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配信日:2010年7月20日

東北の地で織り上げられる最高品質の「日本のじゅうたん」
−オリエンタルカーペット(株) 代表取締役社長 渡辺 博明 氏 インタビュー−


国内経済の低迷、激しいグローバル競争、後継者の確保など、製造業を取り巻く環境が依然厳しい中、伝統的な手織りによって日本の美を追求し、世界に誇る絨毯を生み出す会社があります。伝統技術の発展・継承し、日本のものづくり文化を支えてきた歴史と今後について伺いました。

オリエンタルカーペット(株)プロフィール

昭和10年、山形県・山辺町に創業。以来、伝統的な手織技術と、独自の化学洗濯艶出加工(マーセライズ)技術により、美術工芸品とも言える高品質の絨毯を一貫生産。皇居、迎賓館、バチカン宮殿など、内外で多くの著名建造物に納品実績がある。第3回ものづくり日本大賞経済産業大臣賞受賞。


◇御社の沿革から聞かせていただけますでしょうか。
渡辺博明社長渡辺:
 私どもの会社のある山辺町は、もともと藍染業や木綿織業が産地として点在し、我々の前身も木綿織の会社でした。昭和初期の冷害凶作による不況の際、非常に疲弊した状態になり、子女の身売りまで行われました。そんな時に創業者が、女性の仕事場を何とか作りたいと考えていたところ、たまたま中国の絨毯に出会った。絨毯は当時から日本でもある程度裕福な方が使われるものなので、あまり経済の波に左右されないであろうということで始めたのが手織り絨毯、我々の山形緞通であり、オリエンタルカーペットの前身なのです。昭和10年、直接中国人の技術者を招き、2年間で技術を教わり、手織りの絨毯を作り始めたので、文化の伝播ではなく、飛び火的な形で山形にこの産業が根付いたのです。
 当時は、海外向けの生産が大きなウェイトを占めていました。戦後、アメリカの市場に中国から大量に物が入り、海外での競争が非常に厳しくなる。日本の経済もだんだん良くなっていく中で、これからの絨毯作りをどうするべきか、会社としては一つの岐路に立たされるわけです。
 そんな時に、皇居新宮殿の仕事を頂きました。これは約1年半のボリュームがあり、それでうまく輸出から国内向けの生産に切り替えることができました。新宮殿はエポック的な納品になり、新宮殿で大きい仕事をやったことによって、当社の知名度、当社しかできないマーセライズという化学洗濯艶出しの技術が情報発信されて、建設工事の内装の仕事を頂くようになり、納入実績を積み重ねてこられたわけです。

◇マーセライズ技法は、非常に難しい技術なのですか。
手織り渡辺:
 マーセライズ技法の難しさは、完成品がこの色に変わるという想定のもとに毛糸を染めるところにあり、これができるのは日本で我々だけです。しっかりした原料、しっかりした染め、しっかりした織組織、この3拍子が揃わないとできないため、マーセライズに耐えられるのは、絨毯としてはしっかりした品質の証なのです。
 現在、日本人が作る手織り絨毯で幅10mくらいのものは、当社を含め、2箇所しか作れません。大型の製品は、薬品の溶液の均等さなどが難しく、そういう意味で、マーセライズは我々の一番の武器なのです。しかし、水を吸った絨毯は重いし大変ですから、やはり非常に厳しい作業です。10mサイズのマーセライズは、大型建築向けのフィールドがないと技術としては伝承できなくなってしまう。いろいろな仕事を頂く中では、そういうフィールドがあるというのは技術の伝承にとってもありがたいことです。

◇最近では個人向けの商品にも力を入れているようですが、そのきっかけは何ですか。
手織り作業を見学する来訪者渡辺:
 バブルが崩壊して施設向けの納入が少なくなってきた中で、価格競争ではなく、きちんと手織り絨毯の価値を理解したお客様に買っていただくような仕組み作りを、歯を食いしばってもやっていく必要があります。値段だけが重視される世界では、我々の仕事は続けられないと思うのです。
 個人のお客様に対して強い思いを持ったのは、年間2000人くらいのお客様がおいでになる工場見学がきっかけです。時々の出会いの中に、日本にこんなものがあることを知らなかったと、ご購入をいただくことがあります。うちの工場・存在を知っていただくことにより、一つのビジネスが生まれます。建設にずっと特化してきた中で、我々自身もっともっと個人のお客様に対する情報発信をする。山形県以外は、隣県の宮城でもうちはほとんど無名ですから、まだまだ情報発信に力を入れなければなりません。
 ただ、完全な手織りではなく、クラフトンという工具を使って織る手刺の絨毯は全く別な考えです。これまでは、各小売店に対して、カタログをもとに同じデザインの手刺絨毯を提案していました。しかし、ショップによっては家具のテイストも違うので、それぞれオリジナルデザインをご提案したところ、国内の有力なインテリアショップなどに、少し販路が広がりつつあります。ある程度の価格帯のところは、別にオリエンタルブランドでなくても、ショップのブランドでいいと考えます。でも本当にいいものは流通の中に流していくのではなくて、直接お客様に届くような仕組み作りを、これから考えていきたいと思っております。
 会社として一番力を入れなければいけないのは、小さい核となる本物志向のところは絶対に手を抜かないで、それこそ愚直にやっていかなければなりません。その上で、いろいろな方との連携や技術の応用により、品ぞろいだけはきちんと広くして、いろいろ新しいモノづくりをやっていきたい。

◇そのひとつが、奥山清行さんとの「山形工房」プロジェクト(※)ですね。
 国や県が助成をしたプロジェクトの中で、山形工房はある程度の数字をきちんと出したプロジェクトだというお話をいただいたことがあります。ただ助成金をいつまでも頼りにするのでなく、奥山さんは、3年なら3年で自立する力を付けなければならないと、常々言われていました。現在、山形工房はグループとしての活動はしていません。
 奥山さんとのコラボレーションは、奥山清行さんという付加価値と、なおかつ奥山さんのデザイン力と繊細な色遣いの商品だと思います。我々のデザイナーは、当然ですが、織りやすさも考えてデザインしますが、奥山さんのデザインはまた違います。我々は逆に勉強させていただいたり、織り方の工夫をしたり。いろいろしながらどう低コストにしていくか、このプロジェクトではいつも勉強させられて来ました。

◇伝統を守るにも、新しい挑戦をするにも、職人さんの技術にかかっていると思いますが、人材の育成や技術の伝承はどのようにされているのですか。
渡辺:
 その問題は、これから事業を継続していく中では、経営課題の一つになっているという事実はあります。ただその手織りの職人に関しては何とか20代・30代の女性がもう一人前の技術に達しましたから、その彼女たちと今の40代の女性たちを中心に次の代につなげるという工夫ができるのかなと思っております。経験として同じ時期に採用し、お互いに競い合い、支え合いながら、実際の織りをしながら覚えていく、二人ユニット制を採用したのが、意外に良かったのではないかと思います。
 退職後も働いて頂いている方もいます。織画が得意な人、絨毯が得意な人、文化財の修復が得意な人と、お互いの得意なところを認め合う中で、うまく連携をしてもらいたいなと思います。

◇現在も、女性の職人さんが中心ですね。
昭和初期に建てられた工場 会社の建物は昭和24年につくられたものですが、女性の働き場所ということで、創業者がとにかく光が入るようにと、窓を多くしたのです。非常に女性の定着率がいい会社でした。そのころはオリエンタルに勤めていると言うと、お見合いのときにも「あそこなら間違いないね」と言われた(笑)と、うちの祖母が言っていたこともありますから。そういう意味では、女性の労働力の先取りですよね。もしかしたら山形の女性が織っているから、我々の持つ山形緞通の柔らかさや風合いが生まれるのかもしれません。

◇これからはどんなところに力を入れていきたいですか。
渡辺:
 手織りというのは、職人が座って、縦糸に毛糸を結んでいくのですが、1日に7cmくらいしか織れない。織画になると2cmくらいです。結局たくさんは作れないわけですから、会社自体を大きくしようとは思っていません。ただ我々のモノづくりがきちんとお客様に理解していただける情報発信を会社としては続けなければいけない。値段だけで判断されてしまったら、厳しいところがある中で、我々の技術をもっともっと磨いた幅の広い展開を考えていくべきだなと思っています。
 例えば織画などの、職人技を生かすような一品作というものを幅広くやっていきたいと思っています。その反面、OEM的に、インテリアショップとの共作で品ぞろえを増やし、うまく工場の稼働率を上げていくこともやるべきだと考えています。また、文化財の復元というのは我々のモノづくりのフィールドを一番発揮できる所で、こういったところを我々はもっともっと情報発信をしていく必要があります。
 ここ最近、ニュースで登場するいろいろな施設の絨毯などを見て、随分うちの絨毯が出てくるなと思いながら、やはりこれは先輩方が作ってくださった実績ですから、これは宝物として我々のモノづくりの核として大事にしながら、技術をきちんと伝えていくことが大事なのかなと思います。
 我々の会社は本当に山形の小さな田舎の会社ですから器用ではないのです。ですから営業にはお客様のところに足しげく通いましょう。モノづくりはいいものを作りましょうと。愚直という言葉はあまり器用でないとか、世の中では悪くとられる場合があります。しかし、愚直な姿勢でモノづくりも営業も当たっていくのが、大変だからこそ、私としては一番大事にしたいところなのです。

※オリエンタルカーペットは、世界的工業デザイナー奥山清行氏が2006年より始めた「山形工房」プロジェクトに参画。同プロジェクトは、奥山氏と山形県内の地場産業がコラボレーションし、伝統技術を活かして付加価値の高い商品を開発し、海外展開を行った。


 
 
 

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