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配信日:2001年9月17日

関西総領事館物語

経済産業省 経済産業政策局 調査統計部 構造統計課
課長

仲田 雄作

領事館の動向を見ることによって、2国間の経済関係を考察することができる。関西には130年以上前から各国の領事館が集中している。その背景と最近の動向を紹介する。

国と国との間の外交関係を円滑に行うため、通常、各国(接受国:受入れ側)の首都に、(派遣国:送り出し側の)特命全権大使が公務を行う「大使館」が設置されている。いわゆる(派遣国からみた)在外公館には、この首都に設置される「大使館」の他に、首都以外に設置される「領事館」がある。
 「領事館」の任務は、「派遣国及びその国民の主として通商上、経済上の利益保護その他これと関係のある各種の業務」を行うことである。この業務の中には、「両国間の経済を中心とした各種関係の発展」や「接受国の経済を中心とした各種情報の報告」に加えて、「旅券、渡航証明、査証の発給」、「出生・死亡・婚姻届の受理」が含まれる。
 このことからわかることは、「領事館」は、(派遣国にとって)経済的に重要で、かつ自国民が多数住んでいるところに設置されるということである。したがって、「領事館」がどこに設置されているかを見ることによって、派遣国と接受国の間の経済関係がどのようなものであるかを理解することに役立つことになる。
 日本には、この「総領事館」が集中している地域がある。日本で2番目の経済規模をもつ関西地域である。大阪市を中心として、現在約20の「総領事館」が設置されている。(ちなみに、「総領事館」とは、総領事が公務を行う場所で、一般の「領事館」より格上とされている。現在、関西に設置されているものは、すべて「総領事館」である。)一般の日本人で、この「総領事館」の実態を知っている人は、ほとんどいない。関西にある「総領事館」の国名を全部言える人は、まずいないと思われる。(筆者も関西に勤務するまでは知らなかった。)そこで、本稿では、この関西の「総領事館」の実態の一端を紹介する。日本と諸外国との関係についての理解の一助となれば幸いである。

 関西における「領事館」の歴史はきわめて古い。1867年に、米国と英国の領事館が神戸に設置された記録が残っている。ちなみに、1867年は日本の年号で慶応3年にあたり、明治時代以前に領事館が設置されたことになる。翌1868年(明治元年)には、フランス、オランダ、ドイツ、デンマークの領事館が設置され、以降1906年にかけて、合計20カ国の領事館が設置された。このことは、神戸港が当時の交易港として如何に栄えたかを示している。神戸港は、東の横浜港と並ぶ2大交易港として、日本の外国貿易を担っていた。これに伴い、神戸には多くの外国人が居住し、外国商館が建てられた。今でも、神戸を訪れると当時の雰囲気の名残を感じることができる。
 このように、当時の神戸は、経済的に大変重要で、自国民の居住者が多いという、「領事館」の設置条件をまさに満たしていた。神戸が関西の「総領事館」のルーツであったわけである。
 以来、関西は日本の外国貿易の中心の一つであり続けている。現在でも、関西の人口及びGDPにしめる全国シェアは17%であるのに対して、貿易のシェアは20%前後あり、人口や経済の規模に比べて、関西の日本の貿易に占める比率は高い。

 第2次世界大戦期間中、これらの領事館の多くは閉鎖されるが、戦後、日本の国際社会への復帰に伴い、領事館が再開されていく。1953年の時点で、神戸には、米国、フランス、オランダ、ブラジル、パナマが、大阪及び神戸には、英国(大阪総領事館と神戸領事館)、ドイツ(大阪・神戸領事館として2事務所)が、大阪には中華民国(台湾)が(総)領事館を設置している。これらの内、ブラジルと中華民国(台湾)は、その後総領事館を閉鎖しているが、それ以外の国は現在までも総領事館を維持しており、関西総領事館の中の老舗といえる。ここで興味深いのは、上記の国の内、米国と英国を除く国(フランス、ドイツ、オランダ、ブラジル、パナマ、中華民国(台湾))は、この時点では大使館を設置していなかったということである。これは、これらの国が如何に経済関係を重視していたかを表しているとみることもできるし、現実問題として、居住する自国民が増加したことで、領事館のニーズが高まったことの現れであるとみることもできる。いずれにせよ、戦後の日本における外国公館の再開が、大使館に先行して神戸の領事館から始まったことは、戦後の日本と外国との結びつきが経済中心に発展してきたことを象徴する事例として興味深い。
 以来、関西の(総)領事館の数は、(閉鎖される領事館もあったが)徐々に増加していく。設置される場所は、神戸または大阪であったが、大阪港、大阪経済の発展に伴い、徐々に大阪に総領事館を設置する国が徐々に増加してきた。1985年時点では、大阪にある総領事館の数と神戸にある総領事館の数はほぼ同数であったが、1990年の時点では、大阪にある総領事館の数は14、神戸にある総領事館の数は7と、大阪と神戸の関係が逆転している。しかしながら、この時点でも、神戸には、まだかなりの数の総領事館が設置されていた。
 1995年に起こった阪神大震災は、関西の総領事館の分布に決定的な変化を引き起こした。神戸にあった総領事館の多くが被害を受け、大阪に移転を余儀なくされたのである。このため、震災後も神戸に残った総領事館は、パナマと韓国(神戸)の2カ国だけになってしまった。韓国の神戸総領事館は、2001年7月に閉鎖されたため、現在ではパナマだけが残っていることになる。このように、関西の総領事館は、神戸が発祥の地であるが、ここ50年の間にほとんど全てが大阪に移動してきている。この背景には、関西の中での神戸の相対的な地盤沈下と大阪の発展がある。領事館の分布の変化が、関西経済の変化をそのまま反映していると見ることができる。
 なお、韓国の総領事館について付け加えたい。2001年7月に神戸総領事館が閉鎖されるまでは、韓国は関西に2つの総領事館(大阪、神戸)を設置している唯一の国であった。この背景には、大阪と神戸に多くの韓国国民が居住しており、韓国にとって関西が非常に重要な地域であるということがある。
 また、中国にとっても関西は重要な地域であり、他にあまり例が見られないが、中国の大阪総領事は大使級として扱われている。中国の大使館設置が比較的最近のことであり、それまでは総領事館だけが設置されていた期間が長いこともその背景にあると考えられる。
 これらのことは、いずれも関西と中国及び韓国との結びつきの強さを象徴している。

 関西の各国総領事は、いずれも自国の経済や文化を紹介することに熱心であり、その積極的な広報活動によって、関西の国際化の推進に多大な貢献をしている。各国の総領事館の活動が今後全国的により広く知られることを期待したい。
 以上、総領事館の変遷の視点から、日本と外国との関係を見てきた。最後に、最近懸念される事項について述べたい。2000年以降、予算の制約等の理由で3カ国の総領事館(ニュー・ジーランド、メキシコ、韓国(神戸))が閉鎖されている。各国の事情によるものであるが、日本と各国との関係強化の観点から、このような動きが拡大しないことを祈るものである。


 
 
 

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