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配信日:2010年9月21日

成長戦略は長期の視点で
「アジア内需」には危うさも

共同通信社
編集局委員

猿渡 純一


ようやく回復への糸口をつかみかけようとする矢先に訪れた円高という景気への逆風。過去、日本経済は何度かこうした不運な事態に見舞われたが、そのたびに、官民あげての努力で難局を克服、再び成長軌道への復帰に成功してきた。今回の不況もいずれは回復軌道をたどるだろう。しかし、日本経済は循環的な好不況にとどまらない長期的な制約要因を抱えている。将来への展望を切り開くには目先の不況対策とは別の対応を検討する必要がある。

 1990年代から今日まで、不良債権の処理に手間取っている内に、日本の金融・サービス産業はグローバル戦略を考えるゆとりもないまま、欧米に決定的な後れをとった。これに対し、製造業は、大企業から傘下の中堅・中小企業まで、生産現場に蓄積された高い技術力を背景に国際競争力を維持、むしろ着々と世界に地歩を拡大してきた。

 一方、国内の個人消費はほとんど伸びず(時にはマイナス)になっている。ほとんどの商品が普及限界に達したという市場の成熟に加え、雇用者所得が低迷しているのが主因だ。少子高齢化や人口減といった長期要因を踏まえると、今後国内の消費需要に多くは期待できない。
 この事実を背景に、今後の日本経済は製造業の強化を基本にしようという「モノづくり」立国論が有力になり、低迷する国内市場より、むしろ躍進するアジア諸国への輸出拡大に将来を託そうという「アジア内需」論が台頭している。実際、リーマン・ショックで経済活動が水浸しになったあとの日本経済を支えたのは、輸出の回復、とりわけ中国をはじめ、めざましい回復力を示した新興国群への輸出に負うところが大きい。
 ただ、「ものづくり」立国、「アジア内需」論いずれにも課題があり、前途は必ずしも盤石ではない。確かに、アジア各国の成長ぶりは目覚ましい。ことしの通商白書(以下「白書」)によれば、個人消費需要の中核となる中間層・富裕層は2020年には現在の倍、20億人に達し、市場規模では最大の米国並みに達するという。地の利を得た日本がその市場獲得競争で欧米より優位に立っているのは事実だ。 

アジアの中間層推移

 しかし、アジアは欧州など他の地域とは比較にならないくらい、歴史的、政治的な多様性をかかえ、利害関係も複雑に絡み合っている。しかも、今やこの地域で最大の影響力を持つのは日本ではない。政治と経済的利害を一体とみなし、覇権確立を目指す中国である。「アジア内需」取り込みに密接に関係する経済連携・共同体形成の動きでも中国がリード、日本の思惑通りに進むかどうか予断を許さないことを考えておかなければならない。
 また、日本のモノづくりを支えてきた技術面での優位性が続くかどうかへの懸念もある。「白書」が指摘するように、アジア諸国の工業化が急速に進展、「世界の工場」としての地位を確立した。その競争力の源泉は、かつては低賃金だったが、現地に進出した日本や欧米の工場を通じて技術・品質面でもキャッチアップしてきている。一昨年、東南アジア各地の工業化の現状を視察する機会を得たが、衣料品や日用品の品質はもちろんのこと、タイの日系自動車組立工場では生産ラインはすべて現地スタッフ任せになっており、従業員の技量も日本本国とほとんど差がないところまで向上していると聞いた。
 これに比し、日本では若年層の工場労働を忌避する傾向や、派遣労働者その他非正規雇用者の拡大を企業経営だけでなく、半ば国家戦略として進めてきたこともあり、生産現場での技能、ノウハウの継承が危ぶまれる事態になっている。
 日本の商品戦略がアジアの需要に必ずしも合致しない恐れもある。日本の経済界には、引き続き高付加価化を進めることで、製造業の比較優位を確保しようという声が強い。これまで家電製品や携帯電話など、国内市場ではそうした経営戦略は有効で、新規あるいは買い替え需要を誘発してきた。しかし、これから消費を充実させようというアジア諸国で、そうした「高付加価値(高機能)化」商品がどれほど通用するだろうか。現地の消費者の多くは、品質や機能面で基本的な需要を満たすだけで十分と考え、それら中級の、従って価格も抑えた商品群を主力にする中国や韓国、あるいは他のアジア諸国自身の製品に向かう可能性が高い。日本企業の高付加価値化は通用せず、価格志向を強めれば収益確保が難しいというジレンマを抱えている。
 当面、有望なのは、環境や原子力発電、鉄道や水道などアジア諸国でなお育っていない社会インフラと呼ばれる事業分野だろう。それらを除けば、小手先の新機能を付け加える高機能(付加価値)化ではなく、需要を先取りした画期的な新製品を産み出す必要がある。かつての日本の製造業は AV家電分野などで新製品を次々と開発し、他国が追いついてくると、また別の新しい商品を送り出すという戦略で世界の市場に君臨した。残念ながら、今日、そうした画期的な製品はない。「白書」によると、東アジア市場での競争力は、日本は2位の中国に抜かれて3位。中国や韓国(8位)が上昇しつつあるのに対し、低下傾向にある。この事実を直視し、基礎的な科学技術分野まで掘り下げて、技術と生産体系を強化しなければならない。
 これでは、現在の日本が抱えるGDPの7%にも達するという需給ギャップの解消には間に合わないと言われるかもしれない。しかし、そもそも、需要不足をアジアへの輸出で埋めようという視点が必要なのかどうか。戦後日本の復興と高度成長は、輸出で外貨を稼ぎ、それを国内の基盤整備に当てて達成したとされているが、現実には1990年代半ばまでは個人消費が成長率の過半を支えてきた。
 ほぼ唯一の例外といえるのがリーマン・ショック直前まで約5年にわたる好況だ。内需の不振を輸出でカバーし、「競争力維持」を名目に賃金コストを切り詰めた。その結果、雇用環境が悪化し、それが需給ギャップ拡大に輪をかけた。リストラによるコスト削減はある意味では不可避だったが、雇用と国内経済を犠牲にするのでは、企業の経営戦略であっても、国の成長戦略として適当ではない。やはり、原点に帰り、国内の需要掘り起こし、消費拡大への環境整備に向け官民あげて知恵を絞るときだろう。
 「経済大国」というこれまでの栄光にこだわらず、「世界の工場」の地位を新興国に譲り、日本は消費国に回るというのも一考の余地がないだろうか。発展途上国が力を蓄え、経済大国になり、やがて再び追い抜かれるというのは歴史の常。貿易と投資収益の面から各国の歴史的循環をパターン化した「国際収支の発展段階説」だが、通商白書でもかつてこの説をとりあげ、日本は対外債権からの収入の比重が高まる「成熟した債権国」に向かいつつあると指摘したことがある。
 日本の対外純資産は現在GDPの6割にも達する。貿易収支だけでなく、資産の賢明な活用も重要になっている。せいぜい、中期的単位でしか視野にいれない従来の政策ではなく、その先まで見据え、企業も政府も基礎的な研究開発、教育・人材育成に資源を重点的に配分する。遠回りのようでも成長戦略とはそうしたものではないだろうか。


 
 
 

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