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住友化学のアフリカ展開とSDGs ~社会課題への効果的な支援のあり方と持続性の模索 住友化学株式会社 執行役員 広岡 敦子 【配信日:2019/1/31 No.0286-0287-1098】

配信日:2019年1月31日

住友化学のアフリカ展開とSDGs
~社会課題への効果的な支援のあり方と持続性の模索

住友化学株式会社 執行役員
広岡 敦子


 2018年10月25日、大阪において、当センターは国際連合工業開発機関(UNIDO)、近畿経済産業局と共催で「SDGsビジネスチャレンジセミナー ~途上国ビジネスの成功事例から~」を開催した。各企業の技術力を活かした製品・サービスによる「事業そのものを通じたSDGs貢献」の観点から、当日講演された住友化学株式会社の広岡敦子執行役員より、改めてビジネスでの取組みをご寄稿頂いた。


 住友化学でマラリア防除用「オリセット®ネット」が開発されたのは1990年代の最後。会社の事業として始めたわけではない。一人の研究員が、「マラリアを撲滅する」という信念を持って進めたものである。1980年代に牛を管理するための耳タグに殺虫剤を含浸させた製品があり、それを発展させた工場の網戸が生まれ、そしてこの製品が生まれた。

 マラリアを媒介するハマダラカは夜活動する。開発者は、日本古来の蚊帳に殺虫剤を含浸させ、その中で寝ればマラリアで苦しむアフリカの人たち、特に幼い子供たちの命を救えると考えた。

 特徴は樹脂製の蚊帳の糸に練りこまれた殺虫剤が、20回洗濯しても必ず一定量表面に染み出ること、それが忌避、殺虫作用を持つこと。そして暑いアフリカという地を考え、網目を大きくして通気性を良くしたことである。弊社の持つ殺虫剤と樹脂が合わさった技術であることから、弊社の“ハイブリッド・ケミストリー”を代表するものとなっている。

世界を巻き込んだ一大事業へ

 オリセット®ネットは、2000年に国連がSDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)の一つにマラリア撲滅を掲げた頃から需要が拡大し始めた。

 2001年には、WHOからセルフ・プロテクションとして優れている、として初めて推奨を得た。当初、中国で製造していたオリセット®ネットだが「アフリカが自力で問題解決を行う一助となるように」と、WHOからアフリカ現地での生産要請を受けてからは、社としての一大事業となっていく。

 ほどなくWHO、UNICEF、貧困問題に取り組む起業ファンドのACUMEN、保健衛生分野で活動するNGOのPSI等、国際的機関と住友化学がタッグを組むプロジェクトとなり、タンザニアの蚊帳製造会社、AtoZ テキスタイル・ミルズ社が現地パートナーに選ばれた。

 その後、2003年に製造技術を無償提供、2007年には増産のため同社とJVを設立した。2005年には、ダボス会議において米国の女優シャローン・ストーンが蚊帳配布のための寄付を呼びかけた。国連からは、一家に二張り蚊帳を配るためのスケールアップを要請され、それに応えるため、一気に増産をかけた。

 その結果、2010年には中国、ベトナム、タンザニアの三か所で6000万張りの生産量を達成した。

タンザニア工場

タンザニア工場

ゼロからスタートした現地製造

 技術移転の際は、日本から技術者が長期出張ベースで出向き、お正月を返上して手取り足取りの技術指導を行った。当初は弊社の製造規格基準が厳しすぎるという声が上がり、アフリカン・スタンダードで十分だとする現地の経営者との間に軋轢もあった。だが、基準を緩めるわけにはいかない。議論を重ね、経営トップは理解してくれるようになったが、現場での指導は一筋縄ではなかった。

 工場で働いたこともない大勢の現地スタッフを動かすには、しっかりとしたリーダーシップと知恵が必要となる。20代で現地入りした弊社社員も、人懐っこさでタンザニア人の中に入り込む一方で、厳しい指導で現場を仕切るようになっていった。その結果、いつしかそれまでのアジア製と遜色のないオリセット®ネットができあがっていった。

 工場は現地に運営を任せ、日本人は常駐していない。ピーク時におけるタンザニアでの雇用者数は7000人。うち8割以上が女性である。オリセット®ネットは、マラリア防除だけでなく、現地の雇用創生、それによる貧困撲滅、女性への職場提供と、複数の副産物を生みだした。つまり、MDGsの開発目標にぴったりと合致していたのである。

タンザニア工場内部©Maggie Hallahan

タンザニア工場内部©Maggie Hallahan

ビジネスはサステナブルでなければ成り立たない

 この10年間で蚊帳の競合は14社に増えた。中国、インドの会社が多い。現在全社を合わせた年間蚊帳供給能力は2億張り強、供給量は1億張りを超す。市場は変わり、価格は大きく下がった。公共資金を元に蚊帳を購入する買い手側としては望ましい状況である。反面、蚊帳を生産・供給する側は、ビジネスとして非常に厳しい状況に直面している。

 ビジネスはサステナブルでなければ成り立たない。利益を次の開発やイノベーションに回せない。弊社は蚊帳製造会社ではなく、化学会社である。蚊帳のみならず、ベクターコントロールと呼ばれる防疫薬剤や製品一つの開発に莫大な開発費と時間がかかり、開発費を取り戻すために、10年以上もかかってしまう。

 それでもこの事業の社会的意義は大きい。化学会社としての私たちの使命は、“最強の殺人生物”と言われる、病気を媒介する蚊の数を少しでも減らすこと、そしていかに人が蚊に刺されないようにするかを追求することである。

新たな懸念の浮上

 この15年でマラリアによる死亡者数は半減し、罹患者は6億件も減った。そのうち68%が蚊帳の、さらに10%がIRSと呼ばれる室内残留散布剤の貢献によるものである。意義を大いに感じる一方で、ここ1~2年、マラリア罹患者数は横ばいである。順調に減ってきた罹患者数が増えている地域さえある。

 原因はいろいろ推測されるが、ベクターコントロール分野で考えられる原因の一つに、すべての蚊帳に使用されているピレスロイド系殺虫剤に対して、抵抗性を持つ蚊が多く発生していることが挙げられる。

たゆみない課題への取組み

 それらの対策として、2012年に第2世代の蚊帳「オリセット®プラス」を弊社にて開発・上市。さらに40年ぶりの新しい作用機序を持つIRSとしてスミシールドTMを開発、2018年から販売開始をしている。

 さらに蚊の幼虫を駆除する殺幼虫剤の新製品スミラブ®2MRも開発している。殺成虫剤である空間噴霧剤スミプロTMも含めると、多彩な製品群を備えていることになる。これら蚊帳、IRS、殺幼虫剤、空間噴霧剤をうまく組み合わせて、効果的かつ効率的にマラリアもしくは感染症対策を行うべく計画している。

 アフリカの蚊は強く、抵抗性を持った蚊も日本での入手は難しいため、2013年にはタンザニア工場の隣に研究所を設立した。ここでも所長にケニア人を据え、他のスタッフは全員アフリカ人。日本の研究所から計画的に技術者を送ったり、また日本に来てもらって、技術指導をしたり、住友イズムを学んでもらったりしている。

 2017年には抵抗性の蚊が多く発生する圃場近くに、実際の家屋をかたどったフィールド・ステーションを設置した。次なる蚊帳やIRS剤、さらにはその先のツール開発を加速させていく予定だ。

マラリア罹患数減少への貢献 サステナブルなビジネスの実現を目指して

 サステナブルなビジネスの追求についてもあきらめたわけではない。この業界はWHOをはじめとする多くの国際機関、アカデミア、NPOなど多くのステークホルダーで成り立っている。

 開発においては国際的NPOのIVCCが開発企業のパートナーとなって援助をしてくれている。新製品の供給面においても、国際機関のUNITAIDやビル&メリンダ・ゲイツ財団といった世界的な財団が新たにサポートを名乗り出ている。新規のイノベーティブな製品であることが支援条件だが、それだけベクターコントロールに対して継続的なイノベーションが期待されているということだ。

 最後に、弊社は将来の世界的人口増加による食料問題、とりわけアフリカにおける食料増産の必要性から、農業の強化を目的に、タンザニアに住化イーストアフリカ社を2014年に設立した。まだ事業に至るまでの調査が主業務であり、まずは生産性を上げるための貯穀被害対策や肥料から着手し始めている。

 日本と違って、許認可等に時間がかかり、4年経った今も試行錯誤が続いているのが実情だ。それでもタンザニアに拠点を設けたことをきっかけに、将来のアフリカにおけるサステナブルなビジネスを期待し、努力を惜しまない所存である。


執筆者プロフィール
住友化学株式会社 執行役員
広岡 敦子

執行役員生活環境事業部アニマルニュートリション事業部担当
外資系化学会社を経て、2006年10月住友化学入社。マラリア防除用蚊帳「オリセット®ネット」の普及・販売に携わる。ユニセフ、WHO、グローバル・ファンドなど国際購買機関との交渉を担当。2012年11月にベクターコントロール事業部長となり、蚊帳を含む防疫薬製品の開発、生産、マーケティング、販売を管轄。2016年4月より生活環境事業部となった同事業部及びアニマルニュートリション事業部担当の執行役員。


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