扱い

 トランプ氏は記者会見において、米朝協議継続中の米韓合同演習の中止及び将来の問題としての在韓米軍撤退の可能性に言及し関係者を驚愕させた。北は13日、金委員長による「平和体制構築の重要性を強調して『相手を敵視する軍事行動中止の先行決断』が必要」との発言に対し、「トランプ大統領は『米韓合同軍事演習の中止や安全の保証の提供、関係改善の進展に伴う対北制裁解除』の意向を表明した」と報道した。トランプ大統領もまた首脳会議における金委員長提案の肯定的論議を認めた。

 2017年12月に発表した米国の新たな「国家安全保障戦略」において、中国を“米国の主な脅威”と名指ししたのはトランプ大統領である。現下の国際情勢において、在韓米軍の役割は、従来の朝鮮半島に特化したものから、中国の大きな影響を受けるインド・太平洋地域の安定に深く関わるものへと変化している。それにも関わらず、そこに対する配慮が全くない。本発言は大局的視野を欠いたものであると言わざるを得ない。

 更に、在韓米軍の削減・撤退は北と中国の共通かつ究極の戦略目標であり、今回のトランプ氏の発言は、「予想もしなかった最高のプレゼント」を両国に送ったこととなり、如何なる好意的評価を試みてもアメリカ合衆国大統領として「不可」としか言いようがない。

3. 我が国の拉致問題

 共同声明に盛り込まれなかった拉致問題には、安倍総理も機会をとらえて繰り返しトランプ大統領と政策整合を行った。トランプ氏は会談後の記者会見において本件を金委員長に伝えたことに言及したが、北は会議前から拉致問題は解決済みと繰り返し言及した。会議後の15日にも、首脳会談での論議には一切言及せずに同様の立場を繰り返した。核廃棄と同じく本件も北の立場が二転三転してきたことから、特効薬なき深刻な問題と比喩できるものであり、今後の難航が予測される。

4. 評価総括

 上述の問題は、首脳会談結果に関する米朝の解釈や立場に、依然基本的かつ大きな齟齬が残っている明らかな証左であり、今後の核問題解決の行方の混乱を暗示する。

 鳴り物入りで開催された米朝首脳会談であるが、その結果は25年以上続いてきた核廃棄に関する米朝の基本的な対立をそのまま持ち越すものとなり、結局何ら新しい産物は出なかったといえる。この先、この状態が続くとすればその行き先は、米国の立場の柱であり世界が最も避けようとした、「北の核廃棄に失敗した『過去の過ち』」の繰り返しであり、それは世界が最も危惧する北の核保有が現実となる最悪の事態に直結することでもある。

我が国の採るべき対応

 我が国は、「首脳会談は大成功」と自己正当化するトランプ大統領の発言及び「白を黒と言い切る」一連の北独特の独善的解釈の双方に大きく振り回されてはならない。首脳会談合意、特にトランプ氏が強調する「金委員長の速やかな非核化措置」が何時、如何なる形で、どこまで行われるのか、すなわち北の措置の時期と内容を冷静に観察することが肝要である。

 首脳会談後1週間ということで、本稿執筆時点での情報は未だ限定されているのが現状である。現時点では、共同宣言にうたわれ今週の開催が濃厚とされるとされるポンペオ長官と北側相当官との最高レベル実務会談の推移が、今後の核問題解決の方向性の指標となることは確実であり注目される。

 もし、今後の北の措置がその時期と内容において我々の期待するものであれば、北の核廃棄実現が具現することで、今次首脳会談が期待通りの歴史的偉業となることは勿論である。そのような最善の経過が望ましいことは論を待たない。しかし我々は、真逆の事態、すなわち北が首脳会談合意について独善的な解釈を主張し、期待される迅速かつ十分な措置を採らない場合に予測される最悪のケース、つまり前項で述べた北の核保有事態への対応も想定しておく必要がある。

 具体的には、米朝両国と世界の努力により何とか達成した首脳会談合意が実行されない場合への我々の備え、つまり北の核保有を阻止する我々の覚悟と毅然とした準備が問われるのである。そして我々の過去の失敗は、そのような覚悟と準備こそが、CVIDを骨抜きにしようとする北を、(「力ずく」で)我々が望むプロセスに確実に引き込み、世界の究極の目標である北の非核化を平和的に達成する原動力となることを示している。

 最後に拉致問題は、これも先に述べた通り特効薬なき深刻事案である。しかしながら、核廃棄問題解決後の北の再建への経済的な役割は、我が国が持つ、軍事力とは異なる重要な切り札である。これが明白である以上、我が国は、拉致問題解決に向けて我が国のみが切り得るこのカードの使い方について、具体的かつ最適な戦略と実施計画の策定が必要である。


執筆者プロフィール
香田 洋二
ジャパン マリンユナイテッド株式会社 顧問 香田 洋二
(元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将))

1949年徳島県生まれ。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。1992年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。2009年から2011年までハーバード大学アジアセンター上席研究員。元国家安全保障局顧問。著書に『北朝鮮がアメリカと戦争する日』(幻冬舎)などがある。国際情勢を冷静に見極め、大局的な視点から分析した明快な解説に定評がある。


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