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ドゥテルテ大統領“経済政策の通信簿” フィリピンの持続的成長への期待と残された課題 日本銀行職員(元IMFフィリピン担当エコノミスト) 井出 穣治 【配信日:2018/9/28 No.0283-1087】

配信日:2018年9月28日

ドゥテルテ大統領“経済政策の通信簿”
フィリピンの持続的成長への期待と残された課題

日本銀行職員(元IMFフィリピン担当エコノミスト)
井出 穣治


 東南アジア随一の成長を続けるフィリピン。もっとも、日本では、ドゥテルテ大統領の強権的な手法など負の側面ばかりが報道されており、フィリピン経済の前向きな変化が見過ごされている。本稿では、「持続性」というキーワードに焦点を当て、ドゥテルテ政権がもたらしたフィリピン経済の変化を解説し、今後の展望を読み解く。


1. 成長の持続性に関する相反する見方

 フィリピン経済は、2000年代半ば以降、(1)海外出稼ぎ労働者の送金の増加と、(2)サービス業の労働集約的な業務を受託するBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業の拡大に支えられて、高度成長を実現している。近年の経済成長率は6%台が続いており、経済規模は21世紀に入ってから約4倍となっている。

 1人当たりGDPも拡大を続け、2018年時点では3,000ドル程度の水準となっており(表1)、乗用車に代表される耐久消費財が急速に普及し始めている。こうした高度成長の実現に加えて、フィリピンでは、生産年齢人口の増加が続く、いわゆる人口ボーナスが21世紀半ばまで続くと見込まれていることもあり、日本企業の間では、その将来性に期待する向きが多い。

一人当たりGDP(フィリピン)
 もっとも、拙著『フィリピン―急成長する若き大国』(中公新書、2017年)で論じたように、内需・サービス業主導のフィリピンの経済成長は、輸出・製造業主導で経済発展を遂げた多くの東アジア諸国とは成長モデルが大きく異なっていることから、その持続性に対しては、懐疑的な声も聞かれている。

 私自身も、IMF(国際通貨基金)のエコノミストとしてフィリピンの経済審査をしていた当時、この国の成長の持続性に確信を持てない時期がない訳ではなかった。しかし、2016年に誕生したドゥテルテ政権は、フィリピン経済の持続的な成長に向けた礎を着実に築きつつある。

 本稿では、「持続性」というキーワードに焦点を当てて、ドゥテルテ政権の下での前向きな変化を俯瞰するとともに、残されている課題にも触れたい。

2. フィリピン経済の前向きな変化

 「持続性」というキーワードで読み解くと、ドゥテルテ政権の取り組みは、フィリピン経済の積年の課題を克服し、成長の持続性を高める努力にほかならない。経済政策の面では、包括的な税制改革の実現、インフラ投資の推進、という形で明確な成果が出始めている。社会秩序の面では、強権的手法の是非は別として、多くの国民は治安の改善を実感し始めている。以下、それぞれについて概観しよう。

(1)税制改革

 ドゥテルテ政権は、インフラ整備などの財源の確保や、税制の効率性・公平性の向上等を実現すべく、約20年振りとなる包括的な税制改革を進めている。

 2018年1月には、個人所得税の引き下げや物品税の引き上げを柱とした第1弾の税制改革が実施された。税制改革の内容については、IMFを始めとする国際機関も前向きに評価しており、フィリピン政府は、見込まれる税収の増加をインフラ投資に投じる方針である。現在は、第2弾の税制改革として、企業誘致の競争力を高めるべく、法人税の税率を隣国並みに引き下げることを目指している。

(2)インフラ投資

 ドゥテルテ政権は、税制改革と並んで、「ビルド・ビルド・ビルド」と銘打ったインフラ整備を肝いりの政策としており、2017年~22年の6年間で総額8.4兆円ペソの大規模なインフラ投資計画を推進している(この金額は、それ以前の6年間の実績の5倍弱の規模感であり、ドゥテルテ政権の意気込みが伝わってくる)。

 スピード感を持って投資を進めることも意識されており、従来のPPP(官民パートナーシップ)方式に固執せず、公共投資とODA(政府開発援助)による借款を併用する方式に軸足を移していることも特徴である。もちろん、執行の遅れの問題が解消されている訳ではないが、メトロマニラの地下鉄計画やクラーク国際空港の拡張工事等が着工を迎えるなど、一定の成果が出ていることは評価できよう。

(3)治安の改善

 フィリピンにとって、南部ミンダナオ島のイスラム勢力への対応は積年の課題である。2017年5月には、フィリピンの国軍とイスラム過激派が衝突し、戒厳令が発動される事態となったが、イスラム勢力との和平に向けた取り組み自体は着実に進展している。実際、ドゥテルテ大統領は2018年7月、イスラム自治政府の樹立を認める「バンサモロ基本法」に署名しており、順調にいけば、2022年にも自治政府が誕生する見通しとなっている。

 また、ドゥテルテ政権の麻薬撲滅運動に関しても、その手法の是非は別として、フィリピン国民は、歴代政権が見て見ぬ振りをしてきた麻薬問題に向き合っている姿勢自体は支持している。実際、最新の世論調査をみると、治安は改善しているとして、政権の取り組みを評価する向きが多い。

 実は、税収不足、インフラ不足、治安の悪さは、相互に関連しており、フィリピン経済を語る上での長年のボトルネックと言われてきた。「税収が不足しているために、政府の公共投資が進まず、インフラ整備も遅れる」、「治安が悪いために、海外企業は、フィリピンへの大規模な投資を躊躇しやすい」といった構図が長らく続いていたのである。

 ドゥテルテ政権の各種の取り組みは、こうしたボトルネックの解消を目指したものであり、フィリピン経済が持続的な成長を実現するための第一歩として、高く評価できる。

 もちろん、税制改革、インフラ投資、治安の改善は、いずれも道半ばであり、ドゥテルテ大統領の任期後半では、政権としてのやり抜く実行力が一段と求められる。また、フィリピン経済が「中所得国の罠」の問題を克服し、長期に亘って高度成長を続けるためには、これ以外にも重要な課題が存在する。以下では、残された課題を取り上げ、本稿を締め括りたい。

3. 生産性向上という重い宿題

 経済学では、発展途上国が中所得国の段階を突破し、高所得国の段階に到達することは、必ずしも簡単なことではないと考えられている。低所得国が中所得国の段階に移るフェーズでは、農村部の過剰な人口が都市部に流入し、安価な労働力が供給される。そして、安価な労働力の存在が競争力の向上に繋がり、経済成長の原動力となる。

 もっとも、こうした安価な労働力の供給は、どこかのタイミングで頭打ちになってしまうため、この転換点を超えると、経済成長の力も弱まりやすい。こうした「中所得国の罠」を乗り越えるためには、経済全体の生産性を高める不断の取り組みが極めて重要となる。

 ドゥテルテ政権が進めている税制改革、インフラ投資、治安の改善は、生産性向上に取り組むための前提条件の整備と捉えることも可能であり、経済全体の生産性の引き上げは、今後の大きな宿題である。例えば、成長の柱となっているBPO産業に関して言えば、労働集約的なコールセンターへの依存度を減らし、高付加価値化を進めていくことは必要不可欠であろう。

 また、製造業の不毛の地と言われて久しいフィリピンにおいて、製造業の発展に向けた見取り図をデザインすることも避けては通れないだろう。もちろん、裾野産業が育っていないフィリピンで、例えば自動車産業を育成することは簡単なことではないが、ガソリン車と比べて部品が圧倒的に少なく、すり合わせ技術も低い電気自動車であれば、もしかするとフィリピンにも勝機があるかもしれない。

 以上のような視点で、ドゥテルテ大統領の任期後半では、生産性向上を企図した産業政策がこれまで以上に議論され、実行に移されることを期待したい。


執筆者プロフィール
日本銀行職員(元IMFフィリピン担当エコノミスト) 井出 穣治

1978年、東京都生まれ。2001年、東京大学法学部卒業、日本銀行入行。2006年、タフツ大学フレッチャースクール(法律外交大学院)修了。IMF(国際通貨基金)のアジア太平洋局フィリピン担当エコノミストを経て、現在、日本銀行職員。

著書『IMFと世界銀行の最前線』(共著、日本評論社、2014)
  『フィリピン―急成長する若き大国』(中公新書、2017)


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