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インドネシアの再「工業化」と日本 独立行政法人 日本貿易振興機構 (JETRO) アジア経済研究所 理事 佐藤 百合 【配信日:2018/11/30 No.0285-1094】

配信日:2018年11月30日

インドネシアの再「工業化」と日本

独立行政法人 日本貿易振興機構 (JETRO)
アジア経済研究所 理事
佐藤 百合


 インドネシアのジョコ・ウィドド政権は、任期5年の最終年を迎えている。来年4月の大統領選挙でジョコ・ウィドド大統領は2期目を目指している。1期目の実績を目に見える形にすべく数々のインフラ案件の仕上げに余念のない日々だが、インフラ開発のその先の目的は「工業化」にあると大統領はいう。インドネシアで、今なぜ「工業化」なのか、その背景を考えてみたい。


「工業化」と「川下化」

 ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権発足からちょうど4年を迎えた2018年10月20日、現地有力紙コンパスに大統領へのインタビュー記事が掲載された。そのなかでジョコウィ大統領は、経済に関する質問に答えて繰り返し「工業化」と「川下化」というキーワードを使っている。川下化とは、インドネシアでよく使われる言葉で、国内にある原材料を加工して製品化することを指している。

 現政権の実績としておそらく筆頭に挙げられるのはインフラ開発であろうが、その実績に満足しているかと問われた大統領は、インフラ開発は中長期にわたって続けなければならない、と答えて、その理由を次のように説明している。経済成長が消費だけでなく生産に支えられて持続するには、川下化と工業化が必要だ。その方向に進むには条件があって、そのひとつがインフラ整備である。インフラ整備は、ジャワ中心主義ではなく、インドネシア全体、とくにジャワ外で行うことが大切だ。それによって、(資源を有するジャワ外の各地方における)川下化と工業化が促されるからだ。

 また、通貨ルピアの下落に対する政府の対応を問われて、大統領はこう答えている。市場の信頼を得ることが最も重要で、それには経常収支赤字を改善させなければならない。そのためには、どうしたら製品輸出を増やせるか、付加価値を高める工業化を進められるか、その努力を市場に見てもらわなければならない。

 ジョコウィ大統領は常日頃、インフラ開発やデジタル産業を鼓舞する言動で知られているが、ここでは改めて経済開発の原点として工業化の必要性を強調しているのである。

資源ブーム後の今こそ工業化を

 大統領のこの認識は的を射たもので、まさにインドネシアは今こそ工業化のアクセルを踏む時期にある。

 2000年代のインドネシア経済は、6%成長の軌道に乗り、リーマンショック後の世界金融危機を最小限の減速で乗り越え、いたって順調にみえた。しかし、その裏では、2000年に総輸出の59%を占めていた製品輸出が2010年には41%にまで縮小していた。中国の二桁成長に牽引された資源ブームの下で、インドネシアは未加工・低加工の資源輸出に大きく傾斜したのである。中国、そして同じく高成長のインドに向けて、石炭とパーム原油の輸出を伸ばし、この2品目でインドネシアは世界最大の輸出国へと躍進した。

 インドネシアのような資源富裕国は、資源の国際価格が高騰するたびに経済の構造的な資源依存が高まる傾向がある。国内に何らかの工業化推進力が存在しないかぎり、工業化が停滞あるいは後退してしまう。「資源の呪い」とか「オランダ病」と呼ばれる症状である。1970年代の石油ブームの時には、原油が8割を占める輸出構造になった。だが、産業構造は、スハルト体制による重工業化、自動車部品国産化などの推進もあって、国内総生産に占める製造業シェアは拡大を続けた。

 石油ブームの終焉後、景気低迷下で製品輸出の振興策が打ち出され、1990年代にはインドネシアは合板、アパレル、電気製品などの工業製品輸出国に変貌したのである。ところが、2000年代に資源ブームがやってくると、上述のように輸出が資源主体になったばかりでなく、国内総生産に占める製造業シェアもはっきりと下降に転じた。民主化後の各政権が、スハルト体制のような強力な政策介入をあえて避けたこともひとつの要因となって、パーム油、天然ゴム、林業資源などの加工産業は後退した。

 現ジョコウィ政権は、2011年をピークに資源価格高騰が終息した後に発足した。成長率は5.0%前後で低迷したままである。ようやくインフラ投資などで内需のエンジンがかかり始めた矢先に、アメリカの利上げ政策やトルコ通貨危機などの外的要因によってルピアが下落し、利上げと輸入抑制に動かざるを得ない苦しい展開である。

 しかし、資源ブームが終わった後の現在こそ、工業化と川下化に向けて投資を誘導する政策的インセンティブが重要な意味をもってくる。ジョコウィ大統領も、工業化のための前提条件としてインフラ開発を位置づけている。また、輸入抑制は一時的な措置であって、より重要なのは製品輸出の拡大であり、それを支える工業化の推進だ、という認識を示しているのである。

日本との関係

 インドネシアは、人口ボーナスがまだしばらく続く間、投資拡大にともなって輸入が増加し、それをバランスさせるだけの輸出力の強化が必要となる。国内で産する資源の川下化で付加価値を高めることによって、あるいは内需プラス輸出向けの工業生産拠点となることによって、輸出力を拡大できる余地はインドネシアにはある。日本の投資は、このインドネシアの目指す方向を後押しし、同時にアジアの成長市場を自らに取り込むことにもなり得るだろう。

 日本は、インドネシアが1990年代に工業製品輸出国となった時期を含めて、一貫してインドネシアを石油、天然ガス、石炭、鉱石などの鉱物資源の輸入元と位置づけてきた。2010年代に入っても、日本のインドネシアからの輸入の45-47%までを鉱物資源が占めていた。しかし、この数年で変化が現れている。2017年には鉱物資源の割合が36%まで落ち、代わって化学品、アパレル、鉄鋼製品、電気機械、自動車部品などが額、シェアともに少しずつ増えている。総輸入額は停滞しているが、構造に変化が起き始めたことは注目すべきである。

 ただし、輸入が増えているのは、製品ばかりでなく、宝石や天然ゴムなどの鉱物以外の原材料も目立つ。また、インドネシアが本来その恵まれた気候を活かして競争力を強化すべきである農水林産品・加工品・食品の輸出力がまだ弱く、日本への輸出は世界向け輸出に比しても限定的であることなど、課題も見えてくる。日本の強みを活かし、かつインドネシアの工業化・川下化、すなわち産業高度化にも資するような日本インドネシア間の貿易・投資関係の再構築の可能性を、より広い視野をもって検証することは意味のある作業であろう。この点は、両国外交関係樹立60周年を記念して本年末に公表される予定の両国政策提言書においても、ひとつの重要な柱になる予定である。


執筆者プロフィール
佐藤 百合
佐藤 百合(さとう ゆり)
日本貿易振興機構(JETRO) アジア経済研究所理事

上智大学卒業後、アジア経済研究所に入所。1985~87年、96~99年に在インドネシア研究員、2008~10年にインドネシア商工会議所特別アドバイザー。インドネシア大学経済学博士。専門はインドネシア経済・産業・企業研究。2015年10月より現職。JETRO理事としては東南アジア・オセアニアを担当。著書に『経済大国インドネシア』(アジア・太平洋賞大賞、国際開発研究大来賞)『アジアの二輪車産業』『民主化時代のインドネシア』など。


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