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配信日:2010年7月20日

インダストリアルツアーで見た日本の底力

タイ王国大使館
次席公使

シントン・ラーピセートパン


(財)貿易研修センターは、APECが開催されている本年(2010年)、在京のAPECメンバーエコノミー地域代表者・外交官等を対象に、岐阜の地域経済や文化を紹介する岐阜インダストリアルツアーを5月26日〜28日に実施いたしました。この度、ご参加いただいたタイ王国大使館シントン・ラーピセートパン公使に、ツアーの所感をご寄稿いただきました。

 二十世紀の最後の十年はよく「日本の失われた十年」と言われます。平成の幕明けと共に日本経済がそれまで続いていた好景気から一転してバブル経済が崩壊したいわゆる平成バブルが始まり、二十世紀が終わるまでその不況から立ち直れなかったからそう言われたのです。新しい世紀に入って日本経済は回復の兆しが少し見えかかっていましたが、2008年のリーマンショックでまた大きな打撃を受け、不況からの完全脱出には至らないため、二十一世紀の最初の十年間もまた「日本の失われた十年」になるのではないかと言われるようになっています。この一連の不況で日本は戦後復興・高度成長期を経て蓄えてきた経済力が減退し、長年維持続けてきた外貨準備高第一国の座を中国に譲り、世界第二の経済大国の地位が中国に引き摺り下ろされるのも時間の問題だという状況になっています。

 このように日本、とりわけ日本経済に対する失望感が強い中、私は(財)貿易研修センター(IIST)主催の岐阜インダストリアルツアーによって逆に日本の底力を再確認できたように思います。私事ではありますが、当初私はこのツアーに参加する予定ではなかったのです。当タイ大使館は昨年の12月に新しい大使が着任し、IISTからこのツアーの案内が来たとき、日本の各地にはまだ訪問する機会の少ない大使の地方視察の絶好のチャンスだということで大使の参加をIISTに申し込んだのです。残念ながら、後になって同じ時期にタイから閣僚が来日することになり、大使がその応対で東京にいなければならないため、急きょ公使である私が代わりに参加することになったのです。私自身も実は4月半ばに着任したばかりで引越しもやっと十日前に済んだばかりなので、正直なところまだ出張するには気があまり進まなかったのですが、今になって振り返ってみると参加してよかったと思っています。

 今回のインダストリアルツアーは岐阜県を2010年5月26−28日の二泊三日の日程で回りました。来る10月にアジア太平洋経済協力(APEC)の中小企業担当の閣僚会議が岐阜県で開催されることから、今回のツアーは岐阜になったそうですが、全体の日程は必ずしも中小企業の視察に限定しておらず、IISTと経済産業省の中部経済産業局、そして岐阜県庁との調整でバランスの取れたプログラムになっていました。少々強行軍の日程ではあったが、岐阜県の多方面の良さを学ぶことができ、大変素晴らしい旅でした。
白川郷訪問、太平洋工業株式会社訪問、東京窯業株式会社訪問 この企画は「インダストリアルツアー」というものですから、当然産業の視察が日程の大部分を占めますが、「産業」と一言で言っても様々な分野のものがあり、今回のツアーではそういう意味で岐阜県の幅広い分野の産業の視察ができたのです。最先端技術を持つ産業もあれば、伝統的な産業もありました。従業員が千人規模で海外にビジネスを展開している大企業もあれば、小規模の中小企業のようなところもありました。また、産業以外にも高山市や白川郷の散策で日本の伝統文化や古来の知恵に触れることもできました。

 視察を通じて実感したのはまず日本産業の技術の高さです。これは今回のツアーで見学したすべての企業に共通して言えることではないかと思います。例えば太平洋工業株式会社の場合は会社の主要製品の一つであるタイヤバルブとバルブコアが国内では100%近く、世界市場でも二割を超えるマーケットシェアを持っているそうで、日本のほとんどと世界の五分の一の自動車のタイヤがこの企業の生産したバルブを使っていることを考えれば、素人でもその技術は世界一だとわかるでしょう。家具製造の飛騨産業株式会社の「曲げ木」やスギの木加工に使われている「加熱圧縮」技術も大変優れたもので、技術移転ができれば現在あまり活用されていないタイの軟質木材にも応用できるのではないかと感心して見学しました。また、サンプルビレッジ・いわさきの模型製造も日本国内の一位のマーケットシェアを持っており、小規模ながらその技術は世界に類を見ない大変ユニークなもの持っています。

 高度な適応性と応用力によって著しい技術開発が進んでいることも今回のツアーで見学した企業の共通点ではないかと思います。車のタイヤバルブの製造から始まり、現在はプレス・樹脂製品、制御機器製品など幅広い自動車部品や家電・電子機器の製造に拡大した太平洋工業株式会社や、前身の東京窯業株式会社の煉瓦作りの技術を応用して高温・高熱産業用機器の耐火物製造に活用している株式会社 TYKなどの技術開発は本当に称賛に値します。また、江戸時代の日本伝統の刀剣作り職人が明治時代の廃刀令後にその技を活かして刃物製造業に変身し、今日の第一線を走る企業で日本のカミソリの代名詞にまで上り詰めたカイインダストリーズ株式会社も大変印象的でした。それぞれの企業の今日の成功は「臨機応変」の精神と絶間ぬ努力と研究開発の賜物と言っても差し支えないでしょう。

 今回のツアーで感心したもう一つのことは日本は自然環境を念頭において開発を進めているということです。三洋電機のソーラーアークを例にとってみてもわかるように、館内の展示の内容はさることながら、その建造物を建てる思想自体は素晴らしかったように思います。 形や大きさといい、新幹線からはっきり見えるような目立つ所や角度で建てることといい、すべてを考え尽くした上で造ったように思えます。その結果、ソーラーアークは一般の科学館とは一味違った、子供たちに地球環境問題と太陽光発電の科学への関心を高める最適な施設になったと思います。また、飛騨産業のスギの木の活用も単なる大量に放置されているスギ森林の経済的効果を上げる狙いにとどまらず、森林の保全やその活性化による二酸化炭素の削減につながり、地球温暖化防止の有効な手段として考えられています。

 今回岐阜県を回って痛感した最後のことは日本は伝統を守り続けていることです。岐阜県には世界に誇る最先端技術を持つ企業が数え切れないほどある一方、飛騨高山の旧市街や白川郷の合掌造り集落のような、昔のままの日本、伝統的な日本が大事に保存されているのです。「温故知新」の精神にしたがった素晴らしい調和が岐阜県の、強いては日本の最大の魅力ではないかと思います。

 日本は今少子高齢化や食料自給率の低下、100%を上回る国内総生産比の公的債務など、様々な問題を抱えており、日本経済はおろか、日本国自体の未来に懸念を抱く人も少なくないと思います。しかし、私は上述した通り今回のインダストリアルツアーを通じて岐阜県の各産業の底力をまざまざと見せつけられたのです。日本の官民が一体となってその底力を活用して現在直面している諸問題に取り組んでいけば、過去何回もあったように危機を乗り越えることはできるはずです。「ものづくり」日本、まだまだ健在です。

(原文:日本語)


 
 
 

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