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配信日:2010年10月20日

生かすも殺すも政権次第の新成長戦略

時事通信社 経済部
記者

鈴木 隆義


長引くデフレや少子高齢化で強まる日本経済の閉塞感を打破しようと策定された新成長戦略。政策は総花的と言わざるを得ないが、生かすも殺すも菅直人首相のリーダーシップ次第だ。

 民主党を中心とする現政権は6月末、新成長戦略を策定した。長引くデフレや少子高齢化で強まるばかりの日本経済の閉塞感。これを成長著しいアジアの活力を取り込むとともに、高齢化を逆手にとって健康、福祉、医療産業の発展で打破しようともくろむ。また、画餅に陥りがちだった自民党を中心とする旧政権時代と一線を画そうと、実行力を前面に打ち出して実現への工程表を作成。9月の民主党代表選後に内閣を改造した菅直人首相は「いよいよ実行段階だ」と大見得を切ってみせた。
 新成長戦略の策定が始まったのは、昨年9月に発足した鳩山政権が、野党に転じた自民党などから「民主党には成長戦略がない」と批判を受けてのことだった。確かに政権を獲得した衆院選で民主党が掲げた「マニフェスト2009」には「子ども手当」や「公立高校の実質無償化」など巨額の財源を必要とする施策が並ぶ一方、それらを支える経済をいかに立て直して成長軌道に乗せるかという視点が欠落していた。
 発足当初は、行政の無駄を洗い出して財源に充てるとしていた鳩山政権だったが、11月の行政刷新会議による事業仕分けで確保できたのは、わずか2兆円足らず。「耳障りのよさ」が先行した新政権の政策のお粗末ぶりがあらわになろうとしていた。
 そこで急きょ登場したのが新成長戦略だった。経済政策のみならず、沖縄県の米軍普天間基地移設問題をめぐる迷走ぶりから、新政権への期待がしぼみつつある中、起死回生を狙った鳩山由紀夫前首相は12月半ばに急きょ策定を指示。わずか2週間で骨子を作り上げて暮れも押し迫った12月30日に発表ということになった。
 打ち出したのは「環境」「健康」「観光」の3分野で100兆円超の需要を創出し400万人以上の雇用を確保。経済成長率は年平均で名目3%、実質で2%以上を実現し20年度の名目GDP(国内総生産)を現在の1.3倍超の650兆円程度へ高めるというものだった。
 「温室効果ガス25%削減」は「環境」、「人間のための経済」は「健康」、「東アジア共同体構想」は「観光」と、鳩山政権の主要政策に沿う格好になってはいたが、骨子作りが「突貫工事」だったのは逃れられない事実。旧政権時代からの政策に味付けを施して総花的に並べたというのが実情だった。新政権の誕生後、叩かれ通しだった霞が関官僚を久々に活気づけるという思わぬ効果をもたらしはしたが。
 こうした経緯で作成された骨子をベースにするだけに、菅政権への移行を経て半年後に出来上がった新成長戦略の本編も、「7つの戦略分野」「21の国家戦略プロジェクト」と次から次へと政策を並べ立てた総花的で従来施策の延長という印象は、やはり拭いようがない。
 例えば「7つの戦略分野」の筆頭に挙がっている「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」。国際社会でコンセンサスとなっている地球温暖化防止を踏まえ、日本が強みを持つ環境技術に磨きをかけるとともに国際競争力を高めようというものだ。しかし具体的項目をみると、住宅やオフィスビルの省エネ型への「建て替え」、低炭素型の「都市づくり」、ハイブリッド車や電気自動車などエコカーへの「買い替え」、さらに原発や新幹線など運営を含むパッケージ型インフラをはじめとする環境技術の「輸出」が並ぶ。
 二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出抑制、太陽光や風力など再生可能エネルギーの開発・普及を通した「低炭素化」を旗印としながら、住宅やビル、自動車などモノを作り続ける大量生産・大量消費。そして日本は輸出に頼ることなしに生きるすべを持たないという従来の発想を抜け出してはいない。
 「アジア経済戦略」も新味に乏しいというのが実感だ。08年のリーマン・ショック後、世界経済の中心が先進国から新興国へ、特に中国を中心とするアジアへ移ったことは言うまでもない。そしてアジアの活力を日本に取り込みたい、掲げられた「アジア市場一体化」というのは誰しも考えること。すでに構想としては欧州連合(EU)並みの円の地域通貨化まで語り尽くされている。
 極めつけは「アジア所得倍増」という言葉。60年に池田内閣が策定した国民所得倍増計画に倣ったものであることは間違いないが、現在の日本にとっては「死語」に等しい。目先が利き体力もある日本企業は85年のプラザ合意による急速な円高を契機にアジア展開を本格化し、もう20年以上の歴史を重ねている。
 逆にアジアの成長を取り込むと同時に少子高齢化を克服するのに避けて通れないのが本格的な移民政策だ。しかし移民の活力が経済成長をもたらす一方で、社会を不安定にする面があることは欧米の例をみるまでもない。島国ゆえの日本社会の抵抗感も否めないところだ。そこからは「観光立国・地域活性化戦略」という項目を立ててうまく逃げている。
 確かにアジア各国では富裕層が拡大し、日本観光への関心も高まっている。秋葉原や銀座にとどまらず、富士山や北海道といった地方を含めて、中国を中心とする外国人観光客で賑わっているのも事実だ。だが、一過性に終わる可能性は高く、中長期的に日本経済を支えるに足るかどうかははなはだ疑問と言わざるを得ない。
 とはいえ、総花的も悪いことばかりではない。鳩山政権が骨子を示した昨年末の段階では、グリーン・イノベーションやインフラ輸出が目立っていたが、今年夏になって景気腰折れの懸念が強まってきたことから、菅政権は雇用を前面に掲げる方針に転換。新設した「新成長戦略実現会議」の初会合が9月に開催されたが、そこで示された首相指示は半分が雇用対策を占め、しかも雇用促進税制の検討にまで踏み込んだものだった。
 また、尖閣諸島の漁船衝突事件をきっかけに、ハイテク製品の製造に欠かせないレアアース(希土類)について、世界市場をほぼ独占する中国が対日輸出を事実上停止した際も、「新成長戦略の一環」としてレアアースの調達先拡大や代替技術開発、備蓄整備を打ち出すことができた。皮肉といえば皮肉だが、総花的であるがゆえに新成長戦略を「錦の御旗」にあらゆる政策を展開できるというわけだ。
 さらに実現会議は、メンバーに日銀や日本経団連を加えることで、旧政権時代の経済財政諮問会議の廃止に伴って失われていた政策対話の場を復活することにつながった。デフレ脱却に日銀の金融政策の動員は不可欠。経団連を通して産業界の実態を知ることなく政策を展開できないことも言うまでもない。
 ギリシャの財政問題で内向きに転じたEU経済、景気対策の尽きた米国経済の失速、こうした情勢を背景とする為替相場の円の独歩高。日本経済の先行き不透明感は強まるばかりだ。経済面だけでなく政治面でも、普天間基地移設問題でぎくしゃくした米国との関係が修復に至らないまま、漁船衝突事件で中国との関係も悪化。対ロシア外交もメドベージェフ大統領の北方領土訪問をめぐって難しい様相となってきた。
 新成長戦略を生かすも殺すも政権次第ということは、「有言実行内閣」を掲げる菅首相が一番よく分かっているはずだ。


 
 
 

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