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深刻化する出版不況―海賊版サイトの対策に苦慮 共同通信社 文化部長 加藤 義久 【配信日:2018/10/31 No.0285-1092】

配信日:2018年11月30日

深刻化する出版不況―海賊版サイトの対策に苦慮

共同通信社 文化部長
加藤 義久


 書籍や雑誌の売り上げが低迷、出版不況が止まらない。漫画単行本の不振の背景には「海賊版サイト」の存在も。サイトへの接続遮断は反対論が強く、政府の有識者会議は対策取りまとめを断念。被害の重大性と、憲法の「通信の秘密」に挟まれ、出版界の苦悩は深い。


 出版不況が止まらない。書籍や雑誌の売り上げの長期低落傾向が続いて回復の兆しが見えない上、出版界を支えてきた漫画単行本の売り上げ減が目立ち始め、業界には危機感が広がる。背景には、インターネットで漫画などを無料で読める「海賊版サイト」の存在も指摘されているが、ユーザーがサイトを見られないよう接続を遮断する「ブロッキング」には反対論が根強く、政府の有識者会議は海賊版対策取りまとめを断念。出版界は被害の重大性と、憲法が保障する「通信の秘密」「表現の自由」の間にはさまれ、苦悩が深まっている。

若者の本離れ

 出版科学研究所(東京)の調べによると、2017年の紙の出版物販売金額は、雑誌は前年比約10%減の約6548億円、書籍が前年比約3%減の約7152億円で、合計約1兆3701億円。市場規模としては、ピークだった1996年の2兆6564億円の約52%にまで落ち込んだことになる。約20年で業界全体の売り上げが半分になったわけで、出版関係者が危機感を募らせるのも当然といえる。

 右肩下がりで出版物の販売が減少しているのは、スマートフォンやゲームの普及などによる若い世代を中心とした「本離れ」が原因として挙げられる。全国大学生協連の「学生生活実態調査」で「読書時間ゼロ」の大学生が半数を超えるというショッキングなデータも。本離れの影響は書店の数にも如実に表れており、約20年間で1万店近くが姿を消したともいわれている。どの地方にもあった町の書店だけでなく、再開発絡みとはいえ東京都内の大型書店も減少傾向にある。Amazonなどインターネットで本を買う人が増えているとはいえ、書店の減少は目に見える形での「本離れ」の象徴にもなっている。

 雑誌と書籍を比べると、より深刻なのは雑誌だ。1970年代半ばから「雑高書低」と呼ばれて出版を牽引してきたが、2016年に41年ぶりに書籍を下回った。インターネットで手軽に情報を入手できるようになったほか、電子雑誌の読み放題サービスの浸透などもその理由として挙げられる。「ハリー・ポッター」シリーズや吉野源三郎さん原作の「漫画 君たちはどう生きるか」などベストセラーが出ると一息つける書籍と違い、週刊誌のスクープも売り上げ増に直結しにくい。コンビニの雑誌売り場も目に見えて狭くなっている。

低迷する漫画誌

 雑誌不振の主な要因となっているのが、漫画誌の低迷だ。2017年は少年・少女漫画誌の落ち幅が大きく、若い世代の漫画誌離れが顕著。出版科学研究所の調査では、かつて600万部以上を誇った最大部数誌「週刊少年ジャンプ」が180万部台まで減少、「週刊少年マガジン」も90万部を割った。漫画誌は読者が気に入った作品を見つけて単行本を購入する「カタログ」の機能を果たしており、その不振は単行本の売り上げに直結する。「ゆくゆくは漫画市場全体の冷え込みにつながる」と危惧する漫画誌編集者も。

 ただ、2017年の調査を見ると、紙の単行本の販売不振を電子コミックの好調が支えており、漫画そのものの市場規模には大きな変化はなかったという。この年は初めて紙の漫画単行本の売り上げを電子版の漫画単行本が逆転。読者が電子版を好んで読むようになり、縦スクロールなど電子版仕様の作品も相次いでいる。大手出版社は自社のスマートフォン用アプリで無料ページを充実させるなど新しい読者の獲得に力を入れており、市場全体の落ち込みに電子の成長で対抗しようと試行錯誤を続けている。

海賊版への対応

 苦境にあえぐ出版社が期待をかける電子コミック。だが皮肉なことに、インターネット上の漫画サイトが出版社を苦しめている。

 作家や出版社の許可なく複製された漫画や雑誌をインターネットで無料で読める「海賊版サイト」。著作権侵害の被害が近年深刻化し、今年2月には日本漫画家協会が「全く創作の努力に加わっていない」にもかかわらず「利益をむさぼっている」などと強く批判する声明を発表した。政府は4月、海賊版サイトによる被害は数百億~数千億円として、「漫画村」など3サイトについて、通信事業者に自主的な接続遮断を促す緊急避難措置を決定。そのための法制化を掲げて、出版や通信、法律の専門家らによる有識者会議を発足させた。

 だが、ことはそう簡単には進まなかった。漫画ビジネスの崩壊を憂える出版業界は「ほかに有効な手段がない」として接続遮断を支持した。だがインターネット事業者が利用者のアクセス先を監視しなければならないため、憲法が定める「通信の秘密」を侵害するとして反対する声も強く、両者の溝は埋まらないまま。有識者会議は中間報告をまとめる予定だったが、賛否両論を併記する案にも「両論併記では法制化につながる」と反対の声が噴出、取りまとめを断念し、会議は無期限で延期となった。今後は、接続遮断の法制化方針を打ち出している政府の対応が焦点となる。

 海賊版サイトの被害は確かに深刻だ。その後、漫画村の閲覧はできなくなったが、類似サイトは後を絶たないという。正規版と見間違う精巧なサイトもあり、そうと気づかずに利用した人もいたかもしれない。なにげないアクセスが積み重なって漫画雑誌や単行本が売れなくなり、漫画家や出版社、書店の収入を直撃する。さらに、クリエーターが時間と労力と才能を注いで生み出した作品に対する正当な対価が得られなくなることは、当事者だけでなく次世代の育成に影響を及ぼし、文化そのものの衰退を招くことにもなりかねない。

 一方で漫画家たちは長年、自由な表現のために戦ってきた。海賊版サイトを批判するちばてつやさんも「表現者として常に大切にしてきた『表現の自由』や『知る権利』において(接続遮断という)今回の手段が諸刃の剣になりかねないと危惧もしている。守るべき自由の理念と、きれい事では済まされない醜い現実の狭間で、身を引き裂かれるような思いだ」と複雑な胸の内を明かしていた。

 議論が暗礁に乗り上げる中、漫画村を巡る情報公開訴訟で、サイトにサーバーを提供していた米IT企業の情報開示からサイトの運営者が特定されたことが10月末に明らかになった。原告側は今後、運営者への損害賠償請求訴訟も検討するという。海外のサーバーを経由するためサイト運営者の特定や削除要請が難しいとされてきたが、これにより、憲法に抵触する恐れのある遮断以外の対策が可能となるかもしれない。運営者の特定や警告を行うほか、誰もが楽しめる安価な正規版のサイトをつくって電子版の普及に努めるなど、地道な取り組みを進めることが漫画家や出版文化を守ることにつながるのではないだろうか。


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