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観光地域づくりに取り組む日本版DMO (1) アイヌ文化に彩られた阿寒観光の挑戦 NPO 阿寒観光協会まちづくり推進機構 理事長 大西雅之 【配信日:2018/11/30 No.0285-1093】

配信日:2018年11月30日

観光地域づくりに取り組む日本版DMO (1)
アイヌ文化に彩られた阿寒観光の挑戦

NPO 阿寒観光協会まちづくり推進機構構 理事長
大西 雅之


 北海道の観光産業は、すでに農業と漁業を合わせた規模となっており、北海道の発展を担う主要産業である。インバウンド観光で成長を続ける中、阿寒湖温泉はアイヌの文化を見つめ直し「地域の本物の力」を大切にしたまちづくりに取り組んでいる。アドベンチャーツーリズムに磨きをかける一方で、地元の合意形成を大切にした地域経営を進めている。


北海道には歴史も文化もあった

英国出身で日本在住の実業家 デービッド・アトキンソン氏は、観光立国には『気候』『自然』『文化』『食事』の4条件が必要と指摘している。だが、残念ながら北海道には歴史・文化がないとよくいわれてきた。しかし近年、状況が変わってきた。北海道というひとつのエリアに縄文時代から綿々と続く一万年を超える先住民の伝統と文化を継承するアイヌ民族が世界的にも稀有な存在と評価が高まっているのだ。

私の故郷である阿寒湖温泉は、北海道東部の内陸部に位置する。一帯は火山・森・湖が広大な景観を織りなし、手つかずの自然を擁する阿寒摩周国立公園に指定されている。釧路市街地から車で約80分のここは、アイヌ民族と和人が共生してまちづくりを進めている数少ない観光地だ。

まちづくりの一貫したテーマは「アイヌ文化に彩られた国際リゾート」である。アイヌの人々は、人間も自然の一部であり、あらゆるものに精神が宿ると考えた。彼らは大自然と共生し、山や湖などの自然をはじめ、多くの恵みをもたらす動植物も神(カムイ)として祈り、感謝をささげながら暮らしてきた。そうしたアイヌの自然や動植物との共生の世界を、まちづくりでは大切にしたいと考えている。

アイヌの民族衣装に身を包み、伝統的な弦楽器「トンコリ」で伝承歌謡を弾くアイヌ女性。取材に訪れたナショナル・ジオグラフィック・フェローは、 Fantastic ! を連発した。後ろは、立入規制エリアにある樹齢700年ともいわれる巨木。

アイヌの民族衣装に身を包み、伝統的な弦楽器「トンコリ」で伝承歌謡を弾くアイヌ女性。取材に訪れたナショナル・ジオグラフィック・フェローは、 Fantastic ! を連発した。後ろは、立入規制エリアにある樹齢700年ともいわれる巨木。

釧路市の誘客エンジンとして集まる期待

取組みの中心となるのが阿寒観光協会まちづくり推進機構だ。昨年(2017年)11月に観光庁から「観光地域づくりのかじ取り役」とされる日本版DMOに認定登録された。人口減による国内観光の衰徴に対応するために滞在型とインバウンド観光に強い思いを込めている。

昨年度の釧路市全体の宿泊延べ数は約153万人、阿寒湖温泉地区で約61万人、対前年比約106%である。外国人宿泊延べ数については釧路市全体で約15万人、前年比17.3%の増加で、その約8割を阿寒湖温泉地区が担っている。

釧路は、訪日客を地方へ誘客する取組みを進める「観光立国ショーケース」(観光庁)や、国立公園を世界水準の「ナショナルパーク」へと進化させる「国立公園満喫プロジェクト」(環境省)など、国の主要な観光政策が集中し、市民の観光への期待も大きく変わった。2020年に釧路市全体でインバウンド27万人、阿寒湖温泉地区で25万人と倍増を目指す高い目標が設定され、関係者のモチベーションも大いに高まっている。

アドベンチャーツーリズム市場に挑む

阿寒湖温泉地区における観光のメインテーマは、アドベンチャーツーリズム(AT)。地域での自然、異文化体験、アクティビティの三大要素のうち2つ以上を組み込んだ旅行形態を指す。世界で49兆円とも試算されるこのAT市場において、当地区はその日本の拠点になることを目指している。ターゲットは富裕層のアドベンチャーツーリスト・滞在顧客(香港・シンガポール、欧州・北米・豪州)である。

現在、世界的なATの組織であるATTA(Adventure Travel Trade Association)との緊密な連携の下に、ATを目的とする訪日客にも対応できるガイドの養成や、地域が持つ魅力を最大限に活かした多彩な滞在プログラムの開発を進めている。ATTAの調査では、日本のAT競争力指数はアジア第1位(世界第13位)と高評価で、ATの三大要素について「どれも高いレベルで揃っている」と評価をいただいた。

私たちは今年2018年は、体制を整えるホップ、来年は次に掲げるような重点プロジェクトが形になるステップ、そして2020年は成果を示すジャンプと目標を定めている。具体的には、経済産業省、国土交通省と連携し、ATTAの年間最大イベントであるアドベンチャートラベルワールドサミット*の早期誘致を実現したい。

*観光関係者を中心に世界50か国超から1000人近い参加者が集まる。2018年はイタリアのトスカーナで開催された。

アドベンチャーツーリズムの聖地をめざして! ビギナーからエキスパートまで、誰もが楽しめる阿寒湖のアドベンチャーツアーも多数用意されている。

アドベンチャーツーリズムの聖地をめざして!
ビギナーからエキスパートまで、誰もが楽しめる阿寒湖のアドベンチャーツアーも多数用意されている。

走り出した四つの重点プロジェクト

1. 夜の森を舞台にした「阿寒フォレストルミナ」のスタート

民族も宗教も超えた自然との共生をテーマに、夜の阿寒湖の森を歩く。光と音の演出によるデジタルアートを通してアイヌの神々からのメッセージを受け取る。阿寒摩周国立公園内で新しいアイヌアートの表現に挑戦したい。(カナダではカナディアン・インディアンの文化をテーマに20万人集客の実績がある。)

2. 「世界で唯一のマリモの自然生息地」へのプレミアム・ガイドツアーの実施

阿寒湖に生育するマリモは、その美しい球状から「湖の宝石」とも呼ばれる日本の特別天然記念物である。そのマリモとマリモが生息できる自然環境の素晴らしさを伝えるための観測ツアーを実施する。前出の「国立公園満喫プロジェクト」のシンボル的な体験プログラムとして、マリモの保護と活用が両立できるツアーを作り上げたい。

3. アイヌ文化の強力な見える化「パロコロ・プロジェクト」の推進

異文化交流をテーマに、和人とアイヌ民族が共生する町全体を特別な異日常空間にする種々の施策。代表的な取組みとしては、町内の空き店舗やホテルのロビー、公園などにアイヌアートを展開する「まちなかアートミュージアム」がある。パロコロは、アイヌ語で「おしゃべりな人」の意味である。

4. 国際的な山岳リゾートにふさわしいガイドツアーの開発

阿寒湖温泉から最も近接し、温泉が流れる小川や、冬でも雪が積もらず、苔が地面を覆う山頂付近など、地熱地帯と呼ばれる独特の環境が広がる白湯山。魅力あふれるこの山の「白湯山自然探勝路」を国際的なトレイルコースとしてブランディグする。

本年4月に、これらのプロジェクトの運営主体ともなる事業会社(DMC)として、阿寒アドベンチャーツーリズム(株)が設立された。阿寒湖温泉旅館組合など地元を中心に、外部からもJTB、日本政策投資銀行、日本航空など15社から合計4億円の出資をいただいた。「マネジメント・マーケティング戦略を担うDMO」 と、「中核プロジェクトの推進を担うDMC」の両輪体制で事業推進を強化したい。

阿寒湖温泉の夜を彩る幻想的な「千本タイマツ」。阿寒を訪れた人と阿寒の街に住む人が、夢や願い事を祈り札に書いて、一つの自然を共有し、一緒に祈りを捧げて行進する。9月~10月にかけて行われる。

阿寒湖温泉の夜を彩る幻想的な「千本タイマツ」。阿寒を訪れた人と阿寒の街に住む人が、夢や願い事を祈り札に書いて、一つの自然を共有し、一緒に祈りを捧げて行進する。9月~10月にかけて行われる。

13年かかった合意形成

地域経営は、あくまで「合意形成」が不可欠である。2002年から入湯税のかさ上げによる財源確保の仕組みづくりを目指したが、地元全体の合意が得られず今一歩で実現できなかった。

しかし諦めず、13年の歳月を経て、2015年4月に旅館経営者の合意形成を図りながら民間から提案して、ついに実現することができた。これは、全国で初めての取り組みであったが、その後、北海道上川町、九州別府市などに広がりを見せている。

着実に進むまちづくり

こうして確保した独自の観光財源を活用して長期的な計画の下、阿寒温泉地区の玄関口に「阿寒フォレストガーデン」を整備してきた。観光客をお迎えするウェルカムゾーンの役割を担う。その一つの果実として、本年8月、その中の駐車場が運用を開始した。次の目標はアドベンチャーと異文化交流の中心基地としてのアドベンチャーセンター(仮)の建設である。

振り返ってみると、我々のまちづくりは団体周遊旅行から個人旅行へ、そして国内マーケットからインバウンドマーケットへと、時代の変わり目とともに大きく変化してきた。変わり続ける決意が必要である。しかし、変わらないものもある。これは地域の本物の力であり、私は郷土力と呼んでいる。

69年の歴史を持つ、まりも祭り。湖の妖精としてアイヌの人に大切にされてきた「まりも」は国の特別天然記念物であると同時に、幾度も絶滅の危機に瀕してきた。そんな「まりも」を保護するために始まったこの祭りは毎年10月、アイヌ伝統の儀式で厳粛かつ幻想的に執り行われる。

69年の歴史を持つ、まりも祭り。湖の妖精としてアイヌの人に大切にされてきた「まりも」は国の特別天然記念物であると同時に、幾度も絶滅の危機に瀕してきた。そんな「まりも」を保護するために始まったこの祭りは毎年10月、アイヌ伝統の儀式で厳粛かつ幻想的に執り行われる。

改めてかみしめるアイヌ文化の英知

今、北海道は、「イランカラプテ・キャンペーン」を推進している。「あなたの心にそっと触れさせて下さい」の意味を持つアイヌ民族の挨拶言葉を北海道のおもてなしの合言葉にする運動である。アイヌ文化への関心の高まりとともに着実に浸透してきている。

「もし、この北海道にアイヌ民族がいなかったらと考えてみてください」と問いかけられて、改めてアイヌ文化があることの幸せを実感した。アイヌの死生観、生活観、自然との共存などは現代社会が失った価値観そのものではないかと感じている。

「先進国家における進歩」とは何であるか、そのことを考えるヒントが先住民の生き方の中にあると私は確信する。『悠久の大地・北海道を訪れて、先住民の英知に触れ、もう一度人生を見つめ直してみませんか! 』を次のメッセージにしたい。


執筆者プロフィール
大西雅之
鶴雅グループ 鶴雅ホールディングス株式会社 代表取締役社長
NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構 理事長事
大西 雅之

釧路市生まれ。東京大学経済学部経営学科卒業後、三井信託銀行入行。1981年 (株)阿寒グランドホテル入社し、2016年鶴雅ホールディングス(株)代表取締役に就任する。現在、北海道内で12か所のホテルを経営。北海道経済連合会副会長をはじめ、「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」委員、「アイヌ政策推進会議」委員等、多数の要職を務める。道東各観光地の連携に奔走し、観光庁から「観光カリスマ百選」に選定されたほか、「平成28年度観光関係功労者国土交通大臣表彰」を受賞。


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