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北朝鮮核問題の本質(3) 老獪な北朝鮮の交渉戦術に対し、なす術なくゴールポストを近づける米国 (2018年7月18日正午現在) 元自衛艦隊司令官 香田 洋二 【配信日:2018/7/31 No.0281-0282-1085】

配信日:2018年7月31日

北朝鮮核問題の本質(3)
老獪な北朝鮮の交渉戦術に対し、なす術なくゴールポストを近づける米国
(2018年7月18日正午現在)

元自衛艦隊司令官
香田 洋二


 2018年に入り劇的に変化する北朝鮮核問題について、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏が解説する全3回シリーズの最終回。米朝首脳会談を終えて、米朝両国の思惑の違いが浮き彫りになりつつある。北朝鮮問題は今後どのように展開するのか、我々はこの問題にどう対峙すべきか、事態を客観的に考察し、提言する。


将来の展望

 これまで米朝首脳会談を軸に、2回にわたって北朝鮮の核問題について見て来た。初回は、同会談実現に向けた米朝両国の駆け引きに透けて見える北朝鮮の思惑と問題の本質。第2回は、会談実施を受けて、その中身について評価をした上で、今後の見通しと共に我が国が採るべき対応について提起した。最終回となる今回は、「会談後」を冷静な視点で展望する。北朝鮮と、日本を含めた関係国のあるべき姿勢について提言したい。

 なお、本稿を論じるにあたり、(1)前項以降の推移、(2)北朝鮮が強硬路線から対米対話路線へ変更した背景、についてそれぞれ文末の別紙にて略説した。ご関心のある向きは参照されたい。

1. 米側目標のなし崩し的後退:ゴールポストを動かす米国

 米朝首脳会談前の米政府は、「不可逆的」と「早期・一括」を重視した。1992年以来、北朝鮮による「一方的な核放棄や開発凍結の合意破り及び見返り援助の食い逃げ並びに核計画の再開、推進」という苦い失敗を繰り返さないためである。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)に代表される、早期かつ徹底的な北朝鮮の非核化を目標としていた。また、在韓米軍に関する事項は同首脳会談の議題として取り上げない方針であった。

 それらの完全達成が期待された米朝首脳会談後の米朝交渉の最大の特徴は、米側の当初目標であったCVIDがFFVD、つまり「最終的で完全に検証された北朝鮮の非核化」(Final, Fully Verified Denuclearization)へと大きく後退している点に収斂する。

 また、北朝鮮から敵視政策の象徴とされた米韓合同演習も、核放棄に関する北朝鮮の具体的な活動が一切確認されないまま、トランプ大統領が早々と「米韓合同軍事演習の中止」に言及したことも、米側の後退を象徴している。

 更に、米国の重要事項である朝鮮戦争戦死者の遺骨返還も、トランプ大統領の誇らしげな「遺骨200柱の返還開始」宣言が、全く事実と異なる完全な肩すかしであったことも判明した。北朝鮮側は7月12日に予定していた米朝の実務者協議には姿さえ見せず、将官級に格上げした交渉をようやく15日に実施した。実施が最も簡単な遺骨返還さえ米朝交渉の切り札としたのである。

 これらから、今日までの米朝交渉は、米側が目標の堅持にことごとく失敗して後退を余儀なくされる一方、北朝鮮は淡々と目標達成に向かい前進していることが明白となる。要するに、米朝交渉において、米国は自らの陣地で踏ん張れないまま、なし崩し的にゴールポストを北朝鮮方向に動かさざるを得ない窮地に追い込まれているように映る。

 最後に、本件の真の問題が、南北首脳会談と以後の米朝協議を、実態を無視して成功と強弁し続けるトランプ大統領と同政権の姿勢にあることを指摘しておきたい。冷静かつ客観的に見て、明らかにトランプ政権は目標の堅持に失敗して押し込まれている。それにもかかわらず、トランプ大統領は多くの案件について「大成功」あるいは「米側の目標は達成可能」との発言を継続している。このトランプ大統領の姿勢こそが、有効な失地回復策の採用を米側に躊躇させ、結果的に歯止めのないゴールポストの移動という最悪の事態を招いている元凶ではないかと危惧する。

2. 北朝鮮の体制保証をするのは誰か:北朝鮮の狙いは自前の体制保証

 北朝鮮の核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)保有目的は、国家生存と体制維持であるとされる。シンガポールでの会談後に署名した米朝共同声明において、トランプ大統領は「北朝鮮に安全の保証を与える」という表現で、北朝鮮の体制を保証した。この約束が大きな意味を持つことは当然である。だが同時に、今後の北朝鮮の非核化を進めるうえで考えなければならないことは、「北朝鮮の体制保証の主体は米国か?」という命題である。

 通常、自国の安全や体制保証は単独で行うのが理想である。しかし、第二次世界大戦後今日まで、単独で自国の安全を保証できる国は米露(旧ソ連)両国のみであり、一部の国は国情に応じて各種の同盟を選択した。

 北朝鮮に関しては中朝友好協力相互援助条約(1961年発効)が唯一の軍事同盟である。他に露朝友好善隣協力条約(2000年)があるが、これは軍事条約ではないことから、北朝鮮は自国の体制保証を中国に求めていると考えられる。同時に、世界第二の経済大国となった中国が、北朝鮮への米国の軍事攻撃に際して、全ての国益を損なうリスクが大きい正面衝突まで賭して米国と戦うか、という疑問は常に付きまとってきた。

 この不透明さへの北朝鮮の回答こそが、自前の対米戦略核抑止力である。だがしかし冷戦期の現実は北朝鮮に核開発の推進を許さなかった。やがて冷戦終了を契機としたソ連の技術と技術者の大量海外流出が、北朝鮮にとって天賦の好機となり秘密裏の核開発を可能にした。

 以後、韓国との「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」(1992年発効)を経て、1993年の核兵器不拡散条約(NPT)脱退宣言以降、国際社会は北朝鮮の真意に疑問を持ち始めた。

 そのような中で、米朝協議(1994年)、6か国協議(2005年、2007年)、米朝協議(2012年)において、北朝鮮は核開発の凍結等を関係国に約束した。しかし、合意成立後に核実験あるいは弾道ミサイル発射を実施したため、全ての合意は失速あるいは空中分解して今日に至っている。この間、北朝鮮は対米抑止と、抑止失敗時に米国の武力攻撃排除を可能とする、費用対効果に最も優れる戦力として、自前の核兵器と弾道ミサイル開発を続けた。

 この観点から、今回の対米関係改善及び核廃棄交渉を通じた米国による北朝鮮の体制保証の取り付けは、北朝鮮にとって、米国が北朝鮮の核保有を認めるまでの中間的な目標であると考えられる。北朝鮮の最終目標は、あくまでも対米戦略核抑止能力国としての北朝鮮を米国に認めさせ、その結果として、自前の対米抑止力に裏付けられた「自国による体制保証」を得ることであるのは容易に想像できる。北朝鮮の核関連施設の運転等の報道が、最近でも数件みられることは、同国が核兵器保有を決してあきらめない証拠であるともいえる。

 この核保有を前提とする北朝鮮の大目標は、核廃絶と非核化を志向する日米を含む多数の国際社会の立場とは完全に背反する。このことは、今後の北朝鮮との核廃絶交渉が「自前の核戦力保有による体制保証の達成」を狙う北朝鮮と、「核廃絶によって北朝鮮を含む地域的な安定の確立」を目指す国際社会の、両者相反する思惑が相克することを意味する。

 北朝鮮との交渉は、理論的には解決不可能な矛盾を克服して核廃棄を達成するという、人類史上例を見ない大事業への挑戦であるという強い覚悟を我々に求めている。

3. 朝鮮戦争の休戦から終戦への移行に関して忘れてはならないもの

 今次米朝会談において米韓合同演習の中止と将来問題としての在韓米軍の撤退案件が注目された。これは、朝鮮半島の平和の証として、名目上は戦争状態が継続している朝鮮戦争を完全に終結させることが念頭にある。その手続きとして、現在の休戦協定を平和条約あるいは平和協定に変更することにより、朝鮮戦争を終戦に導くことを企図している。

 その狙い自体は大いに歓迎すべきことではある。だが、北朝鮮軍の奇襲により開始され、南北軍民合計約400万人(西側の推定)の人的被害及び朝鮮半島全域の破壊をもたらした3年と1か月に及んだ朝鮮戦争である。その総括をしないまま、単に現下の米朝会談という「時のムード」に便乗した朝鮮戦争終結の企ては厳に戒めねばならない。

 現在の融和ムードの中であっても、朝鮮戦争開戦国としての北朝鮮の責任は、同国への遠慮や配慮が一切ない環境の下で、明確化されるべきである。それが行われて初めて、朝鮮戦争を終戦に導く平和条約や同協定締結への道が開けるのである。

 朝鮮戦争の総括なき表面的な休戦から終戦への移行は、当地域の将来の安全保障に対して禍根を残す公算が大きい。仮定の話としても、核保有国として認められた北朝鮮は、核能力を背景に朝鮮戦争の開戦責任自体を他国へ転嫁、あるいはそれを「うやむや」にした言い逃れを図る恐れすらあるといえる。

 同時に、朝鮮戦争の総括なき終戦は、我が国の重要問題である拉致問題も、北朝鮮の国家犯罪の責任の明確化なきうやむやな幕引きへの道を開くという最悪の事態にも通じる。

 いずれにしても、平和条約あるいは協定締結の前提として、朝鮮戦争の開戦責任は必ず明確にされねばならない。現在のムードに便乗し、単なる休戦協定の「時点書き換え」としてはならないことは肝に銘じるべきである。

<参考> 前稿以降の推移:米朝首脳会談以後の主要事項、発言等 (日本語のみ) (196KB)
<考察> 北朝鮮が強硬路線から対米対話路線へ変更した背景 (日本語のみ) (272KB)


執筆者プロフィール
香田 洋二
ジャパン マリンユナイテッド株式会社 顧問 香田 洋二
(元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将))

1949年徳島県生まれ。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。1992年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。2009年から2011年までハーバード大学アジアセンター上席研究員。元国家安全保障局顧問。著書に『北朝鮮がアメリカと戦争する日』(幻冬舎)などがある。国際情勢を冷静に見極め、大局的な視点から分析した明快な解説に定評がある。


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