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平成30年度国際教育者招聘事業 (IEJ) (2) 日本の思い出と共に ファーンバンク小学校(米国ジョージア州)教師 (ESOL:外国語としての英語教師) ラシア ブルックス【配信日:2018/10/31 No.0284-1091】

配信日:2018年10月31日

平成30年度国際教育者招聘事業 (IEJ) (2)
日本の思い出と共に

ファーンバンク小学校(米国ジョージア州)教師
(ESOL:外国語としての英語教師)
ラシア ブルックス


 IISTは2018年6月24日~7月5日、日本人子女教育に携わる欧米の先生方・教育関係者を招聘する「IEJプログラム」を実施しました。前号に続き、プログラム参加者の報告を掲載します。


旅の始まり

 「母国語が英語ではない生徒のための英語 (ESOL)」クラスで教えている日本人生徒の一人がジョージア日本人商工会 (JCCG) からの申込書を興奮気味に手渡してくれた時、すべてが始まった。それは「国際教育者招聘事業 (IEJ)」プログラム参加者選考のための願書だった。この事業の目的は、日本人生徒を教室に迎え入れる際、彼らのニーズによりよく対処できるよう、日本人の文化や歴史、信念、日常生活に関する見識を欧米の教育者に提供することである。

 合格の知らせを受け、私は早速日本について調べ始めた。そこで探し当てたものは、エチケットや歴史に関するあふれんばかりの知識、そして公共トイレについての持て余すほど多くの情報だった。しかし、私の行ったあらゆる調査は日本での実体験とはかけ離れていた。私の日本への訪問は、リサーチと現実は異なるものだという見本のようなものだった。来日前には、日本では地味な服装をして生真面目に振舞わなければならないのだろうと考えていたのだ。

 この誤解を抱くに至った原因は、おそらく日本人生徒との交流によるものだと思う。彼らはみな真剣に学習に取り組み、授業中には真面目で勤勉な一面しか見せることがない。だから今回、女性たちのファッションセンス、多くの地元の人々が見せてくれたユーモアのセンスはうれしい驚きだった。その双方を私は、引率者や通勤の人々、訪問先の学校の先生方やスタッフ、さらには仏教の僧侶を通じて直接体験した。

人生の教訓

 私の日本への旅はわずか12日間。ある国やそこで暮らす人々について完全に理解するために十分な時間とはいえない。様々な文化的、歴史的な活動や体験に参加する機会を与えられたが、日本で過ごした時間について手短に述べることは難しい。けれども、日本について学んだことを要約しなければならないとしたら、それは誇り、見た目に対する心配り、平和ということになるだろう。

きれいに並べられた場外市場の海産物

きれいに並べられた場外市場の海産物

 私の経験によれば、日本ではあらゆる行為に人々の自尊心が感じられる。店先の陳列であれ、美しくアレンジされた食事であれ、きめ細やかにコーディネートされたファッションであれ、あるいは整然とした教室であれ。物事が秩序正しく動いていることも日本は誇るべきことだと思う。もう一つ、日本人が胸を張っているものが、もっともなことだけれど、自国の歴史に関する知識だ。私の出会う誰もが日本史に精通していたように思う。

 東京のように賑やかな都会でも、ほぼあらゆるものが効率的に機能し、整然とまとまっていた。電車やバスを待つために列を作るといった単純なことにも考え抜かれたやり方があった。アメリカでは、多くの電車や地下鉄の駅は「自分の身は自分で守らなければならない」という雰囲気がより強く、そのことがしばしば混乱やケンカの原因になる。

 日本では至る所に調和の取れた特有の雰囲気が存在するのだ。人々は礼儀正しく、ショッピングモールや駅、学校、レストランといった社会のあらゆる領域で互いを思いやる。自然や年長者、パーソナルスペース(個人空間)等も尊重されている。これは一つには多くの日本人が神道や仏教を敬っているためであろうと思う。

 今回の訪日にはいくつかのハイライトがあった。一つは、東京の小学校への訪問だ。学校への到着と同時に私たちは屋外集会で歓迎を受け、続いて体育館では4、5年生の一部によるすばらしい音楽会が開催された。集会に参加するまで、私は大きな不安を感じていた。生徒は私を気に入ってくれるだろうか。言葉の壁が大きすぎて授業がうまくいかないのではなかろうか。先生方は教室内の私の存在に抵抗を感じるのではないだろうか。だが、受け持ちの生徒たちの可愛らしい好奇心に満ちた顔を目にした瞬間、すべての不安は吹き飛んだ。

立会小学校で行われた対面式

立会小学校で行われた対面式

立会小学校で催された金管バンドの演奏

立会小学校で催された金管バンドの演奏


鈴乃屋(東京)で展示されていた着物(訳注:特別に撮影許可を得ました)

鈴乃屋(東京)で展示されていた着物(訳注:特別に撮影許可を得ました)

 私たちが訪れた各学校の先生方はアメリカの教師より毎週一日余分に、おそらくより長時間働いているが、私たちが教師として望むことは同じだ。生徒たちに教室の中でも外でもよい結果を出してほしい。私たちが訪問した私立学校では外国から教師を受け入れていた。その外国人教師たちの中には、日本を自身や家族の永住の地とする決心をした者もいた。このことは日本について多くを物語っている。すなわちそこは、自分たちの母国語が通じなくても、家族を住み慣れた土地から引き離してでも、人々が移り住みたい国だということだ。

 日本文化についてより奥深い見識を与えてくれるような学校外での活動もあった。私は京都の伏見稲荷神社(鳥居)を訪れた。また東京では、有名な呉服専門店の鈴乃屋で着物の着付けも体験した。新幹線にも乗った。鉄道システムには全く独自の文化があるものだ。他の乗客と静かに共存するための暗黙の了解が存在する。多くの人が読書をし、あるいはスマートフォンに没頭している(もちろんイヤホンを付けて)。フリータイムには、高級料理店や小さな家族経営のレストランに入る仲間もいた。何もかも最高だった!私たちはまた、鹿が旅行客の間を自由に歩き回る宮島を見学した。いくつかの寺院にも足を運んだが、世界最大の木造建築である東大寺や、世界最古の木造建築である法隆寺もその中の一つである。さらに広島の平和記念資料館、原爆ドームも見学した。そこにはこの都市の持つ厳粛な中にも平和な雰囲気が漂っていた。

東大寺大仏殿

東大寺大仏殿

広島の原爆ドーム

広島の原爆ドーム


ホームステイ

 日本での経験のどれをとっても最高の待遇を受け、私はいつも賓客のような気分を味わっていた。だが、それを特に強く実感したのはホームステイの期間だった。訪問団が斑鳩町役場に到着すると、そこには歓迎メッセージを掲げたホストファミリーが待ち受けていた。ホストファミリーとの対面が終わると、私たちは見事な太鼓の演奏でもてなされ、斑鳩町長から短い歓迎の言葉をいただいた。

 セレモニーの後、私たちは各々のホストファミリーと共に会場を後にした。私の受け入れ先は米村家。お母さんのAyuko、お父さんのTakashi、9歳の女の子Meika、6歳の男の子Koukiの四人家族だ。こんなに親切な家族にはこれまで出会ったことがない。猛暑が続いていたので、彼らは私の部屋を十分に涼しく保つよう気遣ってくれた。お母さんはまた、私のためにすばらしい食事を用意してくれた。私は箸が上手に使えることを自慢げに披露した。翌日の夜、私の生活の一端を知ってもらい、また、もてなしへの感謝の気持ちを伝えようと彼らのために夕食をこしらえた時、今度は彼らが器用なフォーク遣いを見せてくれた。米村家はまちがいなく永遠に私の人生の一部であり続けるでしょう。

 訪れる先々の都市でお土産を買った。でも、私が持ち帰った最も価値あるお土産は、私たちには異なるところもあるけれど、それ以上に似ているところも多いという気づきである。 今回の体験、そしてそれらが与えてくれた教訓に私はこれからもずっと感謝し続ける。

成田空港

成田空港


執筆者プロフィール

ラシア ブルックス
LaShia Brooksはジョージア州アトランタの教師。カリフォルニア州サンディエゴの出身。18年前にアトランタに移り住み、生活の根を下ろした。昔から子供と関わることが好きで、教職の道を選ぶ。小学校教師としての経験は、14年間。そのうち4年は、ジョージア州アトランタディカーブ郡の学校組織のESOLで英語を指導した。キャリアを通じ、彼女は自身の教授法に影響を与える多くの経験を積んでいる。直近の経験の一つが今夏の日本訪問だった。LaShiaは、日本での経験から学んだ知識を活かし、生徒への理解をより深め、彼らのためにいっそう尽力するつもりだ。


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