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配信日:2010年11月22日

人口減少と経済成長

東洋大学経済学部
教授

松原 聡


人口減少は、経済停滞、社会の不安定化を引き起こす。社会全体での少子化対策への取り組みが必要だ。

はじめに
 GDPで、日本はアメリカに次ぐ第二の地位を中国に抜かれようとしている。これは単に中国の年率10%前後に及ぶ経済成長率によるものだけではなく、日本の国際競争力の相対的な低下を象徴的に表している。かつては、出生率が高く人口が増える途上国が貧困に陥り、逆に、出生率が低く、人口の少ない先進国が繁栄を享受するとみられていた。いわゆる南北格差とその固定化、拡大問題である。
 しかし、人口を大きく伸ばす中国やインドが経済の成長軌道に見事に乗るようになると、むしろ、少子化と高齢化、人口減少が、成長を妨げる脅威として認識されるようになってきた。とりわけ、主要国の中で唯一、長期のデフレから脱却できずにいる日本が、出生率の低下が続き、人口減少に直面していることは、経済停滞と人口減少との相関関係を示すものとして注目される。

1.人口減少のどこが問題か
 一国の人口を維持する出生率を、「人口置換水準」を言う。乳幼児死亡率の高い国では、4以上となるが、世界一乳幼児死亡率の低い日本は、2をわずかに超えた、2.07と言われている。つまり、日本では出生率が2.07以上であれば、将来的に人口が維持されることになる。
 日本の出生率がこの2.07を割り込んだのは、1970年代の中ごろ、今から35年ほど前のことである。それ以降、出生率は低下を続け、今や世界最低水準の1.3ほどまで落ち込んでいる。日本は確実に人口減少への道を歩み続けてきており、そしてついに、2005年、日本の総人口は減少することとなった。
 出生率が置換水準を割り込んでから、実際に人口が減少するまでには30年以上の年月を要したが、この間に少子高齢化は確実に進行していた。高齢化にともない、医療費などの増加によって、日本の社会保障費は支給水準をかえないまま、毎年1兆円以上増え続けている。少子高齢化は、確実に一国の財政負担を増加させる。
 同時に、年金支払者が年金を受け取る賦課方式を取っていない日本の年金制度では、現役世代が年金支給の負担を負うことになるので、現役世代の相対的な減少が、年金負担を上げるか、年金支給額を減らさない限り、年金税制は破たんする。
 このように、少子高齢化は財政、年金に大きなダメージを与えていく。そしてその少子高齢化の行く末が、人口減少なのである。少子高齢化の進行で頭でっかちになった人口ピラミッドが、高齢者が亡くなっていくことで、スリム化していくといことである。人口減少は、そのまま国内市場、国内需要が縮小することになるので、事態は深刻である。百貨店の閉店が続き、スーパーが海外進出を急ぐのは、まさにこのことに因る。
 現在の出生率が続くと、2050年には人口が3000万人程度減り、2100年には半減することになる。しかし、将来的に人口の置換水準の2.07まで出生率を回復しない限り、日本国民の人口は永遠に減少を続けることになる。
 さらに深刻なのは、仮に出生率が回復しても、現役世代が年少人口や高齢人口を支える比率である「従属人口指数」は逆に高まっていくことである。要するに、現役世代が子育てをしながら、高齢者介護の負担も負う、ということである。仮に今、出生率が2.07を回復しても、その世代が実際に働き税金や年金を支払うのは20年後なのである。

2.主要国の出生率の推移と日本
 1970年代以降、出生率の低下は主要国共通の現象であった。しかし、80年代半ば以降、低下を続ける日本、韓国と、反転して上昇していった、フランス、スウェーデン、米国と目立った差が生じている。
 一般に、ヨーロッパ諸国では、家族政策の給付水準などは充実しており、GDP比でみた家族政策費は、高い水準となっている。たとえば、フランスでは、家族給付は子ども数が増えるほど増額となり、認定保育ママ制度などを導入し、保育サービスも充実している。また、スウェーデンでは、家族給付だけでなく、育児休業制度も充実している。またその取得も、ほぼ男女とも同じ比率となっている。こういった、育児支援策が充実し、男女の同権が確立した諸国での出生率の上昇傾向は注目に値する。 
 主要国の出生率が、米国、フランス、スウェーデンなどで回復傾向が見られる中で、日本は低下傾向が続き、さらにその水準自体が最低のレベルにある。出生率回復に向けた対策が必要なのは言うまでもない。
 しかし、まず日本の出生率低下の客観的な分析が必要である。児童手当等の家族政策費の水準、育児休業等の充実度、男女平等の徹底度、未婚率、非嫡出子率等の総合的な国際比較分析を進めなければならない。ここでまず言えることは、日本における出生率の低下は、婚姻した夫婦の出生率は大きくは低下しておらず、主として晩婚化、非婚化に負っていることである。平均初婚年齢は、1970年の男性27歳、女性24.2歳が、2009年には30.4歳、28.6歳にまで上昇している。日本における非婚化、晩婚化の傾向は顕著であり、このことと、出生率の低下との間には高い相関があると見てよい。したがって、日本の出生率を上げるためには、まず非婚化、晩婚化対策が必要なのである。今年度から導入された子育て手当は、この面からみて少子化対策としては大きな効果が期待できるものではない。
 しかし、その前に強く指摘しておきたいことは、出生率が置換水準を割り込んで以降の日本の政策である。少子化対策を繰り返しながらも、出生率が下落を続けた大きな原因は、私は政府の認識にあるとみている。
 図にあるように、厚労省の出生率回復予想を覆して、現実の出生率は低下を続けていった。それにもかかわらず、厚労省は常に出生率回復シナリオを描き続けてきた。年金財政の破たんが明らかになるのを避けるためなのかと邪推したくもなるが、この出生率回復シナリオが、少子化対策が不十分で効果がないものにした一つの原因であることは間違いないであろう。

3.少子化対策の課題
 婚姻や出産が個人の自由であることは十分に承知したうえで、社会全体としてみたときに、出生率が人口の置換水準を大きく下回るという現実は、やはり深刻な事態と考えざるを得ない。
 出生率を回復させ、人口減少に歯止めをかけることが、経済成長の観点からも、社会の安定性確保の観点からも必要なのである。しかし、出生率が社会の制度や慣習に依存している面にも注目する必要がある。
 先進主要国では、婚姻と出産の関係は完全に崩れ始めている。結婚せずに出産することが当然になっているのである。未婚での出産である「非嫡出子」の比率を見ると、スウェーデン、ノルウェーが50%、イギリス、フランスが40%を超えているのに対して、日本は何と2%を切っている。また、育児休業取得率は女性89.7%であるのに対して、男性は1.56%に過ぎない。婚姻によらない出産がより当たり前になり、また、制度上の男女同権だけでなく、現実に男性の育児参画が進まなければ、いくら政策的な出生率対策が進められても効果は限られたものとなる。
 社会全体で、この出生率問題と取り組まなければ、経済成長も社会の安定も図れないことを私たちは銘記すべきなのである。


 
 
 

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