| 最新号 |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
IIST e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 時系列検索 |

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


IIST e-Magazine (本記事の英語版はこちら)

ハードル高まった憲法改正 時事通信社解説委員長 山田 惠資 【配信日:2018/10/31 No.0284-1089】

配信日:2018年10月31日

ハードル高まった憲法改正

時事通信社解説委員長
山田 惠資


 9月20日午後の自民党本部8階ホール。安倍晋三首相は党総裁選での自身の勝利が発表されると、会場に起こった拍手に応えて、自席から立ち上がり右手を挙げた。しかし、口元を堅く結び、表情は硬かった。党員票で石破氏が善戦したことが安倍氏には誤算だったのだ。自身が掲げる憲法改正の先行きが一気に霧に包まれた瞬間でもあった。


 9月20日午後の自民党本部8階ホール。安倍晋三首相は党総裁選での自身の勝利が発表されると、会場に起こった拍手に応えて、自席から立ち上がり右手を挙げた。しかし、口元を堅く結び、表情は硬かった。党員票で石破氏が善戦したことが安倍氏には誤算だったのだ。自身が掲げる憲法改正の先行きが一気に霧に包まれた瞬間でもあった。改憲のハードルは一段と高まったといえる。

 総裁選は国会議員、党員票それぞれ405票の計810票で争われた。開票結果は、安倍氏は553票と全体の69%を獲得。対立候補だった石破茂元幹事長は254票で31%の得票率にとどまった。外形的には安倍氏のダブルスコアによる大勝だった。特に国会議員票は405票のうち329票を獲得し82%を占めた。安倍氏の出身派閥である細田派のほか、麻生、二階、岸田各派が早い段階で安倍支持を打ち出し、安倍優勢の流れをけん引した。

 だが注目の党員票は、安倍氏が242票だったのに対し、石破氏は181票。得票率では55%対45%。石破氏に善戦を許す形となった。安倍陣営は当初、党員票でも7割以上を獲得し、石破氏の得票を3割以内に抑え込むことを目指していた。それだけに、石破氏に善戦を許したことに安倍氏もかなり動揺したことだろう。

 話は2017年5月3日に戻る。この日安倍氏は右派系団体に寄せたビデオメッセージの中で、現行条文を維持した上で自衛隊を明記することを提唱した。その意向を受けて自民党憲法改正推進本部は今年3月の党大会前、現行条文に「9条の2」を加えて、「必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として自衛隊を保持する」と明記する条文案を提示した。これに対し戦力の保持と交戦権を否認した9条2項削除を訴える石破氏らが強く反対したため、同本部として一任を取り付けるにとどめ、党大会での承認は見送った。

 そうした経緯から安倍氏は、9条を総裁選の争点に据え、石破氏に論戦を挑んだわけだ。圧勝することで、石破氏の改憲論を制圧。持論に沿って党内手続きを大きく前進させることができるとの判断が働いたのであろう。ところが、そうした安倍氏が描いた改憲路線を大きく狂わせたのが石破氏の党員票での健闘ぶりだった。

 「自民党員の間で『安倍離れ』が進んでいることを示している」。安倍氏を支持したベテラン参院議員はこう言い切った。背景にあるのは森友・加計学園問題に対する安倍氏の説明不足に対する根強い不信感だ。

誤算の連鎖

 さらに総裁選から10日後の9月30日に行われた沖縄県知事選で、与党系候補が非自民党系候補に敗れたことも、安倍氏には大きな痛手となった。

 知事選は米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設の是非が最大の争点だった。結果は安倍政権が総力を挙げて8月に死去した翁長雄志前知事の後継として移設反対を訴えた玉城デニー氏が39万6千票余りを獲得。与党系の佐喜真淳前宜野湾市長に8万票差をつけ、圧勝した。自民、公明両党は総力戦で佐喜真氏を支援したが、時事通信など各社の出口調査によると無党派層の7割が玉城氏に投票した。無党派層の行方は国政選挙でも大きなカギを握る。党内からは「首相は選挙の顔にはならない」といった声が相次いだ。

改憲路線をトーンダウン

 自民党総裁3期目に入った安倍氏にとって、残された在任期間は最長で2021年9月までとなる。残りの約3年間で最も成し遂げたいテーマは憲法改正だ。安倍氏としては総裁選を経て、「一気に改憲推進で攻勢を掛けようとしていた」(安倍氏周辺)。

 しかし、総裁選での党員での「苦戦」と知事選での敗北という誤算の連鎖という事態を受けて、安倍氏は前のめりで進めてきた改憲戦略の軌道修正を余儀なくされた。

 10月2日夕、党役員人事・内閣改造を終えた後に記者会見した安倍氏は言い切った。「具体的な条文をしっかり示していかなければ、公明党との議論も国民の理解も深まらない」

 元来、安倍氏の改憲路線における最大の関門が公明党であることは自明のことだ。このため安倍氏は、9条への自衛隊明記のほか、緊急事態条項の創設、参院選の合区解消、教育の充実・強化の計4項目を公明党と協議し、合意できたものを衆参両院の憲法審査会に提示したい考えだった。しかし公明党は、支持母体の創価学会が安倍氏の改憲路線には強く抵抗しているため、自民党と改憲論議のテーブルに着くこと自体を拒んでいる。

 10月2日の安倍氏の発言は、そうした公明党の状況を念頭に、開会中の臨時国会では、公明党との事前調整を断念し、自民党の改憲4項目の取りまとめを優先。その上で自民党単独で国会に説明する考えを示したものだ。明らかなトーンダウンである。仮に安倍氏が自民党総裁選で圧勝し、沖縄知事選でも与党系候補が勝利していれば、公明党との協議を模索する選択肢もあっただろうが…。

党内は改憲色強める

 一方、安倍氏は今回の自民党役員人事で、党改憲案の取りまとめへの強い意欲がにじみ出る体制を敷いた。党改憲案を議論する中心機関である憲法改正推進本部の本部長には改憲論者の下村博文氏を起用。また、改憲案を了承する総務会の会長には、石破氏を支持した竹下亘氏を外し、安倍氏に近い加藤勝信・前厚生労働相に差し替えた。

 党務全般をつかさどる幹事長代行には萩生田光一氏を再任。筆頭副幹事長には稲田朋美元防衛相を充てた。両氏とも安倍氏に思想信条が近い筋金入りの改憲論者だ。

 こうした体制を構築したのは、公明党との事前協議を前提とせずに、ひたすら党内論議を加速させようという狙いからだ。自民党は今の臨時国会中に単独で改憲案を衆参両院の憲法審査会に提示することを検討しているという。

 しかし、立憲民主党をはじめ野党各党は自民党の改憲案に反対する立場を鮮明にしている。投票機会の拡大を図る国民投票法の改正案の審議にも応じようとしていない。公明党が自民党との事前協議を拒んでいるのは、こうした野党側の状況に呼応している面もある。

衆参同日選論も浮上

 安倍氏が目指す憲法改正は、総裁3期目に入って一段とハードルが高まった感がある。にもかかわらず、安倍氏は改憲路線の旗を降ろそうとしない。安倍政権が、改憲を強く主張するウルトラ保守層を支持基盤としているからだ。ただし、それも衆参両院で自民、公明党など改憲支持・容認派が憲法改正案発議に必要な議席である3分の2以上を維持しているからだ。

 しかし、来年夏の参院選では自民党の苦戦が予想され、改憲派は3分の2を割り込む可能性が高い。仮にそうした事態となれば、安倍氏は改憲を掲げ続ける確たる根拠を失う。一方、参院選までに国会で改憲案の発議を終えるのは、日程的に絶望的だ。このため安倍氏は参院3分の2割れを回避するため、投票率が上がる衆参両院の同日選に打って出るのでは、との観測も出ている。

 無論、それでも衆参両院かいずれかで議席を大幅に失えば、安倍氏は首相として引責辞任に追い込まれるかもしれない。安倍氏の改憲路線は来年夏にかけて重大な正念場を迎える。


執筆者プロフィール
山田惠資
時事通信社解説委員長 山田惠資

1982年に上智大学を卒業し、時事通信に入社。政治部記者、ワシントン特派員、政治部長、仙台支社長などを経て、2016年7月から現職。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
(本記事の英語版はこちら)


| 最新号 |この記事のカテゴリー: オピニオン・論説 |
IIST e-Magazineのバックナンバー:| カテゴリー検索 | キーワード検索 | |
2010年度以前 (IIST ワールドフォーラムメールマガジン) のバックナンバー:| キーワード検索 | 時系列検索 |